遼州戦記 保安隊日乗 3 季節がめぐる中で 8

「狭い!」 
「なら乗るな」 
 カウラのスポーツカーの後部座席で文句を言う要をカウラがにらみつける。仕方なく隣で誠は小さく丸くなる。空いたスペースは当然のように要が占拠した。高速道路ということも有り、スムーズに豊川の本部に向かう車。
「でも、あれよね。ランちゃんのあの言葉、気になるわよねえ」 
 助手席で伸びをしながらアイシャがつぶやいた言葉に、隣の要がびくんと反応した。
「冗談だろ?あの横暴だけど腕は立つ餓鬼を簡単に手放すなんて……東和陸軍はやらねえよ」 
 どちらかと言うと自分に言い聞かせているように聞こえる要の声。
「確かに裾野の第一特機教導連隊の隊長ですよね。あそこはあまり異動の無い所だって聞いていたんですけど……」 
 噂で口にした言葉だがすぐに助手席の紺色の長い髪が振り返ってくる。
「甘いわね、誠ちゃん」 
 そう言うと嬉しそうな顔のアイシャが振り向いてきた。
「うちじゃあシャムちゃんと言う遼南青銅騎士団の団長がその身分のまま出向しているのよ。所詮、サラリーマンの東和軍ならもっと動きがあってもおかしくないわ」 
 アイシャの言葉に第一小隊のシャムと吉田のにやけた顔が誠の脳裏にちらついた。
「まあ、アメリカ海軍の連中も出向して来ているのがうちの部隊だからな。そう言えば島田達は今頃着いたかねえ」 
 窓の外を見ながら要はそう言うと追い抜かれて後ろに消えていくダンプカーを眺めている。ロナルド・J・スミス特務大尉貴下の保安隊第四小隊は配属後の教育期間を終えると、遼州の火薬庫と呼ばれるクバルカン大陸に派遣された。クバルカン大陸第三の人口を誇るバルキスタン共和国。その選挙活動の監視と言うのが彼らの出動の名目だった。技術顧問として島田正人准尉もそれに同行した。
 クバルカン大陸は遼州同盟にとっては鬼門、地球諸国にとっては頭痛の種だった。
 遼州星系の先住民族の遼州人が居住していなかった地域であるこの大陸に地球から大規模な移民が行われたのは遼州星系でも極端に遅く、東和入植から百年以上がたってからのことだった。しかも初期の遼州の他の国から流入した人々はその地の蚊を媒介とする風土病で根付くことができなかった。
 クバルカン風邪と呼ばれた致死率の高い熱病に対するワクチンの開発などがあって安全な生活が送れることが確認されて移民が開始されたクバルカン大陸には多くのロシア・東ヨーロッパ諸国、そして中央アジアの出身者が移民することになった。しかし、ここにすでに権益を持ちかけていた西モスレムはその移民政策に反発。西モスレムを支援するアラブ連盟とロシアとフランスの対立の構図が出来上がることになった。
 そして、その騒乱の長期化はこの大陸を一つの魔窟にするには十分な時間を提供した。対立の構図は遼州同盟と地球諸国の関係が安定してきた現在でも変わることが無かった。年に一度はどこかの国で起きたクーデターのニュースが駆け巡り、戦火を逃れて他の大陸に難民を吐き出し続けるクバルカン大陸。
「まあ大丈夫なんじゃねえの?」 
 そう言って要が胸のポケットに手をやるのをカウラがにらみつけた。
「タバコは吸わねえよ。それより前見ろよ、前」 
 そう言って苦笑いを浮かべる要。渋々カウラは前を見た。道は比較的混雑していて目の前の大型トレーラーのブレーキランプが点滅していた。
「そう言えば要ちゃん義体変えたんだってね?」 
 切れ長の目をさらに細めて要を見つめるアイシャ。紺色の髪がなびく様の持つ色気に誠は緊張しながら、その視線の先の要を見た。
「なんだ、それがどうしたんだ?」 
「なんか少し雰囲気が違うような……」 
