いまごろわたしの蝶は
【あらすじ】
気まぐれに会社を休んだわたしが向かったのは、虫をモチーフにした風変りな美術展だった。そこで声をかけてきた「昆虫標本愛好家」を名乗る男は、なぜか妙にわたしに執着してきて……?
(原稿用紙約20枚)
朝、起き抜けにカーテンの裾をめくり、生まれたての秋空を眺めていたら、無性にどこかへ出かけたくなってしまった。
だから、会社を休むことにした。
ベッドに寝転んだままスマホを手に取り、電話に出た社長に「頭痛がひどいから休ませてほしい」と伝える。ずる休みもこれで三回目、そろそろ手慣れてきた。
自分に嘘をつくことが減るのに比例して、他人に嘘をつくことが得意になっていく。それでいいのかどうかはわからないけれど、これまでの生き方よりもずっと気に入っている。
電話の向こうの社長は、体調管理がどうのこうのと憤慨した様子だったけれど、適当に謝罪の言葉を並べてやり過ごした。
本人が仕事に人生を賭けてくれるのはかまわないけれど、こちらにまで同じだけの熱量を求められても困る。
社員の中には社長のストイックさを尊敬している人もいるけれど、わたしはむしろ軽蔑しているくらいだった。そのために、これまでどれほど自分や家族、その他の大切な人たちを犠牲にしてきたのだろうかと。
電話の切り際に、「明日までには治してこいよ」と乱暴に言いつけられたとき、ちょっとだけスマホを握る手に力が入った。
心の中に広がった細波を静めるために、「怒鳴られることから逃げていたら、いつまでも怒鳴る人たちの支配下から逃れられない」と、自分自身に言い聞かせる。
人生は一炊の夢のごとし。幸せになることを先延ばしにしていたら、たくさんの「いつか」を残したまま骨になってしまう。社長に責められることよりも、会社をクビになるよりも、そっちの方が何万倍も怖ろしい。
ベッドから起き上がる勢いで余計なものを振り払い、そのまま洗顔と歯磨きを済ませた。
そのあと、クローゼットの前で散々悩んだ末に、マーガレットがプリントされた紺地のスカートと白のシルクブラウス、蜂蜜色のカーディガンを選び出した。それからさらに、ピアス、ブレスレット、バッグ、香水、靴と、身にまとうもののひとつひとつを真剣に選んでいたら、それだけで時計の長針が半周してしまった。
気まぐれに仕事をさぼるようになってから、わたしはお金をかけない贅沢をたくさん覚えた。「好きなことに好きなだけ時間をかける」というのも、そのうちのひとつだ。
洗面台の鏡に自分の顔を映し、ドロップ型のピアスを穴に通しているとき、耳の形が蝶の翅に似ていることに気がついた。付け根の部分から外側に向かって広がる形状や、生え際の角度がなんとなくそれっぽい。
自分の身体の一部分をこんなふうにまじまじと見つめたのは学生以来かもしれない。仕事のことで頭がいっぱいだったときは、意味のあることだけで時間が埋まってしまっていた。
ピアスをつけ終えたあと、小さめのショルダーバッグを肩にかけて部屋を出た。
行き先は隣県の美術館と決めてある。さっき全身鏡の前に立ったときに、今日のファッションの雰囲気がそれにぴったりだと感じたから。
電車を乗り継いで一時間もかけてやって来たのに、美術館についてみると、ちょうど特別展の入れ替え期間とやらで常設展しか開催されていなかった。
受付のお姉さんが見せてくれたチラシには、『昆虫をモチーフにした作品が大集合!』というポップ体と虫のイラストが数点印刷されていた。
あまり興味はないけれど、他に行く先も思い浮かばなかったので、五百円玉と引き換えにチケットを受け取った。
気を取り直して会場に足を踏み入れてみると、いくつかわたしの感性を揺さぶってくる作品が、壁際に並んだ油絵や水彩画に紛れていた。
たとえば、最初に目に入ったのは、画用紙に鉛筆の細い線だけで表現された子どもの落書きのようなナナフシの絵。これを描いたスイスの作家は抽象画の巨匠と呼ばれており、没後何十年経ったいまでもあちこちの美術館で特別展が開催されるほどの人気ぶりだ。
彼の絵がすべて単純なわけではないけれど、ここにこのナナフシが存在するということは、特別な技術を用いずとも、感性次第で世界に通用する芸術を生み出せるという証のように感じられた。そのことが、何の特技も才能も持たないわたしを励ましてくれた。
次に視線を奪われたのは、奥の壁一面に飾られた巨大なモザイクアートだ。それは遠くから眺めると、曇りガラス越しに置かれたコーヒーセットみたいなのだが、近くで見ると、何種類もの小さな蛾や蝶の標本が巧みに組み合わさっていた。
中でも、銀翅を持つマエキツトガを三百匹使ったというスプーンの造形がうつくしく、しばしその場で見惚れてしまった。
平日の昼前ということもあってか、わたし以外に客はほとんどいない。同じ部屋には、絵画の前で手をつなぎ感想をささやき合っている老夫婦と、途方に暮れたように黒い筒の中をのぞき込んでいる中年男性がいるきりだ。
男性が立ち去ったあと、わたしも筒の中をのぞいてみた。奥の方に下からライトで照らされたまるいスクリーンが張られていて、そこにトンボの翅でできた花模様が浮かんでいる。手元の説明書きによると、大きさの違う二種類のイトトンボの翅で作ったガーベラらしい。
最後の部屋の中央には、この展示会の目玉と思われる、蝶の立体作品が飾られていた。
それは、発泡スチロールから削りだした型にカラフルな砂で着色を施した立体砂絵アートというものだった。モチーフになっているのは、底光りする青い翅を持つオオルリアゲハだ。
わたしはひと目でそれに心を奪われた。
砂はスポットライトの光を反射してシャリシャリと輝き、特に翅の部分は、月夜に浮かび上がる青いバラの花びらみたいに妖艶だった。
作品を囲っているガラスケースのぎりぎりまで顔を近づけると、砂が鱗粉に覆われた翅の質感を忠実に再現していることに気づかされ、芸の細かさに思わずため息が洩れた。
本物と見紛うほどリアル、というわけではないのだけれど、そのオオルリアゲハには、いまにも鱗粉を散らしながら羽ばたき出しそうな迫力が備わっていた。
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