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僕たちと「ROCK IN JAPAN FES.」、栄光の20年史を振り返る (後編)

昨日の投稿に続いて、今回も、20年間にわたる「ROCK IN JAPAN FESTIVAL」、そしてポップ・ミュージックの変革の歴史を、一夏ごとに振り返っていきたい。


(前編)はこちら。


【ROCK IN JAPAN FESTIVAL 2010】

3日間の大トリを務めたのはYUKI。この大役を、女性アーティストが担ったのは、10年を超える同フェスの歴史において初めてのことだった。

また、この年のWING TENTのラインナップだが、今から振り返ると本当に凄まじい。世界の終わり(現:SEKAI NO OWARI)、ONE OK ROCK、[Champagne](現:[ALEXANDROS])。言うまでもなく、彼らはここから一気にスターダムへと駆け上がっていった。

初日のLAKE STAGEのトリをサカナクションが務めているのも見逃せない。

日本の音楽シーンにおける、時代の変わり目を強く感じさせる夏だった。


【ROCK IN JAPAN FESTIVAL 2011】

東日本大震災によって、ひたちなか市は大きな傷を負った。しかし、いやだからこそ、この年も「ROCK IN JAPAN FESTIVAL」は、市民の理解と多大なる協力を得ながら、国営ひたち海浜公園で開催された。

総合プロデューサー・渋谷陽一氏、ひたちなか市長・本間源基氏、国営ひたち海浜公園事務所長・大日方尚巳氏の3名が、開催にあたって共同で発信したメッセージがこちら。

この年から同フェスは、音楽ファンの祭典としてだけではなく、ひたちなか市民の希望を背負った復興のシンボルとしての役割を担うことになる。

3日間の大トリを務めたのは、BRAHMAN。「俺なんかで良かったら一生支援します。」未曾有の危機を前にして、TOSHI-LOWは、迸る激情、等身大の願い、透徹な祈りを、懸命に音と言葉を通して伝えた。

BRAHMANとロッキング・オンによる、この音と言葉を通した闘いは、翌年から始まる「NO NUKES」へと続いていく。


【ROCK IN JAPAN FESTIVAL 2012】

各日のGRASS STAGEのトップバッターを担ったのは、NICO Touches the Walls、THE BAWDIES、そしてONE OK ROCK。テン年代の邦楽ロックシーンにおける新しい潮流が、はっきりと表れたラインナップである。

もはや同フェスと運命共同体であるDragon Ashは、IKÜZÖNEの死という深い悲しみを乗り越え、この年も堂々とステージに立った。また、2人体制となったチャットモンチーが、力強い再スタートを切ったのもこの夏だった。

全てのバンドたちの物語を受け止めながら、「ROCK IN JAPAN FESTIVAL」の物語も、また加速を続けていく。


【ROCK IN JAPAN FESTIVAL 2013】

同フェスはこれまでにも、ロックシーン以外のフィールドで活躍するJ-POPアーティストたちを大胆にブッキングしてきた。しかしこの年は、DJ BOOTHに複数の女性アイドルグループが出演したことが、特に大きな話題を呼んだ。

そして何より象徴的であったのが、3日間の大トリを務めたPerfumeのステージである。2009年以来、GRASS STAGEに立ち続けてきた彼女たちは、表現者としてのポテンシャルを確実に開花させながら、ついにロックフェスの頂点まで辿り着いたのだ。

「ロックっていうものの捉え方が変わってきてるのかなって。そのことを、ここにいる皆さんは考えていらっしゃると思うんですよ。」とあ〜ちゃんは語った。自分たちの出自や現状を冷静に俯瞰しながらも、3人は強い信念と覚悟を持ってして、ヘッドライナーとしての役割を完遂してみせた。

「ROCK IN JAPAN FESTIVAL」の物語が、あまりにも美しい形で更新された一夜となった。


【ROCK IN JAPAN FESTIVAL 2014】

15回目の夏、初の4日間開催の実現。総動員数は、昨年の177,000名から、一気に240,000名へ。DJ BOOTHがBUZZ STAGEへと新しく生まれ変わり、例年までに増して、より多様なジャンルの音楽が鳴り響くようになった。