 とぼけたような調子でアイシャが要の胸の辺りを見つめている。はじめのうちは無視していた要だが、アイシャの視線が一分ほど自分に滞留していることに気付くとアイシャの目をにらみつけた。それでもアイシャの視線は自分から離れないことに気付くと、要はようやく怒鳴りつけようと息を吸い込んだ。
「胸、大きくしたでしょ?」 
 先手を打ったのはアイシャだった。その言葉に怒鳴りつけようと吸い込んだ息をむせながら吐き出す要。
「確かにそんな感じがしたな」 
 カウラまで合いの手を入れた。誠の隣で要の顔色が見る見る赤く染まっていく。
「一回り……そんな感じじゃすまないわねえ……サイズは?」 
 そう言いながらアイシャは視線を落として気まずい雰囲気をやり過ごそうとする誠を眺めていた。
「おい、テメエ等なにが言いてえんだ?」 
 要の声は震えている。
「西園寺。暴れるんじゃないぞ」 
 そう言うとカウラはそのまま前を向いてこの騒動からの離脱を宣言した。しかし、アイシャはこの面白い状況を楽しむつもり満々と言ったように、後ろの要に挑発的な視線を送っている。
「やっぱり、配属してからずっとレベッカちゃんが誠ちゃんにくっついているから気になるんでしょ?」
 誠はそこまでアイシャが言ったことで、なぜ要が義体のデザイン変更を行ったかに気付いた。アメリカ海軍からの出向組である第四小隊のアサルト・モジュールM10には専属の整備技師レベッカ・シンプソン中尉が着任した。彼女が一気に保安隊の人気投票第一位に輝いたのは様々な理由があった。
 金色のふわりとした長い髪、知的でどこか頼りなげなめがねをかけた小さな顔、時々出る生まれ育った長崎弁ののんびりとしたイントネーション、そして守ってやりたくなるようなおどおどとした態度。
 だが、なんと言ってもその大きすぎる胸が部隊の男性隊員を魅了していた。一部、カウラを御神体と仰ぐカルト集団『ヒンヌー教』の信者以外の支持を集めてすっかり隊に馴染んでいるレベッカを見つめる要の視線に敵意が含まれていることは誰もが認める事実だった。
「なっなっなっ……」 
 言葉を継げずに焦る要。それを楽しそうに見つめるアイシャ。誠は冷や汗が出てくるのを感じた。後先考えない要の暴走癖は嫌と言うほどわかっている。たとえ高速道路上であろうと、暴れる時は暴れる人である。
「アイシャさん?」 
「なあに?誠ちゃん」 
 にんまりと笑っているアイシャ。こちらも要の暴走覚悟での発言である。絶対に引くことは考えていない目がそこにある。運転中のカウラは下手に動いてやぶ蛇になるのを恐れているようで、黙って前を向いて運転に集中しているふりをしている。その時、アイシャの携帯が鳴った。そのまま携帯を手に取るアイシャ。誠は非生産的な疲労を感じながらシートに身を沈める。
「……だって……なあ」 
 小声で要がつぶやいた。
「あのー、西園寺さん?」 
「何言ってんだ!アタシは別にお前の好みがどうだとか……」 
 そこまで言って要はバックミラーで要を観察しているカウラの視線に気がついて黙り込んだ。しょげたような要を満足そうに見ながら携帯端末に耳を寄せるアイシャ。
「やっぱりそうなんだ。それでタコ入道はどこに行くわけ?」 
 アイシャは大声で電話を続けている。それを見て話題を変えるタイミングを捕らえて要は運転中のカウラの耳元に顔を突き出す。タコ入道、三好清海入道とも呼ばれる保安隊副長明石清海の話が出たところでアイシャが人事のことで情報を集めているらしいことは誠にも分かった。
「それにしてもあいつの知り合いはどこにでもいるんだなあ」 
 要はそう言うとわざと胸を強調するように伸びをする。思わず目を逸らす誠。
「同盟司法局の人事部辺りか?」 
「だろうな。でもやべえな」 
 カウラの言葉に答える要。彼女はそのまま指を口に持ってきて、右手の親指の爪を噛みながら熟考している。
「実働部隊の隊長があのちっこいのになる訳だろ?やべえよ、それは」 
