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Short Story:マルバハギに誘われて

新任地への着任後まもなく、地方自治体が設置・運営している図書館を利用し始めた。どの地域に行っても、図書館を利用している。植物に興味が出て、調べるのを慣わしとしていた。

休日には、図書館で『植物図鑑』を紐解いては、調べ、やがて植物周辺の書物を漁りだした。本を借り出すことが多くなっていた。貸し出しや受け入れのカウンターで受け取るとき、新任の司書に気がついた。事務的でない受け渡しが印象的だった。

植物関連の小説を探しているとき、新任司書が書架に本を配架しにやってきた。ある日、同じ書架で遭遇し、見つからないので、思い切って司書に尋ねた。

「ぁ、それ、別のコーナーです」

百科事典ではないが、求める本は、纏められるように、全巻揃えて配架されていた。軽く礼を言って、本を開き、その場で読み始めた。司書は様子を確認しながら立ち去っていく。微かな風圧が感じられた。

本は「日本十進分類法、通称NDC 」で配架されている。それでも、本が誤って配架されていることがある。求めている本が所定の位置にない。借り出しはされていないことは確認していた。イライラしながら探していた。

本を探し出すのが、下手だという噂が出ていたらしい。他の司書が見かねて見つけてくれた。しばらくして、また行方不明本が出た。尋ねるのも面倒なので、他の本を渉猟しながら探しているところに、件の司書がネスティングブックトラックを押しながらやってきた。

「何を探しているんですか」

また迷っているな、という印象で尋ねてきた。

「これです」蔵書票をプリンタで打ち出していた。一緒に探し始めた。違った目で見ると、見つけやすい。

「ぁっ、これだ」

二人が同時に見つける。同じ本の花布(はなぎれ、本の背の上と下)の上を指で押さえていた。指の触れる感触に司書は手を引っ込める。

「ありがとうございました」

やっと見つけたような感覚に支配されていた。

数ヶ月が経過していた。司書の髪の長さが目につくようになっていた。必ずしも手入れが行き届いているわけではない。彼女の長い髪の毛に目が移ったのを悟られたのか、数日経つと長い髪は手入れされていた。本を借り出すとき、カウンターに彼女がいる。彼女は整えられた長い髪を、右手の人差し指で軽く揺らして知らせていた。

休耕田の草の中までハリネズミが進出しているという記事を見つけた。早速、ハリネズミの生態を調べたくなった。児童用本が意外と役に立つ。児童用本を借り出すのは気が引ける。ハリネズミの本を予約し、カウンターに受け取りに行った。本を受け渡しながら、彼女が伝えた。

「先日、母がハリネズミの巣を見つけました」

(こんな身近なところにもいるんだ)

一瞬、「それどこですか」と尋ねたくなったが、個人情報を聞くのは気が引けた。

「こんな・・ちっちゃな巣なんですよ」

彼女は両方の手の平を合わせて示している。

「お母様によろしくお伝えください」

意味も通るかどうか分からない言葉を残して、本を受け取った。

フランク・ロイド・ライトの建築が好きだという知人から、時候の挨拶のメールが届いた。そうか、ライトか。帝国ホテルの設計者で知っていた。(本当は教えて貰っていた)Noteのフォロワーが白模型を掲載していた。帝国ホテルの白模型を掲載している本が見たくなった。

いつも本の記事の複写や色々な質問に答えてくれる司書に尋ねた。首をかしげながら応答していると、交替の時間が来たのか、カウンターの担当者が変わり、件の司書が話しに加わって来た。

「本より、建築模型の実物を見ますか」

さっさと歩き出した。付いていくと、首里城の模型が置かれていた。少し前に焼け落ちたばかりだった。もう一件、バンザイ鉄塔だった。カウンターに戻った。

「ここにあります」

雑誌を広げて説明してくれた。しかし、求めるものではなかった。喜々として説明する彼女の嬉しそうな表情が脳にこびり付いてしまった。

ツツジの周辺を含めて、植物の形態・生態を調べ始めていた。秋の七草のハギは木本(もくほん)という。ハギの実物を見てみたい。カヤネズミを知っているなら、ハギの生えているところを知っているかも知れない。図書館に行ったとき、ちょうど彼女が掲示物を整理していた。(すかさず)ハギと言えば、ヤマハギしか念頭になかった。

