見出し画像

妄想サイクリング7月2日~渋谷ルート~

鳥の鳴き声。窓から入る日光で目覚める。
何種類もの鳥の鳴き声が折り重なって聴こえる。
網戸からは朝の空気。時計を見ると6時半を回ったところだ。

今日は土曜日。半裸でタオルケットをかけて寝ていた。
起き上がり、机の上にあったマグカップを引っ掴んで台所へ、
蛇口から出る水を汲んで一気に飲み干す。

起きた瞬間から室温に体が馴染んでいる感覚がありすぐに動ける。
近頃は一気に梅雨前線を列島からはじき出した高気圧や山を越えて吹き付けるフェーンのおかげで日中殺人的な暑さになる。
今のうちに乗っておくか。

縦置きしている空色のピストバイク、普段は帽子やゴミ袋かけとしてすっかり生活感をまとったそいつをラックから降ろしてやる。
ポンプで空気を入れる。6バーで十分だ。

くたびれたポロシャツにグラミチの短パンに着替える。
空腹だとまずいから冷凍ご飯をレンジで温め、鮭フレークで書き込む。
生卵をぶっかけた納豆も食べておこう。

歯を磨いて、首筋と頬、鼻に日焼け止めクリームを塗りこむ。
ヘルメットを被り、メッセンジャーバッグに本を2冊とノート、ボールペン、汗拭き用のタオル、スマホと財布を放り込む。

ドアを開ける。明るい。
初夏の午前のさわやかな日射だ。
そういえば起きてから部屋の電気をつけずにいたのか俺は。
余計そう感じるわけだ。

自転車を担いで一階に降り、門のそばの自販機で水を買い、メッセンジャーに放り込む。

右を踏み込んだ途端、左のペダルが持ち上がり、クランクはスムースに円を描く。僕らが止まらない限り、一対のクランクは円を描き続ける。

さて、今日は神宮の方にでも抜けてみるかな、と隅田川に続く太い道路に出る。後続車を警戒しながら、路上駐車を避け避け走り抜けていく。
首筋をジリジリと焼く日光を感じる。タオルを巻いて走り出せばよかったかな。

森下あたりで信号待ちをしていると、ガードレールに寄りかかる酔客。
煌びやかな金夜の狂騒は土曜の朝にはしらっちゃけてみすぼらしい姿に変わる。二日酔いの方は熱中症にお気を付けを。

新大橋を渡る。隅田川が眩しく乱反射している。
水面を吹く風は涼しいや。汗ばんだ腕を冷やす。

橋の傾斜を利用して加速。ケイデンスが上がる、
と、橋の直後の信号が赤に変わる。
咄嗟にブレーキを踏み込み、後輪をロック、滑らせながら止まる。

はア、気持ち良くて気を抜いていた。
ひやりとした汗が首筋から背中へ伝っていく。

落ち着くためにメッセンジャーバッグを背中から回して水を取り、ひとくち飲む。ひどく汗をかいている。俺も、ペットボトルも。

信号が青に変わり、また踏み始める。
日本橋、東京駅を抜けて、皇居にぶつかる。
内堀通りだ。右に曲がって平川門の前を走り抜ける。

国立近代美術館。この坂が結構きつい。
腰を上げてリズミカルに踏んでいく。
ピストの固定ギアは一度踏み始めると、路面からおつりが返ってくる。
踏み込む俺と持ち上げるこいつの共同作業だ。

後ろを確認し、
といっても土曜のこの時間じゃ代官町から環状線に乗る車は少ないのだが、
走行レーンをグイッと右に切り替える。
料金所の右を抜け、緩やかな坂を下る。

下りきった交差点で信号待ちがてら水分補給。
すっかりぬるくなっている。
のどを潤すと、あれま、もう半分飲んでいた。

左折してイギリス大使館の前を走る。千鳥ヶ淵公園の桜が青々としている。
春、満開の夜桜を自転車で見に行ったが、とても綺麗だったなと思い出す。

半蔵門で右折。四谷方面に向かう。
この道も太くて走りやすい。
大きな金融系のビルが多い。
夜はいつも高そうな車が停まっているが、おそらくお迎えの車だろう。

大きな四谷見附橋を渡る。
見慣れたサンパウロビルの教皇が目に入る。
そりゃあそうだ。というような聖書からの引用が日本語で書いてある。
目立つのでここを待ち合わせに使ったことがある。

ここから新宿通りの街並みは一気に馴染みやすい形に姿を変える。
飲食店やマッサージ屋、ハンコ屋なんかの小さな店舗が雑多に並んでいる。
古い住民が多いのだろう、生活感に溢れている。

