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【怪談】雨の中の、男か女か分からない人

大学2、3年の頃、学祭の実行委員をやっていた。

春は新入生歓迎祭、秋は大学祭があり、その企画・運営をする組織だ。

構成しているのは、クラブ・サークルの役職として選ばれてきている学生たちだ。私も、所属する音楽サークルの指示によりそこに参加していた。

つらいこともあったが、やりがいがあった。
メンバーたちは、学祭の数ヶ月前から集まり、会議を重ねる。当日が近付いてくると、日々の作業が忙しくなり、2週間前からは、大学内にあるクラブハウスに泊まり込んで夜も仕事をする。


そのクラブハウスは、主に体育会が合宿をするための施設であり、申請すれば学内どんな団体でも、本来は22時が門限の大学内に宿泊することができる。

しかし、当然、夜中に大学内をウロウロすることは禁止であるし、敷地内から出ることも出来ない。

ただ、我々は2週間も大学に泊まり込み、寝る間を惜しんで仕事をしている。

どうしても、夜中に家に荷物を取りに帰るとか、必要なものを買いに行くとかしなければならない時がある。

そういう時は、そっと外に出る方法が、代々受け継がれていた。

グラウンドのそばにあるクラブハウスから、静まりかえった校舎の裏をしばらく歩いて行くと、大きな裏門がある。その脇に一部、柵が低くなっているところがあり、そこなら容易に乗り越えられるのである。


あれは、2回生になった我々にとって初めての祭となる新入生歓迎祭の前だった。

泊まり込みが始まってしばらく経った雨の夜のこと。

深夜2時くらいだっただろうか。
同期のNくんという男子学生が、家に一度帰り、また戻ってきた。
帰ってくるなり、怪訝な顔をしながらこう言った。

「なあ…なんか、さっき帰る時、門の前に変な奴がおってんけど…」


4月の冷たい雨が降る夜だった。

クラブハウスを出たNくんは、ひとりで建物の裏を歩き、裏門に向かっていた。

右には電気の消えた校舎。左は木々が繁っている。あたりは真っ暗だ。

雨が傘に当たる音と、自分の足音だけが聞こえていた。

まっすぐの一本道なので、Nくんは傘を目深にさし、足元だけを見て歩いていた。

もうすぐ裏門に着くという時だ。

突然、傘の下に見える視界に、人の足が現れた。

うわっ、

驚いて立ち止まり、傘を上げて前を見た。


それは裏門のすぐ手前だった。

雨の中、傘も立たずに立ちすくむ、髪の長い人の背中が目の前にあった。

フレアパンツのデニムを履いていて、後ろ姿なので、男か女かはよくわからない。

ただ、すぐ後ろにいるNくんに反応することもなく、ただ雨に濡れながら、じっと門の外を見ていたという。

これはヤバい、とNくんは思ったという。

果たして生きた人間なのか。

もし人間だとしても、誰もいないはずの大学の中にいて、雨に濡れながらじっと立って門の外を見ている者が、普通なわけがない。

それでも、彼は探検部に所属していて、洞窟の中もひとりで入ったりする屈強なタイプだった。

引き返すわけにもいかない、と判断し、その人の隣を静かに通り過ぎ、すっと柵を乗り越えた。

外に出て振り返ると、その人は微動だにしないまま、門の中からこちらを見ていた。

前から見ても、男か女か分からなかったという。


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