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人生の経営学 その2


家族や親しい友人との関係は、人生の最も大きな幸せのよりどころの一つであるとクリステンセンは言明する。そうであれば、仕事に投資するだけの人生ではなく、家族や友人にも投資しなければならないのは当然であるという結論になる。

仕事に対する投資だけで忙しい人生を送り、昇りつめて社長になった成功者たちの中には、家族に対する投資を怠り、離婚や子育て失敗の苦い経験を持つ多くの人々がいることをクリステンセンは見逃さない。

本当に成功した人生とは家庭と仕事の両面の成功者と言えるが、仕事の成功を追い求めるあまり、家族への投資がどうしても後回しになり、気が付いた時には取り返しのつかない事態(家庭崩壊)になっているという悲劇が多すぎるのだ。

例えば、「今は、子供たちが幼いから、仕事に専念しよう」と思って、子供に対する投資を忘れたらどうなるか。子どもと面と向かって会話し、大人とまったく同じ、言葉を使って、まるで子供が話好きな大人たちの会話に加わっているかのように話しかけたとき、認知発達は非常に大きくなるという研究がある。

これは「言葉のダンス」と呼ばれるものであるが、このように親が「余計なおしゃべり」をするとき、子供の脳内で厖大な数のシナプス経路が活性化され、精密化される。

これは非常に重要なことで、生後三年間で4800万語を聞いた子供は、1300万語しか聞かなかった子供に比べ、脳内にシナプス経路の滑らかな繋がりが3.7倍あり、認知能力が驚くほど高いと言う。子どもを相手に過ごす時間がどれほど重要か、またその姿を見つめる妻の満足感がどれほど夫婦の間を親密なものにするか計り知れない。

投資家は企業に投資する際、成長と利益という、二つの目標を持っている。どちらも生半可なことでは達成できないが、最終的に成功した企業の93%が当初の戦略を断念していたとする調査がある。

成功した企業は、最初から正しい戦略を持っていたから、成功したのではないというのだ。当初の戦略が失敗したあとも資金が残っていたため、方向転換して別の手法を試すことができたからである。失敗した企業は、ありったけの資金を当初の戦略に注ぎ込むが、その当初の戦略自体が間違っていることが多いと言う。

人生でも気を付けていないと、間違った戦略に資本のすべてを投入し、間違いに気づいて、資金を正しい方へ投入しようにも、資金は残っていなかった、そして人生そのものを失敗の谷底へと葬り去ってしまったということになり兼ねない。

仕事100%、家族0%というような、投資配分、資源配分で突き進み、それの間違いに気づいて家族に投入しようとしたときには、すでに遅し、妻も子供たちも、勇ましくCEOとして陣頭指揮を執る夫(父親)に愛想をつかして、離婚の流れを食い止めることができなくなっていたというような事態である。

おまけに、順調だった会社の経営も出現した競合相手に敗れ、倒産して、一人わびしく、アパートで独り暮らし、このような人生は断じてあってはならないことである。

クリステンセンは、目的を持つことの大切さを強調する。目的は、明確な意図をもって構想し、選択し、追求するものである。企業がいったん目的を持てば、そこに行き着くまでの方法は、一般的に創発的である。偉大な経営者は、世界に足跡を残そうとする企業にとって、目的がいかに大切かを心得ている。

 私たちが人生で目的とするものもまた、明確な意図をもって構想し、選択し、管理しなくてはならない。その人物になるための手段、機会、挑戦は、本質的に創発的である。クリステンセンは、戦略が形成される創発的プロセスを、大いに尊重してきた。彼が目的を追求してきた手段は、一歩進むごとに創発的に生まれたと言う。

クリステンセンにとって、自画像つまり「自分のなりたい自分」を考えることは、彼の家庭環境に触発されたものであり、「家族と信仰」というインスピレーションが、自画像を本質的に定めたと言える。神がクリステンセンに望む姿をおのれの自画像とする。それは、

・人がより良い人生を送れるよう助けることに身を捧げる人間

・思いやりがあり、誠実、寛容で、献身的な夫、父親、友人

・神の存在を信じるだけでなく、神を信じる人間

というものであった。

この自分が納得する「本当の自分」というものを、自画像として生きたのがクリステンセンの人生の実像である。彼の、イノベーションに関わる理論が、不思議な説得力を持って迫るのは、こうした誠実な人間性が彼に備わっているからであろう。

 クリステンセンが語るイノベーションは、技術や企業、市場の静態的な姿、つまり「或る一時点」で成功している企業の特徴や営業内容の良し悪しを描き出した「スナップショット」ではない。

スナップショットは、競争に先んじている企業、後れを取っている企業の一時的画像について一定の理解を与えるが、それらの経営者たちがどのようにしてその先んじる立場に立ったか、あるいは後れを取っているのか、また、今後どうなるのかについては、ほとんど何も教えてくれない。

しかし、クリステンセンは、写真家の静態的「スナップショット」手法ではなく、「映画」制作の手法を取って、企業経営の総体的な世界を描いたのである。それはクリステンセン自身が告白している通りである。

「何が、何を、なぜ引き起こすのか」という因果律の理論が、企業世界のプロット(企業内容、企業戦略、投資、経営者心理)を作り上げているのだ。

このことは、単に企業、ビジネスの世界に関わるイノベーション理論というだけでなく、私たちの人生(仕事そして家庭、夫婦、親子、教育)そのものにも深く関わるイノベーション、すなわち「イノベーション・オブ・ライフ」でもあるということである。

仕事への投資と同じく家族への投資もまた重要なのだ、それを見落としてしまったがゆえに、多くの優秀な人々が人生を失敗に陥れているという警告が、クリステンセンの強調する核心である。

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