 もうアイシャにからかわれていたことを忘れて要はアイシャの電話の会話に集中した。
「クバルカ・ラン中佐でしたっけ。あの人が何か?」 
 そう何気なく言った誠だが、タレ目の癖に眼光の鋭い要の視線を浴びて怯んだ。
「クバルカ中佐は厳しい教官だからな。教導はもちろん、書類一つとっても相当チェックを入れてくる人だ。今の明石中佐のようには行かないぞ。報告書も一字一句チェックを入れてくる……ああ、神前は書類は問題無いからな。むしろ西園寺だ」 
 カウラの言葉に爪を噛みながら聞き入っている要。考えてみれば誠も部隊配属は初めてだが、同期の他の部隊で幹部候補になった友人からは書類仕事のとんでもない件数にサービス残業を重ねている日々について聞いていた。誠は少尉候補生として着任したものの、今は曹長として勤務している。保安隊の現状として、実働部隊の下士官ならほとんど定時終わりで野球の練習に入れるのも当然と思っていたが、実は明石が練習の時間を作る為に苦労しているらしいことはなんとなくわかっていた。
「じゃあ、また何かあったらよろしくね」 
 そう言って電話を切るアイシャ。
「やっぱり、本決まりか?」 
 悲壮感を漂わせながら尋ねる要。
「ああ、実働部隊長の件ね。クバルカ中佐で決まりみたいよ。来週、視察に来るとか……それと管理部の方にも入れ替えがあるらしいわね」 
 淡々と答えるアイシャだが、その言葉に次第にうつむき加減になる要を見てその悪戯心に火が付いた。
「ああ、この電話の相手ね。……独自のルート。いろいろと私もコネがあるから情報は入ってくるのよ。まあ私はランちゃんについては運用艦の副長さんだからぜんぜん関係ないけど……大変ねえ」 
 いかにも愉快だと言うような笑顔を浮かべて要を眺めるアイシャ。要はそのまま何も言わずに爪を噛み続ける。その様子から見て、ランが相当な鬼教官であることが想像されて誠も少しばかり緊張してきた。
 だが、そこで思い浮かぶのがあの幼い面立ちである。目つきの悪さはあるにしてもどう見ても小学生である。シャムもやはり幼く見えるが、贔屓目に見れば中学生に見えなくも無い。だがランの姿はどう見てもやはり小学生、しかも低学年である。
「お前さあ、他人事だと思ってるだろ?」 
 ようやく要が口を開いた。全く光の無いその瞳に、誠は寒気のようなものを感じる。
「あいつ、餓鬼扱いされると切れるからな。注意しとけよ」 
 要はそう言うと大きくため息をついた。
「そうよねえ、さんざん要ちゃんはぶっ叩かれたもんねえ」 
「あの人は期待している人間には厳しく当たるからな。一番鍛えてもらったのはお前じゃないか?……そうだ。何かお礼にプレゼントでもどうだ?」 
 アイシャとカウラはそう言うと微笑んで見せる。そんな二人を見ながら要は視線を落としていじけていた。
 カウラの車はそのまま高速道路を降りて一般国道に入った。前後に菱川重工豊川に向かうのだろう大型トレーラーに挟まれて、滑らかにスポーツカーは進む。
「そう言えば第三小隊の話はどうなったんだ?」 
 要は恐る恐るアイシャに尋ねた。振り向くアイシャの顔が待っていたと言うような表情で向かってくる。
「ああ、楓お嬢様の件ね。何でも今月の末に胡州の『殿上会(でんじょうえ)』が開かれて、そこで嵯峨家の家督相続が完了するとか言うことで、それ以降になりそうだって」 
「でんじょうえ?」 
 初めて聞く言葉に誠は胡州の一番の名門貴族西園寺家の出身である要の顔を見た。聞き飽きたとでも言うように要はそのまま頭の後ろで手を組むと、シートに体を投げ出した。
「胡州の最高意思決定機関……と言うとわかりやすいよな?四大公家と一代公爵。それに枢密院の在任期間二十年以上の侯爵家の出の議員さんが一同に会する儀式だ。親父が言うにはつまらないらしいぜ」 
