遼州戦記 保安隊日乗 3 季節がめぐる中で 13

 あまさき屋のある豊川駅前商店街のコイン駐車場に着いたときは誠はようやく解放されたという感覚に囚われて危うく涙するところだった。予想したとおり、後部座席に引きずり込まれた誠は要にべたべたと触りまくられることになった。そしてそのたびにカウラの白い視線が顔を掠める。
 そして、明らかに取り残されて苛立っているランの貧乏ゆすりが振るわせる助手席の振動。生きた心地がしないとはこう言うことを言うんだと納得しながら、さっさと降りて軽く伸びをしているランに続いて車を降りた。
「おい、西園寺……」 
 カウラが車から降りようとする要に声をかけたが、ランのその雰囲気を察するところはさすがに階級にふさわしかった。手を要の肩に伸ばそうとするカウラの手を握りそのまま肩に手を当てた。
「カウラ。あまさき屋だったよな。案内しろよ」 
 そのランの言葉でとりあえずの危機は回避されたと安心する誠。
「つまんねえなあいつもあそこばかりじゃ。たまにはこのままばっくれてゲーセンでも行くか?」 
 そう言う要にちらりと振り返った鋭いランの視線が届く。要もその鋭い瞳に見つめられると背筋が寒くなったように黙って誠についてくる。
「相変わらず目つき悪いなあ……」 
「あんだって?」 
「いえ、なんでもございませんよ!教導官殿!」 
 要が大げさに敬礼してみせる。すれ違うランと同じくらいの娘を連れた要と同じくらいに見える女性の奇妙なものを見るような瞳に、舌打ちする要。あまさき屋の前で、伸びをして客を待っていた自称看板娘の家村小夏(いえむらこなつ)が誠達を見つけた。
「あ、カウラの姐御と……妹か何かですか?このちっちゃいのは。このゴキブリ女の」 
「おい!誰がゴキブリだ!それにコイツは……」 
 そこまで言ったところで要の顔を射抜くような目で見つめているランがいた。
「いいか良く聞けよ!このお方は、東和共和国陸軍特機隊の教導官、クバルカ・ラン中佐だ!まもなく明石中佐の後任として保安隊副長になられるお方だ!良く覚えておけ!」 
 そんな要の言葉に小夏は体が硬直した。恐る恐る小夏の視線がランに近づく。
「ああ、世話になるな。こいつ等の躾が甘かったのは許してくれよな」 
 そう言ってそのまま引き戸を開けようとするランを混乱状態の小夏がどうにか引き止めた。
「あのね、ランちゃん。ここは子供が入って良いとこじゃないのよ。カウラの姐御!またゴキブリ女と組んで私を担ぐつもりでしょ?ねえ、兄弟子も!」 
 パニックに陥ってカウラと誠に泣きつこうとする小夏。だが、何も言わずにカウラはランの襟の階級章を指差した。小夏の目が、一瞬にして正気を取り戻す。東和軍の特機隊志望の小夏である。階級章くらいは当然わかっていた。そこに有るのは実物の中佐の階級を示す金の二本の線と二つの星。そしてランも慣れた調子で懐から身分証を取り出した。
「別にこう言う扱いは慣れてんだよ。ちゃんと生年月日みろよ。なんなら国防省に問い合わせても良いんだぜ?」 
 身分証まで見せられた小夏は、ここで急に直立不動の姿勢をとった。
「申し訳ありませんでした!中佐殿!」 
 そう言って小夏は引き戸を開けて敬礼してランを迎え入れた。
「お母さん!」 
 小夏はカウンターで仕込みをしていた母、家村春子に声をかけていた。振り返った春子は、軽く手を上げているランを見ると笑顔を浮かべた。
「ランさんお久しぶり」 
 そう言ってカウンターから出てきた春子はランの手をとった。
「そうか、こいつが小夏か。ずいぶんとでかくなったもんだな」 
「いえ、いつまでも子供で……シャムさんと一緒に馬鹿なことばかり。もう少し女の子らしくしなさいって言ってるんですけどねえ」 
