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言葉にスパイス

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言葉にまつわるエッセイ集。 単語が覚えやすくなるようにスパイスを効かせてあります。 たまに出てくる言子(ことこ♀)と万葉(まんよう♂)は、以前ブログで使っていたキャラクターです。
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記事一覧

「在りし日」言葉の重み

「在りし」の「し」は過去を意味する。(古典で「こーきーくーくる(?)」とかって、発声練習みたいにして覚えたあれです。)
 つまり、「在りし日」は、「かつて在った日」ということになる。何が在ったのかというと、その瞬間とか、生とか、そういうつかみどころのないもの。

 ということで、「在りし日」は、過去や、亡き人がまだ生きていた時代のことを示している。

 これは勝手なイメージだけど、なんとなく、「在

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「風采が上がらない」印象は動きのあるもの

 風采(ふうさい)は、見た感じから読み取れる人の様子のこと。それが上がらないということは、イコール「印象がよろしくない」ってことです。

 あえて「上がる」という動詞を使っているのは、「印象」を動きのあるものとして捉えているからだろうか。

 たしかに、印象というのは相手を見た瞬間に決定されるものではない。パッと見で「なんか変態っぽい」とか「Mっぽい」とか(いつもどんな目で見てるんだ)、なんとなく

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「臘月」は蝋燭の月

 12月の別名といえば「師走(しわす)」が有名だ。中学校でも高校でもそればかり習ってきた。だから、臘月(ろうげつ)という別の名前があることを知ったとき、胸が苦しくなった。

「こんなに音の響きがうつくしい呼び名があることを、これまで知らずに生きてきたなんて」と。(とか言うわりに、他の月の別名も数字と漢字とが一致しないのだけど)

 もしかしたら教科書や資料には「臘月」の名前もちゃんと書かれていたの

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「空空しい」世界から脱け出すために

 空には「からっぽ」という意味がある。ここから連想すれば、空空(そらぞら)しいの「言動の中身がからっぽ」、つまり「誠意や真実味がない」という意味に繋げやすい。

 中身の伴わない言葉や行動は、自分も相手も苦しめるものだとわかってはいても、常に自分の内側と外側とを一致させるのは、とても勇気のいることだと思う。

 人の反応は十人十色。十人いれば、十通りの受け取り方がある。たとえば、自分の好物について

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「言下に腐す」言子の暴走

言子「ちょっと、万葉。あんた昨日からずっとゲームし通しじゃない」

万葉「うっせえな。そんなに寂しいんならお前も腐って来いよ。そしたら相手して——」

言子「はあ? 体から腐ったような臭いをさせておいて、よくそんな科白が吐けるわね。さっさと風呂に入って来いって言ってんのよ」

万葉「待って、打ち合わせと違……」

言子「あら、ごめんなさい。あなたが臭すぎて科白が飛んじゃったの。部屋の中に人間サイズ

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「極彩色(ごくさいしき)」女性に使う場合はくれぐれもご注意を

万葉「ゲッ、ずっとゴクサイショクだと思ってた。色はシキって読むんだな」

言子「樋口一葉の『たけくらべ』にも使われているから、相当古くからある言葉なのね」

万葉「今日のお前みたいに顔も体も派手に盛ってることを言うんだろ」

言子「……たしかにそれもあるけど、鮮やかな色をいくつも用いた華美な色調のことも指すのよ。たとえば、蜷川実花さんが創り出す世界観がまさにそんな感じよ」

万葉「……」

言子「

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「穏当」を国に喩えるならばスイス

万葉「穏やかで、真っ当って覚えるとわかりやすいね」

言子「穏やかさだけだと、ここぞというときに流されてしまうそうだし、真っ当さだけを求めれば、余計な反発を生んだり、知らずのうちに誰かを傷つけることになりそうね」

万葉「そう考えると『穏当』って、とても中立的な言葉だね」

言子「スイスみたいに?」

◇あとがき
 地理とか歴史とか、社会系の科目は全体的に苦手だったのですが、「スイスは中立国」と

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「あまつさえ」に見る正しさの不確定性

言子「今日の言葉は『あまつさえ』、流行の大和言葉のひとつね。「その上」とか「さらに」といった意味合いで、悪いことが続けざまに起こる場合によく使われるそうよ。響きがうつくしくてすてきだと思うの」