車の流れに合わせて高速巡行を楽しむ。
配送車の路駐やバイク便、タクシーが多い通りなので車もそんなに飛ばせないから相対速度が下がって安全な感じがするのだ。
前を走る車の急な減速にさえ気を払えば快適に走れる。

四谷四丁目の交差点、目印は新宿44ステーション。
黄色いビルに4/4というネオンサインがついていてわかりやすい。
ここでは新宿御苑トンネルに向かう道と新宿通りが分岐して、建物の切れ目から新宿副都心の高層ビル群が見通せて、なかなか良い景色だ。

新宿駅の方は走れたものではないので、ここで左折。
外苑西通り、JRと首都高の高架をくぐり抜けて、左の坂を上るとドーンと新国立競技場が現れる。
そういえばこの坂は「大学の若大将」にも出ていた。
昭和の映像で、今と全く地形が変わっていなくて驚いた覚えがある。

オリンピックの時にはバリケードと高い塀で囲われていたっけなあと遠い昔のことのように思い出しながら、神宮外苑の周回路を走る。
銀杏並木を抜けて、青山通りにぶつかる。

アスファルトが白く見えるほどの日差し。
信号待ちの最中に携帯を取り出し、時刻を確認すると、8時前だ。
もう気温は30度を超えている。
勘弁してくれよ。まだ早いんだぜ。

ミヤシタパークででも休憩するか、と思っていると、信号が変わる。
横断歩道を渡って左車線に入る。青山通りは片側三車線もある広い通りだ。
高いビルに遮られ、道は日陰になっている。
体感気温はこれだけでかなり違う。

表参道の坂上の交差点で横断歩道を渡る。
表参道の坂を下る。ここはいつもたくさんの人と車であふれている。
道にはどうやら涼しいうちにという考えで散歩に出たのであろう人が多く歩いている。
高級ブランド名の数々を横目に、急ぐペダルに合わせて足を回す。

キャットストリートに入る。まだ店が開いていないようで、人通りはまばらで走りやすい。ここを走るなら10時前か深夜に限る。

ヘリーハンセンかパタゴニアでシャツと短パンを新調したいなあなんて考えながらゆっくりと走る。
今着ているポロシャツは、汗を吸って着た時よりもずっと濃い紺色になっている。メッセンジャーバッグと背中の間に手を入れてみるとかなり蒸れて熱を持っている。
帰ったらバッグをよく拭いてやろう、と思う。

ミヤシタパークが見えてくる。
ふと、わざわざ自転車を駐輪場に停めてまで歩きたくないなあと、気分が変わった。
そういえば、ミヤシタパークの屋上の芝生には、前夜クラブで踊り明かしたであろう酒臭い男女が寝っ転がっていることを思い出した。

ああやだやだ、と浮かんだイメージに背中を押され、ミヤシタパークに寄るのは止めて隣を走り抜ける。
そういえば一度入ったバレンシアガの店員のお兄さんはいいひとだったなあ、結局欲しい服はなかったけど。

結局走りにくい駅前に突っ込んでいく形になってしまった。
渋谷はその名の通り谷になっているから、中心部はアップダウンが激しい。
下っていって、宮益坂下、東口側をバスやタクシーをすり抜けながら、何とか脱出。

渋谷ストリームの前から後ろに抜けて渋谷川沿いの道に出る。

このあたりは、かつて高架だった東急東横線の廃線跡があり、そこが遊歩道になっている。再開発で地下化した際に建てられたカフェなんかもあり、なかなかしゃれている場所で気に入っているのだ。

自転車を立てかけ、木陰になっている石のベンチに腰掛ける。
メッセンジャーバッグをおろすと、汗でびっしょり濡れた背中や肩に風が当たり気分がいい。ヘルメットを取り、ハンドルに引っ掛ける。

自販機で冷たいポカリスエットを買う。
飲む前に首筋にあてる。この暑さで顔が火照っている。
脳味噌が煮えてしまったんじゃないかと不安になるが、
真夏のツーリングで何度も煮ているから今更か。

ゴクゴク、といきたいところだが、暑さと湿度で弱った胃をいたわり、まずはひとくちゆっくりと含む。
ああ、今日は外に出てきてよかった。

スニーカーを脱ぎ、ふくらはぎを揉む。
結構張っているな、また膝を傷めないように今日もストレッチしてから寝なきゃな。

汗が引いてきた。
地面に下したバッグから本を取り出す。


…20分ほど読んでいただろうか。
渋谷駅前の高層ビル達を見上げる。
う~ん、今日は渋谷パルコの屋上で冷たいコーヒーでも飲んでから帰るかな、、、

時刻は10時前、そろそろ街が動き出す刻限だ。