見出し画像

苦悩する国にさいわいあれ その4

とにかく、マリーヤは尋常ならざる才媛であった。言語、歴史、文化、その他、幅広い知識を有していた。知れば知るほど、彼女のIQは底知れないということが判明した。彼女の背景が知りたくなった。ただのウクライナ人であろうか。彼女の脳細胞の回転レシーブやナックルボールなどを感じると、ただの女性ではなさそうだ。

「マリーヤ、君は気味が悪い、と言うのは品のない駄洒落だが、君のことについてもっと知りたい。こんなことを訊くのは失礼だと思うが、君は普通のウクライナの女性なのか。訊き方が悪かったら許してくれ。」

「ついに来たわね。柿本人麻呂の正体ではなく、私の正体のほうがもっと知りたいってわけね。いいわ。あなたには教えてあげる。私はユダヤ人よ。私の先祖は、ポーランドに住んでいたの。そして、ウクライナへ移住したのよ。ポーランドで何かあったのね。キエフに移住してから、およそ150年は経つと思うわ。」

「ふーん、そうだったのか。君にも、アンネの日記のような受難の日々があったのかい。君の先祖は、国々を流浪しながら、辛い人生を送ってきたんだ。同情するよ。」

「杉原千畝という一人の日本人外交官が、ナチ政権の迫害を逃れたユダヤ人を6000名、助けたという史実を、あなたは知っているかどうか分からないけれど、私はそのことを知って、日本が好きになったの。」

「聞いたことのある話だな。僕は口が悪いから、単刀直入に言うけれど、受難の民族ユダヤ人が、受難の国ウクライナで生きてきた、つまり、受難の二乗の中で、君の先祖は生きてきたというわけだね。デュラン・デュランではなく、ジュナン・ジュナンだ。」

「冗談も、ほどほどにしてね。わたしは誰にも話さない話をあなたに話しているのよ。日本は平和な国だから、分からないと思うけれど、受難の中の一つの民族が生き残るというのは大変なことなの。わかる。真剣に聞いているの。」

「聞いているとも。真剣だよ。ぼくにも少しは分かる。僕の家は、僕が高校3年のとき、倒産して無一文になってしまった。100名の従業員を抱えた建設会社を父は経営していた。バブルで景気が一転して、落ち込み、50億円の借金を抱えたまま、倒産したんだ。僕は大学をあきらめた。受難のなかの僕の人生だ。受難の中にある人に対しては、僕は基本的には同情的で、気持ちが近いのだ。ウクライナに同情的なのも、そういう僕の家の事情が手伝っているのかもしれない。」

「わかったわ。私たちは気持ちを共有できるってことね。忠助さんは、忠実に、困っている人を助けてあげる人っていう意味に理解したいわ。」

単なる英会話の相手と思って始まった間柄が、次第に、様子を変えてきた。事情を理解し合ったことにより、妙な親近感が出来てしまった。苦悩する国ウクライナにさいわいあれ。そんな気持ちになってきた。マリーヤの人生にさいわいあれ。そういう気持ちが出てきた。これは同情か、愛か。

「マリーヤ、君は、日本語を学んで、これからどうするつもりかい。将来、何をするの。君の人生が、マジに、気になり始めた。」

「私の本当の気持ちを知ったらびっくりするわよ。言わないほうがいいと思うわ。人からも時々言われることがあるけれど、私は変わっているの。」

「そう言われると、ますます知りたくなるなあ。誰にも話さないから、教えてほしい。君を正しく、そして、深く理解したいんだ。」

「私はウクライナを導く女闘志になるのよ。女性大統領になるってこと。日本語の勉強も、私なりに意味があるの。日本の技術力と資本投資が必要よ。日本は、ロシアとは北方領土問題などで、最後には、難しくなりやすい。その点、ウクライナとは外交関係、経済協力面など、それほど引っかかるところはないので、うまくいきやすいと思うの。

アメリカとの関係は重要だけど、あまり深く関係を持ちすぎると、ロシアとこじれるというジレンマに陥る。ウクライナの宿命みたいなものね。日本の力をウクライナの発展にうまく活用できれば、それはいい方法よ。日本とウクライナはもっともっと仲良くしていかなければならないと考えるの。あなたはどう思うの。」

「うーん。なるほど。いろいろと考えているんだね。政治というのは、国益と国益のぶつかり合いという面があるから、複雑で難しい。そういう政治の世界で、女性大統領になるとは、恐れ入りました。君は只者ではない。女性の形をして生まれてきた男だ。

君を単なる英会話の相手にしてしまった僕を許してください。マリーヤ様、あなたが大統領になった暁には、ぼくなどは恐れ多くてあなたのそばにも近づけません。今、こうして、友達感覚で自由に会話などしていますが、どうぞ、僕のことを頭の片隅に入れて、お忘れにならないようにお願いします。」

「何よ、急に、そんなにあらたまって、言葉つきまで変わったりして。いやだわ。私が大統領になれるかどうかは、神のみぞ知るで、誰にも分からないわ。ただ、私はそこを目指しているってことよ。そういう意味では普通の女性ではない。

天、地、人と、東洋の思想は言うでしょう。そういう、いろいろな条件が揃って、大統領の座を射止めることが出来るのよ。私がそういう運勢を持っているかいないか、確かなことは言えないけれども、ユダヤのカバラで私を観た人が、大統領にもなれるくらいの強い運勢を持っていると言ったことがあるわ。」

「これは、どうも、女性大統領になれそうだな。僕は神ではないけれど、これは僕の直感だ。カバラのことは知らないし、バカラをやるほどの金もない。ただ、純粋な僕の直感がそう叫んでいる。」

「ありがとう、なれるように挑戦するわ。偉大な、輝かしいウクライナを創っていくわ。マリーヤ・レブロフ大統領をあなたも応援してね。日本人でこれほど、深い話を出来たのはあなたが初めてよ。」

恐るべきウクライナの女性であった。マリーヤ・レブロフ。ユダヤ系ウクライナ人。現在21歳。透き通るような色白で、ブラウンの髪、黒い瞳、身長167センチの女性。知性、才気、ともに充満。好奇心旺盛。一国を背負って立とうとしている。男顔負けの野心と挑戦心。柿本忠助は彼女を応援することに決めた。何ができるか、どのように彼女を助けたらいいか、これから考えることにして、とにかく、彼女の応援団に加わることにした。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?