 めんどくさそうに要が答える。だが、誠にはその前の席から身を乗り出して、目を輝かせながら要を見ているアイシャの姿が気になった。
「あれでしょ?平安絵巻のコスプレするんでしょ?出るんだったら要はどっち着るの?水干直垂(すいかんひたたれ)?それとも十二単?」 
 アイシャの言葉で誠は小学校の社会科の授業を思い出した。胡州帝国の懐古趣味を象徴するような会議の映像。平安時代のように黒い神主の衣装のようなものを着た人々が胡州の神社かなにかで会議をする為に歩いている姿が珍しくて、頭の隅に引っかかったように残っている。
「アタシが六年前に引っ張り出された時は武家の水干直垂で出たぞ。ああ、そう言えば響子の奴は十二単で出てたような気がするな……」 
 胸のタバコに手を伸ばそうとしてカウラに目で威嚇されながら答える要。
「響子?烏丸大公家の響子様?もしかして……あの楓お嬢様と熱愛中の噂が流れた……」 
「アイシャよ。何でもただれた関係に持って行きたがるのはやめた方がいいぞ。命が惜しければな」 
 アイシャの妄想に火が付く前に突っ込む要。アイシャの妄想はいつものこととして誠は話題に出た人物について考えていた。確かに四大公筆頭の次期当主の要から見ればそんな人物が話題に出てくるのは普通のことだが、誠にしてみれば四大公家の西園寺、大河内、嵯峨、烏丸の家のうちの三家の女性当主が話しに出ていることに正直驚いていた。
 長男が国会議員をしている大河内家以外はどれも現当主や次期当主は女性だった。先の当主烏丸頼盛の追放で分家から家督を継いだ烏丸響子女公爵と父の遼南皇帝就任のため名目上の大公家を相続した嵯峨楓、そして普通選挙法の施行以降の爵位返上をちらつかせている父からの家督相続の話がひっきりなしに出る西園寺家の一人娘西園寺要。
 そんなことを考えている誠。外を見ると風景は見慣れた豊川市近郊のものになり始めていた。いつものような大型車の渋滞をすり抜けて、カウラは菱川重工豊川工場の通用門を抜けて車を進めた。
「ちょっと生協寄ってなんか買って行きましょうよ。私おなかが空いているし……誠ちゃんも何か食べるでしょ?」 
 にらまれ続けるのに飽きたとでも言うようにアイシャがカウラに声をかける。それを無視するようにアクセルを踏むカウラ。
「今日はシャムが遼南の土産を持ってくるって言ってたろ?どうせ喰いきれないくらいあるんだから……」 
 要の言葉にアイシャはうつむいた。要は先ほどまでの大貴族の家督相続の話などすっかり忘れているように見えた。
「だから言ってるんじゃないの。また変なもの買ってくるに決まってるわよ」 
 そう言いながらアイシャはうなだれた。
 助手席でうつむくアイシャをうっとおしく感じたのか、カウラは生協の駐車場に車を乗り入れた。
「誠ちゃんとカウラはいいの?」 
 アイシャの言葉に首を振るカウラ。
「僕はいいですよ。せっかくナンバルゲニア中尉の好意ですから」 
 そう言う二人を見てアイシャは細身の体をくねらせてそのまま車を降りた。
「今回の殿上会か……荒れるな」 
 要はそう言うと誠を蹴飛ばした。仕方なくアイシャに続いて車から降りた誠を押し出した要はそのまま外に出た。伸びをしてすぐに彼女は胸のポケットに手を伸ばす。
「荒れるって?」 
 誠の言葉を聞きながら要はタバコに火をつけた。
「おい、誠。胡州の国庫への納税者って何人いるか知ってるか?」 
 タバコをふかしながら前の工場の敷地内を走るトレーラーを眺めながら要が言った。
「そんなこと言われても……僕は私立理系しか受けなかったんで社会は苦手で……」 
 そう答えて頭を掻く誠に大きなため息をついて要はタレ目でにらみつけてくる。
「三十八人。全員が領邦領主の上級貴族だ。胡州は領邦制国家だからな。領邦の主である貴族がすべての徴税権を持っている」 
 カウラは迷う誠をさえぎるようにしてそう言った。
