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ごくうが行く:「気持ちよかった~」

いつの頃だったか。
先代犬さくらの散歩道に柴犬がいた。柴犬はまだ若く来たばかりのようだった。人影を見ると、せわしなく動き、アッピールする。柴犬は「ゴン」と呼ばれていた。

おしゃまなさくらはしゃなりしゃなりと散歩を続ける。ゴンがさくらを見つけてアッピールしても、さくらはお構いなしに散歩をこなしていく。それにめったにゴンのコースを散歩するわけではない。月に1回もない。それでも、ゴンはさくらを見かけると、せわしなく動き、アッピールする。

さくらが亡くなり、しばらくしてごくうが来た。ごくうは定期的に坂を上って散歩し、ゴンの家の前を通っていく。最初の頃はごくうを見かけると、ゴンはせわしなく動いていたが、中年を過ぎたゴンはそれほど関心を示すことはなくなっていった。

ゴンのパパは車が大好きだし、大切にする。ごくうの散歩でよく洗車の時間に出会うようになっていた。ゴンのママも洗車後の車拭きを手伝っていた。ゴンのママは母の介護で家に定期的に通っていた。ごくうを見かけると、ゴンママは「ごくう、ごくう」と言ってと声をかけてくれる。ごくうも人に会うのは大好きだ。ゴンママにも挨拶する。ゴンパパは傍から眺めている。

ある日、ゴンパパがいないとき、ゴンの散歩に遭遇した。ごくうがゴンに近づくと、ゴンは小さく威嚇してくる。ママは承知で、ゴンを引き寄せて、雑談。
「主人がごくうを抱きたいって言ってました。」
ごくうは小さく、体重も3キロちょい。

それからしばらくして散歩で、ゴンパパとママが洗車していた。もう終わりの時間だった。ごくうはゴンママの方に親しげに寄っていく。ゴンパパも見ている。ごくうを抱き上げ、ゴンパパに預けた。しかし、抱き方がぎこちなかったのか、ごくうはむずかる様に飛び降りてしまった。残念そうなゴンパパを尻目にごくうは散歩を続ける。

それからしばらくして、散歩でゴンに出会った。乳母車で散歩していた。「もう歩けない」という。何度か目にしたが、そのうち、乳母車を見かけることはなくなった。ごくうの散歩と洗車時間が同じになる季節、ゴンが亡くなったという。

ゴンが亡くなってしばらくすると、ゴンパパとママの散歩に出くわした。ゴンがいなくなっても散歩が必要なので、続けているんだ。そのうち、ゴンパパだけの散歩に出くわしだした。ゴンパパはごくうの散歩を横目にすれ違っていく。ごくうは鼻泣きもせずに、すれ違う。

ごくうが散歩に出かける時間は他の犬の散歩時間と重なることが多い。ルーティンワークのように挨拶を交わし、それぞれの散歩コースに戻っていく。もう夕闇が迫っていた。一番星ははっきりと分かる。一番星がもう輝く季節になったか、暗くなっていた夕空を見ながら、県営住宅と市営住宅の高層住宅の間を散歩していると、ごくうが突然鼻泣きし、スマホの明かりに引き付けられている。

見ると、ゴンパパだ。ゴンパパが散歩の途中で短い長椅子(設置されている)に腰かけてスマホを見ていた。ごくうは目ざとく見つけて可愛がってもらっていた。ゴンパパは慣れた手つきで、ごくうを撫でまわしている。ひとしきり撫でると、ごくうは鼻泣き催促する。二度の鼻泣き催促で、ゴンパパは堪能したのか、「ああ、気持ちよかったぁ」とハッキリした声で伝える。

ごくうは自分が納得すれば、そっけない。さっさと散歩に戻り、家路を急ぐ。一番星が輝きを増していても関係ない。散歩から帰れば、ガムが飛んでくる。