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ふえる、×××

【あらすじ】
学校に友だちのいない聡くんは、放課後を家の裏の砂浜で過ごしてした。
そこにはいつもメイちゃんという名の不思議な少女が待っている。
海が好きなのに水に濡れることを過度に避け、水分補給さえ拒絶する彼女の正体はいったい……?
(原稿用紙約9枚)

 聡(さとる)くんの家にはお菓子がない。お母さんが、「子どものうちから砂糖や添加物の味に慣れさせると中毒になる」といって、どんなにねだっても買ってくれないのだ。それどころか、おばあちゃんや近所のおばさんが持って来てくれた分も、こっそり食べるなり人にやるなりして早急に処分してしまうといった案配だった。

 小遣いはもらっていたが、事前に何を買うかを申告し、購入後はレシートを見せる必要があった。もちろん、素直に「お菓子」と言えば言語道断で却下されてしまう。レシートかお金を落としたことにすれば誤魔化せないこともないけれど、聡くんは心の中で考えていることがすぐ顔に出る質だったので、嘘を吐いてもお金を受け取る前に見抜かれてしまうのだ。

 しかし、小学校から帰ってきて家でひとりで過ごしていると、どうしても何か食べたくなってくる。聡くんはひとりっこだし、お母さんは仕事で夕方まで帰ってこない。その上、小学校にも遊び相手と呼べる子はひとりもいなかったので、なおのこと口寂しい時間が長かった。
 それで、自然と台所を徘徊する癖がついた。

 台所にはお菓子代わりになるものが意外と多い。出汁用の煮干しや昆布は歯ごたえと塩気が欲しいときに、練りごまはねっとりとした舌触りとほのかな甘みが心地よく、手っ取り早く砂糖を舐めるのもいいけど、最近は乾燥わかめをパリパリするのがお気に入りだった。

 だけど最近、学校の外に友だちができた。放課後はその友だちに会いに行くようになったので、それに伴い、台所の食料を物色する頻度は減った。

 放課後になると、聡くんは家の裏の砂浜に直行する。ガードレールの脇に自転車を留めて、スニーカーを履いたまま浜辺に降りていくと、木陰になっているベンチで足をぶらつかせているメイちゃんの姿が見えた。
「あーあ、待ちくたびれちゃった」
「ごめん、掃除当番の日だったんだ」
 聡くんはランドセルを肩から下ろして、メイちゃんの隣に腰かけた。

 ベンチから波打ち際まではけっこうな距離があって、時折、潮の香りが風に乗ってやってくることはあっても、波の音は聴こえない。
 メイちゃんは海が好きなくせに、水に濡れることが嫌いらしく、いつも神経質なまでに水を避けていた。ワンピースはビニール製だし、雨の日は絶対に姿を見せない。それに、聡くんが知っている限り、水分を口にしたことがなかった。
 聡くんが心配して水筒のお茶を飲ませようとしても、首を振るばかりで受け取ろうとしない。
「熱中症になっちゃうよ」
 心配した聡くんが忠告しても、「ならないの」と意味ありげに唇の前に人差し指を立てるのだった。その唇は、いつも乾いて、うっすらと血が滲んでいた。

 ふたりのお気に入りの遊びは、ベンチに座ったまま、景色の中にあるものに擬態して会話をするというものだった。
 その日は聡くんが砂上にぶちまけられた焼きそば、メイちゃんがそれをついばむカラスの役だった。
「しまった、船が転覆してしまった」
 聡くんが唐突に会話を始める。焼きそばに覆いかぶさるようにして落ちている透明パックを船に見立てているのだ。
「こちら救助隊のカラス一号。これより焼きそば客船の救助にかかります」
 メイちゃんが言い終わらないうちに、カラスがソースの絡んだ麺を何本か口に咥えた。あたりをうかがいながら、頭を振って器用に飲み込んでいく。
 聡くんはそれを見て、手品師のようだと思った。カラスと同じように首をリズミカルに揺すりながら、長い棒を飲み込んでいくのを、いつかテレビで観たことがあったのだ。
「飲み込んだら、救助にならないよ」
 我に返った聡くんが、思わず噴き出した。
「あら、現実という悪夢から救い出してあげたのよ」
 澄ました顔でメイちゃんがいい返す。
「なにそれ、中二病っぽいよ」
 聡くんは呆れたようにため息をついたものの、内心では、最近覚えたばかりの言葉を使えたことに満足していた。 

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