 そう言って笑いあう二人。小夏はもとより、要もカウラも唖然としてその様子を見ていた。
「ちび……じゃなくて教導官はお春さんとお知り合いなんですか?」 
 無理に敬語を使おうとしながら要が言った言葉に軽く頷いたラン。
「まあな。隊長がちょっと用があるからって時々連れ出されてな。もう四年も前か?胡州陸軍の馬鹿と撃ちあいになったこともあったなあ」 
 そう言って要を見上げるラン。誠も二人がなぜ知り合いなのかすぐに分かった。四年前の東都での非合法密輸ルートの権益をめぐり、さまざまなシンジケートや支援する国家が非正規部隊を投入して行われた抗争劇『東都戦争』。春子はシンジケートの幹部の情婦として、要は胡州シンジケート、後の近藤資金を確保する非正規部隊員としてその抗争劇に参加していた。そしてその中に嵯峨の姿があったらしい言う噂も知っていた。
「ちっけえから気付かなかった……うげ!」 
 余計なことを言った要が腹にランのストレートを食らって前のめりになる。
「それより誰か先に着てるんじゃねーのか?」 
「ええ、リアナさんとマリアさんが来てますよ。それと……」 
 春子はそう言うと入り口に目をやった。携帯端末を手に持ったポーチに入れようとする明華がいる。
「ああ、着いたんだな。隊長はもうすぐ着くそうだ。それと茜はパーラ達の車に便乗するはずだったけど車がないと面倒だって。それで吉田だが……」 
 そこまで言うと、明華は急いで二階に駆け上がる。誠達もその後に続いた。
「はーあ、勘弁してくれます?」 
 宴会場の窓から顔を出す吉田。その額にはマリアのバイキングピストルが押し付けられている。
「くだらないことをするもんじゃないな」 
 そう言うとすぐにジャケットの下のホルスターに銃をしまうマリア。
「マリアちゃんたら!それと吉田君。あんまりふざけてばかりいたら駄目よ。一応、誠君達の上官なんだから。ちゃんと見本になるような態度をとらないとね」 
 そう言ってリアナは空になったマリアのグラスにビールを注ぐ。
「気のつかねー奴だな」 
 そう言ってランは誠を見上げる。誠は飛び上がるようにしてリアナのところに行って、彼女からビール瓶を受け取ろうとする。
「いいわよ、本当に」 
「でも一応、礼儀ですから」 
 そう言って遠慮するリアナから瓶を受け取ると、リアナが手のしたグラスにビールを注いだ。
「オメーラも座れよ。隊長達が来たらそん時に乾杯やり直せばいいだろ?」 
 自然と上座に腰をかけたランがそう言って一同を見回す。窓から入ってきた吉田とシャムが靴を置く為に階段を降りるのを見ながら、誠と要、そしてカウラはリアナの隣の鉄板を囲んで座った。
「それじゃあ、皆さんビールでいいかしら?ああ、カウラさんは烏龍茶だったわよね。それと要ちゃんはいつものボトルで……」 
 そう言って春子はランを見た。
「いいんじゃねーの?」 
 上座で腕組みをして座っている幼く見える上官を要とカウラは同じような生暖かい視線で見つめる。
「なんだよ!テメー等は!」 
「甘いサワーかなんかの方が良いんじゃねえのか?」 
 要のその言葉に、鋭い目つきにさらに磨きをかけるようにして要を睨むラン。
「おう、わかった!ビールだ!春子さんビールで!」 
 そう言ってすることもなく割り箸を取って割ってみせるラン。
「じゃあビールね」 
 そう言うと春子はシャムと吉田とすれ違いに階下に下りていく。
「ランちゃんビール飲めるようになったんだ!」 
 シャムのその言葉に誠はランを見つめた。
「飲めるよ!昔から。ただ……」 
「苦いのが嫌いだとか言うんだろ?ホントお子様だなあ」 