「お母さん、ヤマハギのある所を知っているのでは・・・」

話し終わると、カウンターからの視線を感じた。気まずく思いながら、資料室に移り、調べ物の複写依頼の用紙を作成した。複写以来の用紙を手渡し、複写を終わると、彼女が新刊本のコーナーに向かっていた。ヤマハギの依頼を後悔した。

「ヤマハギの件、プライベートなことなので、いいですよ」

彼女は聞き捨てて持ち場に戻った。2日後に図書館に出かける用事ができた。彼女は見つけると、『植物図鑑』を取り出しながら、示した。

「ヤマハギではないですよ。マルバハギですよ」

約束していた訳でもないのに、マルバハギを新聞紙にくるんでいた。マルバハギを手渡しながら、貸出機の置いてある花瓶に挿しているという。ついていくと、確かに花瓶にマルバハギが数株、活けられている。葉を見ると、細長くはなく、丸みを帯びている。図鑑で見たマルバハギと同様である。確認を終えると、彼女は誇らしげに図書館から送り出す。カウンターからの視線を冷ややかに感じる。

早速家に帰ると、マルバハギの観察を始めた。すでにもう実をつけている莢がある。熟し切っていないものが多そうだ。花弁も揃っている花を見つけて写真を撮る。経過観察も行う内、マルバハギは萎んでいった。植物の標本を作ったことがない。標本作製を思いついても時すでに遅かった。

*できていたタネの鞘を8個冷凍庫に。翌年、播種し、1本だけ芽が出て成長している。

マルバハギの観察を終わると、別のテーマが待ち受けていた。すでに必要な本は図書館の移動図書館(マイクロバス)への配架を頼んでいた。急遽、配架をマイクロバスから本館にして欲しいと依頼し、図書館に出向いた。しかし、連絡不足で図書はマイクロバスに配架されていた。

省略:トラブルあり。差し障りを避けて、他都市の図書館を利用する。

初夏を迎えていた。マルバハギの咲きだす季節が来ていた。1年前を思い起こしながら、マルバサツキの生えている里山を探し始めた。カヤの生えている休耕田を回り込むように里山が出っ張っている。その里山の裾に、里山を回り込むようにマルバハギが数株、枝を垂らしている。緑葉の中に、紅く染まる花を見つけた。

マルバハギが呼んでいた。

中軸から細枝が伸び、先端から花を付ける枝が伸び、細枝から3枚の葉が出ている。葉は丸みを帯びている。葉の緑色が葉脈と一緒に印象的だ。もうすでに、いくつかの枝は花芽を付け、中には花弁を落としていた。地面は紅く染まるかのように、落ちた花弁がちりばめられている。詳しく観察するように屈み込む。

観察を終える頃、ふと気が緩んだ。後ろから話し声が聞こえる。立ち上がり、振り返る。人がいるのに気がつく。親娘が並んで立っている。夏服の姿が傾き始めた光の下で爽やかに反射している。お盆前の休暇を楽しんでいるようだ。

娘が右手を軽く挙げそうになり、すぐ引っ込める。刹那に、娘は挙げた右手を口元に持っていきながら左手を添える。母親は娘の手の動きを辿り、娘の表情を追う。

「ここだったんですね、マルバハギのある所は」

娘は軽く頷きながら、母親を見る。母親はマルバハギを所望した人だと悟る。親子は近づき、マルバハギの枝を撫でながら愛でる。湿度が低いのか、夕方の日差しが山風に揺らいで心地がよい。空は高く広がり、濃さを増した緑色に囲まれていた。

---終

・縮景園のハギ(右下)

【花情報】ハギやスイフヨウが咲いています。まだまだ日中は暑い日が続きます。隣接する美術館で涼みながらお出かけください。 ワンコイン縮景園 :広島県立美術館で開催中の特別展「安野光雅美術館コレクション 安野先生のふしぎな学校」チケットのご提示により1名様1回限り,100円で縮景園に入園できます。

Posted by 縮景園 on Monday, August 29, 2022