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個性の砂

【あらすじ】
やけに狭い視界、砂を詰め込んだように重たい手足。窓に映った自分の姿を見て、主人公は制服と間違えて着ぐるみを着てきてしまったことに気がついた。
しかし、先生を含めて周りの人間たちは着ぐるみのことにいっさい触れてこない。
違和感を抱えたまま昼休みを迎えた主人公。いつものメンバーで弁当を食べ終えると、掃除当番に当たっていたので、何人かの生徒たちと一緒に教室の掃除を始める。
そこで主人公は、床が異常に砂っぽいことに気がつくのだが……?
(原稿用紙約7枚)

 やけに視界が狭いと思ったら、制服とまちがえて着ぐるみを着てきてしまったらしい。教室の窓ガラスに映ったピンク色のうさぎを見て、ぼくはようやくそのことに気がついた。
 いくら自由な校風で有名な高校とはいえ、着ぐるみはさすがにまずいだろう。一限目が終わったら、保健室まで替えのジャージか何かを借りに行こうか。

 しかし、何だか妙だ。クラスメイトはおろか先生さえ、ぼくの服装のことに触れてこないのはなぜだろう。自分の友だちや生徒が突然着ぐるみで登校してきたら、驚くなり突っ込むなりしそうなものだが。
 ためしに消しゴムを落としてみた。
「落としたよ」と隣の席の女子が拾い上げてくれる。礼を言って受け取ると、彼女は何事もなかったかのようにノートを取る作業に戻った。ピンク色の布に包まれた手に触れたというのに、無反応だった。

 休み時間に入ってクラスメイトと談笑している間も、まるで全員が裏で示し合わせているみたいに、着ぐるみのことは完全にスルーされていた。あまりにみんないつもどおりなので、そのうち、自分は裸の王様なんじゃないかという気さえしてきた。

 結局、着替えに行くことのないまま、昼休みを迎えてしまった。
 その日、掃除当番に当たっていたぼくは、いつものメンバーで弁当を食べたあと、クラスの男女三人と教室の清掃に取りかかった。床を掃いて机の上や窓などを拭くだけなので、四人で手分けすれば十五分とかからない。手早く済ませてしまおうと、ぼくは教室後方にある掃除用具入れからホウキを取り出した。

 掃き始めてすぐ、ある異変に気がついた。床がやけに砂っぽいのだ。気のせいかと思って上靴の底をこすりつけると、歯で金平糖を噛み砕くのに似た感触を覚えた。

 うちの学校は一階のロッカーで上靴に履き替える規則になっている。本来ならば砂土が教室に持ち込まれることは有り得ない。さては、誰か校則を破って土足で教室に上がっているな。あとでこっそり犯人探しをしてやろう。
 密かにそんなことを企みながら砂をかき集めた。ところが、隅の方にどんぶり一杯分ほどの砂山を作っても、一向に足元のざらつきはなくならない。

 やはり何かがおかしい。
 脇の下に冷や汗が滲んでくるのを感じながら、それでも手を動かし続けていると、一緒に掃除をしていた男子の一人が、
「なあ、いつまでやってんの。もういいだろ? さっさと捨てて遊びに行こうぜ」
 と声をかけてきた。それから、ぼくの足元に屈んで、チリトリを構えてくれる。
「でも、まだ砂が……」
 ほとんど混乱状態で訴えると、
「砂? なんのこと?」
 と、彼は怪訝そうに首を傾げたのだった。

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