 そう言う要を睨みつけるラン。だが、そんな子供っぽい正体をさらしてしまうと、誠にも再びランが見たとおりの幼女に見えてきた。
「おう、着いたぞ!」 
 そう言って階段を上がってきたのは嵯峨だった。続いてくる茜はいつもどおり淡い紫色の地に雀が染め抜かれた着物を着て続いてくる。
「茜。和服で運転は危ねえだろうが」 
「ご心配おかけします。でもこちらの方が慣れていますの」 
 そう言うと茜はランの隣に座る。嵯峨もランが指差した上座に座って灰皿を手にするとタバコを取り出した。
「あの、隊長」 
 カウラが心配そうに声をかける。
「ああ、お子様の隣ってことか?わかったよ」 
 そう言うと嵯峨はタバコをしまった。ランはただ何も言わずにそのやり取りを見ている。
「ちょっと誠君、手伝ってくれるかしら?」 
 顔を出した春子。最近では誠はほとんど従業員のように使われている。あまさき屋には他にも源さんと言う板前がいるが、もう60を過ぎた体に無理はさせられない。いつものようにちょっとした集まりでもビール一ケースを軽く空ける保安隊の飲み方では必然的に誠のような雑用係が必要になる。
 以前は同じ役回りをシャムがしていたらしいが、今ではそれは誠の仕事になっていた。誠は立ち上がるとそのまま階段を降りて、小夏が抱えているビールのケースを受け取る。
「ああ、間に合ったみたいね」 
 そう言って店に入ってきたのはアイシャとパーラだった。
 それを見たアイシャの反応は早かった。素早く誠の手からビール瓶を奪い取り、春子の盆からグラスを取り上げると真っ直ぐにランの前に座った。
「では、中佐殿お注ぎしますね」 
 満面の笑みを浮かべて、口元が引きつっているランのグラスにビールを注ぎ始める。
「おっ、おう。ありがとーな」 
 なみなみと注がれたビールを微妙な表情で眺めるラン。気付けば茜やシャムがビールを注いで回っている。
「オメエも気がつけよ」 
 そう言うと要は誠にグラスを向ける。気付いた誠は素早く要のボトルからラム酒を注ぐ。
「おう、じゃあなんだ。とにかく新体制の基盤ができたことに乾杯!」 
 そう言って嵯峨が音頭をとって宴会は始まる。じっとランが目の前の自分のコップの中のビールを見つめている。一口だけ酒や烏龍茶を口に含んだ一同はランの冷や汗を流している姿を見ていた。
「やっぱ、餓鬼には無理かねえ」 
「無理じゃねーよ!」 
 要の挑発に乗るようにしてランはグラスに口をつける。そのまま伸びをするようにしてビールを飲み干していく。
「あ、あのう。大丈夫ですか?」 
 心配性なパーラが声をかけた。グラスのビールを飲み干したラン。彼女が思い切りゲップをする。
「汚ねえなあ……」 
 そう言う要を睨みつけた後、ランはアイシャにグラスを差し出す。
「もう一杯だ、注げ」 
 そう言われて慌てたようにアイシャは瓶を取り上げてビールを注ぐ。またなみなみと注がれたビール。覚悟を決めたと言うように一気に喉に流し込むラン。急にランの表情が変わった。飲み干して、じっとグラスを見るラン。
「うめーな」 
 ポツリとつぶやくラン。その言葉に要は慌てたような表情を浮かべる。
「嘘言うなよ、苦いの嫌いなんだろ?」 
 そう言ってラム酒を飲み干した要をタレ目で見つめるラン。
「馬鹿言うなよ。ビールは喉越しっていうだろ?舌で味わうと苦いばかりだったが、冷えたのを喉に流し込むと結構いけるじゃねーか」 
 そう言って飲み干したグラスを再びアイシャの方に向けるラン。
「さあ、皆さん。こちらをどうぞ!」 
 階段を上がってきた春子と小夏が次々とテーブルにお好み焼きの素を置いていく。
「豚玉!」 
「はい、師匠は三つですよね」 
