見出し画像

Watcher #3


おれは“あれ”を、夜によく見た。

だけど、夜ではない時間帯にも、見たことはある。


陽がかたむいて、だいだい色の外。

ドラッグストアへのショートカットで公園を通りぬける途中。

なんとなく、そんな気分になって、空を見上げた。

夕空のみの視界。

そこへ、風に流されたシャボン玉が入ってきた。

シャボン玉の出どころを探るように、上げていたアゴを戻す。

「あ」

そこに“あれ”がいた。

白いイルカのような肌。

いや、イルカほどウェッティーではない。

そいつは、ジャングルジムのでき損ない(こんなもの、この公園になかった)のもとに、背を向けて座っていた。

そして、背中側へでろんと、頭をもたげていた。

頭の一部は、白い皮膚が剥けたようになって、少々赤らんだ色の違う皮膚が露出していた。

そこに、隆起した肉コブが2列に、いくつかならんでいる。

そのコブの先は、穴があいていて、穴からシャボン玉を吹き出していた。

穴の周りは、垂れたシャボン液で湿っていた。

 



シャボンを吐く。

前面の、顔とつながったような腹が、へこんでは、また膨らむ。

もしかしたら、こいつを気持ち悪るがるべきなのかも知れない。

けれども、それよりよっぽど、生理的に気持ち悪いことが、おれの身に起きていた。


地面がないのだ。

ゲームの処理落ちで、ポリゴンが表示されていないように地面がない。

しかし、おれの感覚は、足下に地面をとらえている。


地面がないところのは、奈落の底にはつながっていなかった。

見えない地面の下には、得たいの知れないグレーの底があった。

早くまともな地面に、足をつけたい。

見えない地面と、まともな地面の境。

グレーの底は、そこで終わっていなかった。

まともな地面の床下のように、グレーの底は続いていた。

ちょうどその床下のようになったところへ、別の“あれ”が潜んでいる。

そいつは一瞬見えただけで、床下の奥の方へ行ってしまった。

やっと、まともな地面を踏みしめて、足下が落ちついた。

そして、気づく。

公園中央にも、大袈裟な装飾のあれがいた。

 



おれはそいつが、見世物小屋のようなものだと、一目で悟る。

体の中から光がもれていた。

オレンジ色のガラスを透過した、光は夕陽に消え入っている。

背後にまわると、幕が舞台のように開いた。

おれは、吸い込まれるように中へ入る。

広い。

そこでは、アクロバットが行われていた。

光の粒をまく、空中ブランコ。



心地よい悪夢

そんな矛盾したものを見ている気がした。

しばらくぼーっと眺めてから、外へ出た。

シャボン玉のやつはいなくなって、地面も元に戻っていた。

おれは何故かすぐに、さっきのがもう一度、観たくなった。

振り返り、ふたたび幕の中央の切れ目に滑り込んだ。

中はさっきより暗い。

しかし、そこには星座しかなかった。

終演したのだ。

 



空気がとまっている。

静かすぎて耳なりがうるさかった。



その日の夜にみた夢は、特別だった。

だけどそれは、次に会ったとき話すよ。



 

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?