「さすが隊長さんだ。胡州の政治情勢にも詳しいらしいや。その三十八人の有力貴族はそれぞれに被官と呼ばれる家臣達が徴税やもろもろの自治を行い、それで国が動いている。まあ世襲制の公務員と言うか、地球の日本の江戸時代の武士みたいなものだ」 
 そう言うと要はタバコの煙を噴き上げる。

「けどよう、そんな代わり映えのしない世の中っつうのは腐りやすいもんだ。東和ならすぐ逮捕されるくらいの賄賂や斡旋が日常茶飯事だ。当然、税金を節約するなんて言うような発想も生まれねえ」 
 いつに無くまともなことを口にする要だが、彼女は胡州貴族の頂点とも言える四大公筆頭、西園寺家の嫡子である。誠は真剣に彼女の話に耳を傾けた。
「今回の殿上会の最大の議題はその徴税権の国への返還だ。親父の奴、この前の近藤事件の余波で保守派の頭が上げにくい状況を利用するつもりだぜ」 
 そう言うと要は車の中を覗きこんだ。カウラはハンドルに身を任せて要を見つめていた。誠は膝に手を置いた姿勢で要を見上げている。
「しかし、それでは殿上会に無縁な下級貴族達の反発があるだろうな。胡州軍を支えているのは彼ら下級貴族達だ。特に西園寺。お前の籍のある陸軍はその牙城だろ?大丈夫なのか?」 
 カウラは静かにハンドルを何度も握りなおしながら振り返る。
「だから荒れるって言ってんだよ」 
 そう言うと要はタバコをもみ消して携帯灰皿に吸殻をねじ込んだ。
「荒れるか……なるほど。では荒れた議場をまとめる西園寺公の思惑をどう見るか四大公筆頭、西園寺家の次期当主のお話を聞こうか」 
 カウラはそう言うと運転席から身を乗り出して要の方を見上げた。
「ああ。徴税権の問題に関しては親父は早期施行の急先鋒だが、大河内公爵は施行そのものには反対ではないものの、そのあおりをもろに受ける下級貴族には施行以前の見返りの権益の提供を条件に入れることを主張している。烏丸家はそもそも官派の支持を地盤としている以上、今回は反対するしかないだろう。そして叔父貴は……」 
 要はそこまで言うと再びタバコを取り出して火をつける。周りでは遅い昼食を食べにきた作業着を着た菱川重工の技師達が笑いながら通り過ぎる。
「もったいつけることも無いだろ?嵯峨隊長は総論賛成、各論反対ってことだろ?早急な徴税権の国家への委譲はただでさえ厳しい生活を強いられている下級貴族の蜂起に繋がる可能性がある。あくまで時間をかけて処理する問題だと言うのがあの人の持論だ」 
 カウラの言葉に要は頷いた。
「胡州の貴族制ってそんなに強力なんですか?」 
 間抜けな誠の言葉に呆れて額に手を当てるカウラ。要は怒鳴りつけようと言う気持ちを抑えるために、そのまま何度か肩で呼吸をした。
「まあ、お前は西と西園寺が会話している状況を普通に見ているからな。これは隊長の意向で身分で人を差別するなと言う指示があったからだ。そうでなければ平民の西が殿上貴族の西園寺家の次期当主のコイツに声をかけることなど考えられない話だ」 
 カウラはそう言うと要を見上げた。タバコを吸いながら要は空を見上げている。
「でも遅せえな、アイシャの奴。さっさと置いて帰っちまうか?」 
 話を逸らすように要がつぶやく。
「とりあえずお前はその前にタバコをどうにかしろ」 
 そして、ずっと要の口元のタバコの火を眺めていたカウラが突っ込みを入れる。誠が生協の入り口を見ると、そこにはなぜか弁当以外の物まで買い込んで走ってくるアイシャの姿があった。
「ったく何買い込んでんだよ!」 
「要ちゃん、もしかして心配してくれてるの?大丈夫よ。私は誠ちゃんじゃないから誘拐されることなんて無いし……」 
 要は仕方なくタバコをもみ消して一息つくと、そのまま携帯灰皿に吸殻を押し込んで後部座席に乗り込む。アイシャは誠がつっかえながら後部座席に乗り込むのに続いて当然のように助手席に座り買い物袋を漁り始めた。