 叫ぶシャムに小夏が三つの豚玉の小鉢を渡す。
「そう言えば久しく食ってねーな。お好み焼きは」 
「じゃあ、えび玉はどう?」 
 ランにえび玉を渡す春子。気の早いマリアはリアナと一緒にイカ玉と格闘を始めた。
「後は明石さんが遅れて来るんでしたっけ?」 
「まあ、本部に行ったわけだからそう簡単には帰してくれねえだろうけどな」 
 春子の言葉を聞きながらビールを煽る嵯峨。
「しかし、ビールを克服されるとは……」 
「おう、要。何でも来いよ!」 
 また注がれたコップを空にしたランは嬉しそうに要を見上げる。
「それじゃあこれは……」 
 そう言って自分のラム酒を取り出そうとしたところで明華にその腕を掴まれた要。
「なに、今度はランをおもちゃにする気?ちゃんと自分ので遊びなさいよ」 
 そう言って誠を見る明華。要はにんまりと笑ってグラスに手を伸ばそうとする誠をさえぎってそれを取り上げた。
「そうだよなあ、オメエと遊んでやらねえと」 
 そう言うと要は誠のグラスになみなみとラム酒を注いで誠の前に置いた。
「これ、飲まないと駄目なんですよね」 
 沈んだ声を出す誠。要と明華、そしてランの視線が誠に集まる。
「あの体格だ、結構飲めんだろ?コイツも」 
「いや、こいつは飲みすぎると面白いことになるからな」 
 ニヤニヤ笑みを浮かべながら小声で話し合う明華とラン。
「許大佐。ちょっと神前を苛めるのはやめた方がいいですよ」 
 カウラはそう言って烏龍茶を口に含む。彼女の焼く鉄板の上の野菜玉が香ばしい匂いを放っている。
「ドサクサ紛れに早速焼きやがって」 
 その様子を見た要が対抗してイカ玉を鉄板に拡げた。
「あの、西園寺さん。どうしてもこれを飲まなければいけないんですか?」 
 さすがにこれから教導に来てくれる教官を前に無作法をするわけにはいかないと、誠はすがるような気持ちで要に尋ねる。
「ああ、じゃあ隣の下戸と一緒に烏龍茶でも飲んでろ」 
 そう言うと要は自分のイカ玉を小手で馴らした。
「うめーな、ビールって」 
 そう言って手酌でビールを飲み続けるラン。
「でもランちゃん顔が赤いよ!」 
 巨大な豚玉にソースと青海苔をかけながらシャムが突っ込みを入れた。
「後は烏龍茶にしたほうがいいな」 
 自分の隣の瓶を空にしたマリアが小夏が気を利かせて持ってきたウォッカのボトルに手を伸ばしている。
「そうですよ、中佐。タコ中が来たときには本当に真っ赤になってるんじゃないですか?」 
 アイシャがそう言うが、聞かずにビールを開けては面白そうにグラスに注ぐ行動を続けているラン。小さなランが次第に顔に赤みを帯びていく様を楽しそうに見つめている要の隙を見つけると、誠は素早く小夏に要に注がれたラム酒のグラスを渡し、新しいグラスにビールを注ぎなおす。
「あー、いい気分」 
 ご満悦のラン。リアナ、マリア、明華の三人はさすがに言っても無駄だと自分達のお好み焼きを焼くことに集中している。
「ああ、来たみたいだぜ、タコ」 
 吉田の言葉を聞いていたのはカウラとパーラ、そして誠くらいだった。
「ああ、やっぱそれくらいにしろ。後はジュースでも何でも飲めよ」 
 一応上官であり、アサルト・モジュール教導の師でもあるランに気を利かせて要が言ってみた。
「なんだ?アタシに説教とはずいぶん偉くなったじゃねーか、要よー」 
 その要を見る目は完全に座っていた。この時になってようやく要は間違いに気づいた。すでにアイシャとパーラは何かを感じたとでも言うように黙ってえび玉を焼いている。
「ああ、すんませんなあ。ワイの分もあるでしょうか?」 
 独特のイントネーションで喋る大男、明石清海(あかしきよみ)中佐が階段を上がって顔を出した。
