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クラムボンと眠りのひみつ

【あらすじ】
タコクラゲのクラムボンが海に浮いていると、頭上から七色にかがやくウロコが落ちてきました。
見上げると、ちょうど人魚が通り過ぎていくところでした。
初めて目にする人魚のうつくしさにすっかり心を奪われたクラムボンは、あとを追うように泳ぎ始めます。
ところが、人魚を追いかけるうちに嵐に巻き込まれてしまいます。
気を失い、浜辺に打ち上げられたクラムボンは、水分を失って、小さく小さくしぼんでいきました。
次に目を覚ましたとき、クラムボンはベニテングダケに変身していました。翌朝には同じベニテングダケの紅姫も生えてきて……。
(原稿用紙約15枚)

 ラムネ色をした海の中に、タコクラゲたちがプカプカと浮いています。
 水はひだまりのようにあたたかく、およそいつでもおだやかでした。波は、ゆうら、ゆうらと、ゆりかごのようにゆれて、タコクラゲたちを優しくゆすっています。

 ところで、タコクラゲたちは、いっぷう変わったカサを持っていました。水たまりに張った氷のように半とう明で、あちこちに白い水玉模様が入っているのです。その上、ゴムボールのようにやわらかくて、素早く開いたり閉じたりすることができました。タコクラゲたちは、このカサを使って、海の中を自由に泳ぎ回っているのでした。

 この群れの中に、クラムボンという名前の、好奇心の強いタコクラゲがいました。クラムボンは変わり者だったので、友だちがおらず、一日のほとんどをひとりで過ごしていました。

 ある日、クラムボンが、水中でひなたぼっこをしていると、天井の方から一枚のウロコが落ちてきました。それは太陽の光を反射して、赤や水色、オレンジ色など、あらゆる色にかがやきながら、クラムボンの目の前をゆっくりと落下していきました。
(なんてキレイなんだろう)
 ウロコが落ちてきた方を見上げると、ちょうど頭上を、宝石が敷き詰められたようにうつくしい尾ひれが通り過ぎていくところでした。それは、半分人間の体を持つ幻の生物、人魚のしっぽでした。

 クラムボンは、生まれてはじめて見る人魚の美しさにすっかり心をうばわれてしまいました。
 もっとずっと眺めていたい。そんな思いから、気づいたら人魚のあとを追って、泳ぎ出していました。

 人魚の動きはとてもゆっくりとしていたので、クラムボンはすぐにでも追いつけそうだと感じました。しかし、いくら速く泳いでも、人魚との距離は少しも縮まりません。まるで、人魚だけが特別な時間の流れの中に存在しているかのようでした。

 しばらく泳ぎ続けると、行く手にミズクラゲのカーテンが見えてきました。その中を人魚が通り抜ける間、ミズクラゲたちはオーロラのように七色に光りかがやきました。
 夢を見ているような心地で、クラムボンもミズクラゲのカーテンをくぐりました。通り過ぎながらミズクラゲたちの様子をうかがうと、どのクラゲも眠り込んでいることに気がつきました。

 クラムボンは急に不安になりました。人魚が何か不吉なものに思えてきたのです。しかし、そんな気持ちとはうらはらに、クラムボンは人魚を追いかけることをやめられませんでした。

 突然、人魚が泳ぐのをやめて、クラムボンの方を振り返りました。もうちょっとで顔が見える、というところで、人魚は跡形もなく消えてしまいました。その跡にはただ、細かい泡の粒が残っているばかりでした。

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