万葉「でも、なかなか意味が覚えられないんだよな」

言子「そういうときは語源を調べてみるといいわよ。あまつさえは、もとは『余る』という言葉に『さえ』がくっついたものらしいの。それが誤って『あまっさえ』とな

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小説の中の女が「飢(かつ)えて」いたもの

言子「今、江國香織の初の書下ろし短編集『泳ぐのに、安全でも適切でもありません』を読み始めたところなんだけど、その中に『飢える』って言葉が出てきてさ」

万葉「ごく普通の言葉じゃない?」

言子「読み方がね『うえる』じゃななくて『かつえる』なの」

万葉「へえ。意味は?」

言子「『うえる』と同じよ。でも、読み方ひとつで印象ってこんなに変わるんだなって思って。『うえる』はどこか野性的でギラギラしてい

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「拍動性」の痛みと忘却本能

※記事中に出てくる言子(ことこ♀)と万葉(まんよう♂)は、以前ブログに登場させていたキャラクターです。

言子「このあいだ、久しぶりにけっこうひどい頭痛がきたから、それについて調べていたんだけど、このドクンドクンと脈打つような痛みは『拍動性』と表現するのね」

万葉「そういえば、切り傷の痛みも拍動性じゃない?」

言子「あと、腹痛とか歯痛もそうじゃない? でも、どうだったかな、はっきりと思い出せな

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「肉薄」の生々しさは見かけ倒し

 見るからに生々しいのに、実際の意味は意外と真面目なのが「肉薄」。競争などで相手のすぐ近くに迫ることを意味する。
 互いの肌と肌との間を隔てる空気が薄い、というイメージをすれば覚えやすいのではないだろうか。

 意味を覚えてからも、文中にこの言葉が出てくるとギョッとする。「肉」という感じがつくと、どうしてもいやらしいイメージに繋げてしまうのだ。事実、肉欲や肉感など、肉のつく熟語には性的な意味合いを

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貧血持ちにとっては身近な「溶暗(ようあん)」

 光が少しずつ溶けていって、やがて真っ暗になる。  
 そんな感じの意味です。
 より親しみのある言葉で表すなら「フェードアウト」。

 昔お世話になった職場の先輩は貧血持ちで、倒れる前は視界に映る世界がモノクロになって、徐々に黒く染まっていくのだと言っていた。
 私も過去に何度か倒れる直前、立っていられずに屈みこむところまでいたことがあるけど、視界の色がどうだったかは覚えていない。
 私の場合は

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「愛咬(あいこう)」と呼ぶにはあまりにも

 最近、加藤元さんの『山姫抄(さんきしょう)』という小説を読んだ。

 とても一言で語れる作品ではないのだけれど、ごく手短に説明すると、血統に翻弄される男女の物語である。そこに精神病的な要素と「山姫伝説」という民俗学的な要素とが加わって、なんとも言えない不可思議な世界観を作り出している。

 作中に出てくる登場人物の中でもとりわけ私が魅力を感じたのは、妻が失踪中にも関わらず主人公の一花(いちか)を

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すべての死の「呼び水」となった女神

 ——黄泉の国の果実を口にしておきながら、後ろを振り返ってしまったがゆえに、その女神はすべての死の呼び水となった。

 冒頭の文は黄泉の国の女神・イザナミをイメージして書きました。

「呼び水/誘い水」は、ある事象を引き起こす原因となるもの、つまり「きっかけ」を意味する。呼ぶ、誘う、という言葉がついているので、特にあれこれ解説しなくても連想しやすいだろう。

 どこか幻想的なイメージを纏った言葉な

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