「誠ちゃん。このなつかしの戦隊シリーズ出てたわよ」 
 アイシャがそう言うと戦隊モノのフィギュアを取り出して誠に見せた。
「なんつうもんを置いてあるんだあそこは?」 
 要が呆れて誠の顔を覗き込む。
「大人買いじゃないのか?」 
 車を発進させながら、カウラはアイシャに目をやった。
「ああ、そっちはもう近くのショップで押さえてあるから。これは布教のために買ったの」 
 そう言って要や誠にも見えるように買い物袋を拡げて見せる。そこには他にもアニメキャラのフィギュアなどが入っていた。
 そのまま戦闘機のエンジンを製造している建物を抜けて、見慣れた保安隊の壁に沿って車は進む。だが、ゲートの前にでカウラは急にブレーキを踏んだ。誠や要はそのまま身を乗り出して前方の保安隊の通用門に目をやった。
 そこには完全武装した警備部の面々が立っていた。サングラス越しに運転しているカウラを見つけた警備部の面々が歩み寄っているだが装備の割りにそれぞれの表情は明らかに楽しそうな感じに誠には見えた。
「どうしたんだ?」 
「ベルガー大尉!実は……」 
 スキンヘッドの男が青い目をこすりながら車内を覗き込む。
「ニコノフ曹長。事件ですか?」 
 誠を見て少し安心したようにニコノフは大きく息をした。
「それがいなくなりまして……」 
 歯切れの悪い調子で話を切り出そうとするニコノフに切れた要がアイシャの座る助手席を蹴り上げる。
「わかったわよ!降りればいいんでしょ?」 
 そう言って扉を開き降り立つアイシャ。ニコノフの後ろから出てきたGIカットの軍曹が彼女に敬礼する。
「いなくなったって何がいなくなったのよ。ライフル持って警備部の面々が走り回るような事件なの?」 
 いらだたしげにそう言うアイシャに頭を掻くニコノフ。
「それが、ナンバルゲニア中尉の『お友達』らしいんで……」 
 その言葉を聞いて、車を降りようと誠を押していた要はそのまま誠の隣に座りなおした。
「アイシャも乗れよ。車に乗ってれば大丈夫だ」 
 要の言葉に引かれるようにしてアイシャも車に乗り込む。開いたゲートを抜けてカウラは徐行したまま敷地に車を乗り入れる。辺りを徘徊している警備部の面々は完全武装しており、その後ろにはバットやバールを持った技術部の隊員が続いて走り回っている。
「シャムさんのお友達?」 
 誠はそう言うと要の顔を見つめた。
「どうせ遼南の猛獣かなんか連れてきたんだろ?先週まで遼南に出張してたからな」 
 要の言葉に頷くアイシャ。
「猛獣?」 
 誠はあの動物大好きなシャムの顔を思い出した。遼南内戦の人民軍のプロパガンダ写真に巨大な熊にまたがってライフルを構えるシャムの写真があったことを誠はなんとなく思い出した。
「部隊には吉田に言われて黙ってたんだろ?あの馬鹿はこう言う騒動になることも計算のうちだろうからな」 
 投げやりにそう言った要は、突然ブレーキをかけたカウラをにらみつけた。
「なんだ?あれは」 
 カウラはそう言って駐車場の方を指差した。そこには茶色の巨大な塊が置いてあった。
 要が腰の愛銃スプリングフィールドXD?40に手を伸ばす。
「止めとけ!怪我させたらシャムが泣くぞ」 
 カウラのその言葉に、アイシャを押しのけようとした手を止める要。車と同じくらいの巨大な物体が動いた。誠は目を凝らす。
「ウーウー」 
 顔がこちらに向く。それは巨大な熊だった。
「コンロンオオヒグマか?面倒なもの持込みやがって」 
 要はそう言うと銃を手にしたままヒグマを見つめた。ヒグマは自分が邪魔になっているのがわかったのか、のそのそと起き上がるとそのまま隣の空いていたところに移動してそのまま座り込む。
「アイシャ、シャムを呼べ。要はこのまま待機だ」 
