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苦悩する国にさいわいあれ その6 【最終回】

柿本がキエフに滞在したのは、8日間であったが、収穫は大きかった。ウクライナという国の歴史と文化がマリーヤのおかげでよく分かった。ウクライナは豊かな国である。果てしなく広がる肥沃な平野は、あたかも人類の食料をここでまかなってあげますと宣言しているかのような穀物の実りを約束していた。

それだけではなかった。現代社会に不可欠な工業化社会でもあった。ウクライナは間違いなく、発展する。この国の問題は外交を中心とする政治問題が大きい。歴史の経緯でも分かるように、諸外国との政治力学が発生しやすい国なのだ。大陸の内部に位置し、しかも肥沃な国土であり、多くの他の国が隣接しているという地政学的な問題が、そのまま、この国の歴史を左右する問題でもあった。どこの国の政治も簡単なものではないが、ウクライナの政治は非常に難しい要件を抱えている。ここで、女性が執権の座につくことは並大抵のことでは出来ない。

マリーヤは、しばらく、ウクライナの自宅で過ごした後、ロンドンに向かった。オックスフォード大学で学ぶことがあると、メールで伝えてきた。彼女の旺盛な研究心であったが、関心の深さは政治家にとって必要な資質である。

ロンドンでは、ユダヤ人の知り合いの家に泊めてもらっているということであった。ユダヤ人は世界中にネットワークを持っており、情報のやり取りには非常に敏感な民族である。2000年間、国を失ったという悲劇の体験によって、生き残り戦略に磨きがかかったのだと言えるだろう。イスラエルに880万人あまり、アメリカに600万人、その他の国に200万人から300万人、世界に根を張っているのだ。マリーヤはユダヤ人として行動しているのではなかった。ウクライナ人として行動しているのである。ウクライナを心から愛しているのである。

マリーヤ・レブロフの作る国は人種差別のない国であると、いつか、語ってくれたことがある。祖国イスラエルの現在のあり方にも問題があると、彼女は言った。イスラエルはアラブ世界と仲良くする道を開いていかなければならないとも語った。今、世界に、人種、民族、宗教、文化の違いを克服して理想的な国を作っているところはどこにもない。これが現実だ。しかし、マリーヤは、その理想に挑戦すると言う。父親譲りの曲がったことがきらいな正義感を燃え立たせている。母親譲りの明るい裏表のない社交性は、多くの名士を惹きつけた。気がつくと、彼女の周りには、多くの人々が集まるようになっていた。


20XX年、ウクライナに女性大統領が誕生した。その名は、マリーヤ・レブロフ。この女性大統領の誕生を心から祝賀した一人の日本人がいる。ジャパン・コム・インターナショナル社長、柿本忠助。柔らかい午後の日差しが射し込む銀座のオフィスで、パソコンを開いて、マリーヤにメールを送った。


マリーヤ、おめでとう。とうとうやったね。女性大統領の夢を君は実現した。いよいよ、これからが始まりだ。大きな夢に向かって羽ばたき、更なる夢を実現されますように。われらのマリーヤ・レブロフ大統領に神の祝福とご加護のあらんことを!

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