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ごくうが行く:夕焼けに三日月

ごくうはお兄ちゃんが大好きである。帰ってくると、強烈に可愛がってもらえるので、強い力でも耐えるように喜んでいる。お兄ちゃんが出かけて、ごくうは物足りなさそうに、ママの膝の上。うとり、うとり。

仕事が長引いた。気がついてみると、もう夕闇が迫ろうとしている。いつもなら、時間になると、催促のワン。今日はうとり、うとりのまま、何を慌てているととばかりに不思議そうな顔をしている。

慌てて、散歩の準備、ようやくその気になったごくうもイソイソとリングをしてとせがんでいる。

ごくうの散歩コースは坂を上がるコースと下がるコースがある。今夕は下がるコースを選んだ。交差点まで出ると、川筋を西に向かう。もう日は沈んでいる。雲のない夕焼けが朱色に色づいている。見ると、三日月が左上に。

ごくうはいつものようにマーキングしながら西に向かう。もうかなり大きくなっているモクレンのある家の側を通り過ぎて、思い出した。一昨日、モクレンの木の側で男女が寄り添って話しをしていた。

女の子はその家の住人であった。人づてに、離婚した母親と一緒に祖父母の家で生活していると。女の子は中学を卒業すると、今時珍しく、工員として働いていると聞いた。母親はまもなく再婚し、女の子は祖父母と一緒に暮らすようになっていた。

ごくうの散歩で、坂を下るコースを選んだとき、川に架かる古い橋で自転車を止めて、スマホを操作する女の子によく遭遇していた。数ヶ月経過した頃、休日だったのか、歩いてごくうに近づいてきた。「かわいい」としきりに可愛がる。

何度か出会い、出会う度にごくうを可愛がっていた。5年くらいの間に数回にしか過ぎない。ここ1年で、女の子はごくうに近寄らなくなった。地域の回覧板を回すのに遭遇したが、遠目で見るだけで近寄ろうとはしない。

散歩時間が同期しなくなり、会えない日が続いた。そんなことはごくうは気にも留めない。

一昨日の夕方、妻と一緒にごくうの散歩。モクレンの木の側で話し声。思わず、二人で目をやる。女の子と男の子は楽しそうに語らっていたが、庭に移動していく。女の子も20才をすでに超えている。

心の中で(どうか離婚しない付き合いであって欲しい)、祈りながら、ごくうは川筋を下っていく。

そんなことを思い出しながら、ごくうはいつものコースを辿っていく。もうすでに夕闇が迫り、夕焼けは消え、三日月の光が冴えてきていた。