「おう、先にやらしてもらってるぜ。ランは……」 
 嵯峨がランの鉄板を見ると、もう飲むことをやめたランが不自然な笑いを浮かべながら座っている。仕方が無いと言う表情でアイシャとパーラの鉄板をすり抜けてランの隣に体をねじ込む明石。
「空酒はいかんのう。ちゃんとワシが焼いてやるけ、どれがええか?」 
 そう言ってメニューをランに見せる明石。
「おう!それじゃあこの広島風で!」 
 そう言って焼きそばののったお好み焼きを指差すラン。
「あの!ほんますいませんなあ、春子さん。広島風のデラックス、二つおねがいしま」 
 空のグラスを見つめる明石の視線を感じて素早くアイシャの隣に置いてあるビールの瓶を持って近づく誠。
「よう気がつくのう」 
 そう言いながらにこやかに笑いつつグラスに注がれていくビールを明石は眺めていた。明石の手と比べると小さく見えるグラスに注がれたビールだが、明石は当然のように一息で飲み干す。
「ああ、ええのう。全く生き返るわ」 
 そう言うと明石は誠に空いたビールを差し出した。誠は慎重にビールを注ぐ。
「ああ、隊長。本局には高梨の旦那も来とりましたわ。誘うたんじゃけどあの御仁、頭が硬とおまんな」 
 再び一息でグラスを空けた明石は誠からビール瓶を奪い取った。
「ワレも食え。後はワシがやるけ」 
 明石はこう言うところで気が回る性格である。確かに見た目はヤクザ以外には見えないがあの気難しい明華が結婚を決意したのも頷ける男気があると言うものだった。
「ああ、焼いてあげてるわよ、誠ちゃん」 
 誠の野菜玉を転がしているのはアイシャだった。要とカウラが、なんとか手を出そうとしているが、こう言う気を使うことにかけてはアイシャが抜け出している。だが、手が空いた誠がビールを飲み始めると、すぐにタレ目の要のこめかみに青筋が立った。
「あっ!神前!テメエアタシの酒を捨てただろ!」 
 要の怒鳴り声で思わず噴出す誠。アイシャはそれを無視して焼きあがった野菜玉を切り分けて誠の前に置いた。
「毎回いじられてばかりじゃかわいそうでしょ?はい、誠ちゃん口を開けて!」 
 そう言って自分の箸に掴んだお好み焼きを誠に向けるアイシャ。
「あ!俊平!見てみな!」 
 誠とアイシャの姿を見つけたシャムが大声で叫ぶ。マリア、リアナ、そしてパーラが誠とアイシャを見つめた。
「何やってんだ!この色ボケ!」 
 そう言って顔を突き出す要にアイシャは気おされる風もなく逆に睨み返す。
「あら、なにか私、変なことしてるかしら?」 
 逆に顔を要に近づけて挑戦的な視線を送るアイシャ。誠は生きた心地がしなかった。いつもなら時間的には要に脅されてラム酒を一気飲みして意識を飛ばして裸踊りを始める時間だった。今日は完全に意識が冷めている。なるほどこのような状況が展開していたのかと、珍しく晴れた意識で周りを眺めていた。それを察したのだろう。怒鳴りあう要とアイシャに見つからないように壁伝いに近づいてきた小夏が先ほど誠が預けたラム酒がなみなみと注がれたグラスを差し出してくる。
 次第に激高する要がアイシャの襟首を掴んだ。ぎりぎりと締め上げる要の腕を掴むアイシャだが、相手は軍用の義体のサイボーグである。止めに入ったカウラの手も全く要を止める役には立たない。
 今できること、誠はそう考えて目の前のグラスを眺めた。他の選択肢など無かった。受け取ったラム酒を一気に煽る誠。
「あ、やっちゃった」 
 その姿を見つけたパーラの言葉が耳の中に響く。
 そして誠の意識は完全に途切れた。

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