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混沌の案内人・ジョーカーとは何者だったのか?

『ダークナイト』。

クリストファー・ノーラン監督による2作目の「バットマン映画」だが、今作の真髄と魔力を一身に体現していたのは、言うまでもなく、ジョーカーである。

純粋なる悪。

混沌の案内人。

その狂気の存在が暴いてしまった「真実」は、そう、誰しもが目を逸らそうとしていた「現実」そのものだったのだ。

特に、「世界の警察」を自認し、悪と名指しした国々の懲罰手段として「正義」を遂行してきたアメリカは、この映画によって、自国の正当性を問い直されることになった。

あまりにも底深く痛切な批評を、彼はスクリーンを超えて、僕たちが生きるこの世界に突き刺してしまったのである。

そして、それまでの世界を支配していた旧来的な価値観は、「不可逆」的に変わってしまった。

あの夏から10年以上の歳月が経つが、その批評の鋭さ、強度、そして正しさは、今もなお全く衰えてはいない。

今回は、『ダークナイト』の劇中で各キャラクターが語る言葉を通して、ジョーカーの実存に迫っていく。


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《1》

"Well, because he thought it was good sport. Because some men aren't looking for anything logical, like money. They can"t be bought, bullied, reasoned or negotiated with. Some men just wanna watch the world burn."(ちょっとした遊びですよ。金のような論理的なものに興味はないんです。買収も脅しも説得も交渉も通じない。この世には、世界が燃えるのをただ見たいという者もいるんですよ。)

バットマン(ブルース・ウェイン)の最大の理解者・アルフレッドは、ジョーカーについてこう考察する。

あらゆる欲望や目的意識とは無縁。ふと、この世界に生まれ落ちてしまった純粋なる悪。

ジョーカーの不気味な実存の本質を、あまりにも見事に射抜いた言葉である。


《2》

"Why so serious?"(何でしけた面してんだ?)

過度で過激で過剰なシリアスさを全身から放ちつつも、常にユーモアに富んでいるジョーカー。

ジョークを交えながら繰り広げられるバイオレンスと、毎回異なる「作り話」を通して語られる深い口傷の理由。

そのアンビバレントな性格こそが、一歩先の展開さえも読めない冷徹なスリルを生んでいる。

これこそまさに、緊張と緩和。いつだって、一瞬の油断が命取りとなるのだ。


《3》

"No matches on prints, DNA, dental. Clothing is custom, no labels. Nothing in his pockets but knives and lint. No name. No other alias."(指紋、DNA、歯型はどれも一致しない。洋服はオーダーメイドで、ラベルはなし。ポケットにはナイフと糸くず以外は何も入っていない。名前も偽名もない。)

中盤、ゴッサム市警によって、「一度」身柄を確保されたジョーカー。取り調べ後に、ゴードン警部補は彼についてこう語った。

ジョーカーは、一切のアイデンティティを持ち得ない「空白」の存在であること。その事実こそが、この世界に蔓延する狂気を体現する彼の底知れぬ恐ろしさなのだ。


《4》

"Introduce a little anarchy... upset the established order... and everything becomes chaos. I'm an agent of chaos."(ささやかな無秩序をもたらし、既成秩序を狂わせる、すると、全てが混沌に陥る。俺は、混沌の案内人なんだ。)

ジョーカー自身による、あまりにも衝撃的なな自己言及。

固定概念やルールを無化し、人間の本質を暴き出すための策略を次々と繰り返すジョーカー。

まるで、「自由意志」を体現するかのような数々の行動は、善悪の基準を一度打ち崩し、僕たちに再考を促すための思考実験のようにも捉えられる。

その意味で彼は、他のどんな悪役よりも、一貫してモラルスティックな思想を持つ存在であるとも言えるだろう。


《5》

"Madness, as you know... is like gravity. All it takes is a little push."(狂気とは、知っての通り、重力のようなものだ。必要なのは、ほんの一押しすることだけだ。)

壮絶なラストバトル、バットマンとの長き死闘の果てに、ジョーカーは「宙吊り」となる。

バットマンの一押しによって、いつまでもゴッサムシティの闇夜を舞い続けるジョーカー。彼の高らかな笑い声によって、『ダークナイト』は衝撃のクライマックスへと導かれていく。

ジョーカーは、この後に続く展開を、そして、バットマンが辿る運命を、その時どこまで想像していたのだろうか。全ては、彼による思考実験の一つの結果に過ぎなかったのだろうか。

そう、今作の観客の心は、文字通り「宙吊り」となってしまうのだ。

バットマンは、そして、この世界は、本当にジョーカーに打ち勝ったと言えるのだろうか。



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