 カウラの言葉に二人は頷く。熊は車中の一人ひとりを眺めながら、くりくりとした瞳を輝かせている。
「舐めてんじゃねえのか?」 
 そう言って銃を握り締める要。アイシャは携帯を取り出している。 
「駄目だよ!撃っちゃ!」 
 彼らの前に駆け込んできたのはナンバルゲニア・シャムラード中尉だった。いつもどおり東和陸軍と同じ規格の勤務服を着ているので隊員と分かるような小さな手を広げてシャムはそのまま車と熊の間に立つ。
「おい!テメエ何考えてんだ?部隊にペットを持ち込むのは厳禁だろ?」 
 要の言葉にシャムは少し悲しいような顔をすると熊の方に近づいていく。熊はわかっているのか、甘えるような声を出すと、シャムの手をぺろぺろと舐め始めた。
「シャムちゃん、降りて大丈夫かな?」 
「大丈夫だよ!アイシャもすぐに友達になれるから!」 
 そう言うと嬉しそうに扉を開けて助手席から降りるアイシャを見つめていた。
「一応、猛獣だぞ。ちゃんと警備部の連中に謝っておけ」 
 カウラはそう言うと熊に手を差し伸べた。熊はカウラの顔を一瞥した後、伸ばした手をぺろぺろと舐める。
「脅かしやがって。誠も撫でてや……」 
 車から降りて熊に手を伸ばした要だが、その手に熊が噛み付いた。
「んーだ!コラッ!ぶっ殺されてえのか!この馬鹿が!」 
 手を引き抜くとすぐさま銃を熊に向ける要。
「駄目だよ苛めちゃ!」 
 シャムが驚いたようにその前に立ちはだかる。
「苛めたのはそっちじゃねえか!どけ!蜂の巣にしてやる!」 
「要!何をしているんだ!」 
 銃を持ってアイシャに羽交い絞めにされている要に声をかけたのは、警備部部長、マリア・シュバーキナ少佐だった。
「姐御!コイツ!噛みやがった!」 
 アイシャの腕を力任せに引き剥がす要をマリアについて来た警備部員と技術部の面々が取り押さえた。
 マリアは要と熊を見比べていた。軍用義体のナノマシンの修復機能で、要の噛まれた腕から流れていた血はもう止まっている。
「なるほど、賢そうな熊だな。ちゃんと噛むべき奴を噛んでいる」 
「姐御!そいつは無いでしょ?まるでアタシが噛まれるのが当然みたいに……」 
 泣き言を言い出す要に微笑みかけるマリア。
「捕獲成功だ、各自持ち場に戻れ」 
 そう言うと重武装の警備部隊員は愚痴をこぼしながら本部に向かって歩き始める。
「こいつが熊太郎の子供か?」 
 マリアが笑顔でシャムに尋ねる。以前誠も遼南内戦でシャムと苦難をともにした人民英雄賞を受けたコンロンオオヒグマの熊太郎の名前をシャムが酔っ払っているときに聞いたのを思い出した。
「そうだよ、名前はねえ『グレゴリウス13世』って言うの」 
 熊の頭を撫でるマリアにシャムは嬉しそうに答えた。
「おい、そのローマ法王みたいな名前誰が付けたんだ?」 
 手ぬぐいで止血をしながら要が尋ねる。
「隊長!」 
 元気良く答えるシャムにカウラとマリアが頭を抱える。
「グレゴリウス君か。じゃあ女の子だね!」 
「アイシャさん。それはおかしくないですか?どう見ても男性の名前なんですけど……」 
 突っ込みを入れる誠に笑いかけるアイシャ。
「やっぱり誠ちゃんはまだまだね。この子の母親の名前は『熊太郎』よ。命名したのも同じ隊長。つまり隊長は……」 
「違うよアイシャ。この子は男の子」 
 シャムはそう言ってグレゴリウス13世の首を撫でてやる。嬉しそうにグレゴリウス13世は甘えた声を上げながら目を細めている。
「でもまあ、なんで連れて来たんだ?」 
 カウラの声にシャムの目に涙が浮かぶ。
「この子のお母さんの熊太郎ね、大怪我しちゃったの。今年は雪解けが早かったから、冬眠から覚めたらなだれにあったみたいで自然保護官に助けられてリハビリが必要なんだって。そのお見舞いに行ったらこの子を頼むって熊太郎が言うからそれで……」 