元AKB48の前田敦子をはじめ、湘南乃風やEvery Little Thingといった、異なるシーンで音楽史を紡いできたアーティストたちが初出演を果たしたのもこの年である。(開催数日前には、矢沢永吉の緊急出演がアナウンスされた。)

各日のGRASS STAGEのトリを務めたのは、10年越しの復活となったKICK THE CAN CREW、サカナクション、ASIAN KUNG-FU GENERATION、そして、SEKAI NO OWARIだ。

雷雨の発生による一時避難と開場遅延、そして台風接近による悪天候。フェス史上最大級の危機と困難を乗り越えた参加者たちを讃え上げるように、セカオワは、美しく壮大なファンタジーを通して、闇夜のひたちなかに鮮やかな魔法をかけた。あまりにも感動的なグランドフィナーレだった。


【ROCK IN JAPAN FESTIVAL 2015】

GRASS STAGEのトリを初めて務めた[Alexandros]。壮絶な覚悟と確固たる信念を持って、ついに初出演を果たしたUVERworld。病気からの復帰を経て、「生きてこの景色を見られると思わなかった。」と万感の想いを告げた星野源。

2015年も、数え切れないほどのドラマが、ひたちなかの地で生まれた。また、満を持して椎名林檎が初出演したのもこの年である。

4日間の大トリを務めたのは10-FEET。RHYMESTERとのコラボレーションが実現した”focus”、盟友・Kjとの強固な絆を証明した”RIVER”など、数々のフェスの奇跡が巻き起こった。10-FEETと参加者の間に生まれた信頼関係は、今日に至るまで、その強度を日に日に増し続けている。


【ROCK IN JAPAN FESTIVAL 2016】

7つ目のステージ・HILLSIDE STAGEが新設。これにより、「ROCK IN JAPAN FESTIVAL」の会場全体の面積が飛躍的に増加し、もはや一つの街といっても過言ではないレベルにまで拡大を果たした。

伝説の初回以来の出演となったTHE YELLOW MONKEYは、感動の凱旋ライブを成し遂げ、前年に続いてGRASS STAGEのトリを担った星野源は、いつものように等身大でマイペースなバイブスでひたちなかを満たした。(彼はこの夏を経て、”恋”のメガヒットにより、問答無用の国民的スターとなる。)

BABYMETAL、いきものがかりの初出演、そして、パンクロックの王者・Ken Yokoyamaの7年ぶりの帰還も大きな話題となった。


【ROCK IN JAPAN FESTIVAL 2017】

PARK STAGEの拡大によって、LAKE STAGEとのダブル・セカンドステージ体制が確立。また、全てのステージにLEDビジョンが新設されたことで、参加者たちは、これまでにない快適さという恩恵を受けられるようになった。

そしてこの年、フェスの歴史を抜本から覆す、地殻変動級の豪華ブッキングが実現した。

各日のトリを務めたのは、B'z、桑田佳祐、サカナクション、RADWIMPS。また、ももいろクローバーZ、ポルノグラフィティ、そして欅坂46が初出演を果たす。

完全な国民的イベントとして、この年、「ROCK IN JAPAN FESTIVAL」は、一つの到達点を迎えたといってもいいかもしれない。


【ROCK IN JAPAN FESTIVAL 2018】

総動員数は、276,000名。初開催以来、約20年にわたって継続し、同時に右肩上がりの成長を続けてきたイベントが、広い世界を見渡しても他にいったいいくつあるだろうか。

ポップ・ミュージックの女王、松任谷由実の初降臨。そして、13年振りに実現したサザンオールスターズによる奇跡のベストヒットパレード。

「ROCK IN JAPAN FESTIVAL」の、そしてこの国の音楽史は、またこうして、ひたちなかの地で更新された。


【ROCK IN JAPAN FESTIVAL 2019】

先日、ついにライブアクト全出演アーティストが発表。記念すべき20回目の夏の全貌が明らかになった。

既に、開催まで2ヶ月を切っている。今年はいったい、どんな新しい伝説が生まれるのか。期待を胸に待ちたい。



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