 シャムはそう言うと泣き出した。ぼんやりとその場にいた面々は顔を見合わせる。
「オメエ熊と話せるのか?」 
 血を拭い終わった要がシャムに尋ねた。
「お話はできないけど、どうして欲しいかはわかるよ。グレゴリウス。この人嫌いだよね」 
「ワウー!」 
 シャムの言葉に合わせるようにうなり声を上げて要を威嚇するグレゴリウス13世。
「おい、シャム。嫌いって聞くか?普通……」 
 要が引きつった笑顔のままじりじりとシャムに迫る。だが、要の手がシャムに届くことは無かった。顔面めざし突き出されたグレゴリウスの一撃が、要を後方五メートル先に吹き飛ばす。
「西園寺さん!」 
 さすがに誠も飛ばされた要の下に駆け寄った。
「ふっ、いい度胸だ」 
 そう言って口元から流れる血を拭う要。
「あのー、そんな格闘漫画みたいなことしなくても良いんじゃないの?」 
 呆れたようにアイシャがつぶやく。立ち上がった要の前では、ファイティングポーズのシャムがグレゴリウスと一緒に立っている。
「ふっ。運が良かったな。神前!行くぞ」 
 そう言うと要はそのまま隊舎を目指す。
「珍しいじゃないか、西園寺がやられるだけなんて」 
 ニヤつきながらエメラルドグリーンの髪を手でかき上げるカウラ。
「アタシもあいつと違って餓鬼じゃねえからな」 
「私が止めなきゃそのまま第二ラウンドまでやってたんじゃないの?」 
 要はアイシャの言葉をごまかすように口笛を吹く。そんな彼らの前に金属バットやバールで武装した整備班の面々が顔を出した。
「お帰りなさい!」 
 そこに野球のヘルメットに金属バットを持ったレベッカの声が響いた時、再び要の顔が明らかに不機嫌そうになり誠は一歩遅れて歩くことにした。レベッカ・シンプソン中尉。アメリカ海軍から出向してきている技術将校である。今では本来の整備班長の島田正人准尉が第四小隊の担当としてベルルカン大陸に派遣されている為に彼の変わりに整備班長の代理を務めていた。緊張していた彼女だが先発していた技術部員がシャムと熊が遭遇したことを知らせると緊張した面持ちがすぐに緩んでいくのが分かる。
「なんだか今日は会いたくねえ奴ばかりに会うな」 
 明らかにレベッカを見て表情を曇らせながらその隣をすり抜けようとする要。しかし、レベッカはその明らかに邪魔な大きさの胸を見せ付けるようにして手に持ったかごを要に差し出した。明らかにそれを見て青筋を立てている要に冷や汗を流す誠とアイシャだが、レベッカはまるで要の表情には気にかけていないというようにそこから卵を一つ取り出した。
「シャムさんが連れてきた遼央地鶏の茹で卵ですよ。食べませんか?」 
 そこですぐさま誠とアイシャはレベッカからかごを奪い取って卵を手に取る。
「ああ、私大好物なの!卵。はあ……」 
「僕も大好物で……もう殻ごと塩もかけずに食べちゃうくらい!」 
 とりあえずレベッカの間に二人で入って要が切れないようにする。殻ごと口に含んだおかげであちこち口の中が切れるのを感じるが要の威圧感に耐えられずに噛み続ける二人。 
「ああ、そうですねお塩が無いと。取ってきますね!」 
 そう言うとレベッカは整備班の控え室に消えていった。
「あのなあ、アタシだって誰彼かまわず喧嘩売るわけじゃねんだよ。それに誠。口から血が出てるぞ」 
 そう言うと要はそのまま事務所に繋がる階段に向けて歩き始める。誠とアイシャは目を白黒させながら口の中の卵を殻ごと噛み砕く。
「それにしてもあの熊はやばいんじゃないか?ただでさえ同盟司法局のお荷物部隊ってことで叩かれているアタシ等だ。これ以上何かあったら……」 
 そう言いながら要は階段の手すりに手をかける。
「それは気にしなくてもよろしくてよ」 
 ハンガーに入って詰め所に向かってあがる階段を見下ろしている女性幹部警察官の制服を見て要の顔がまた明らかに不機嫌になるのを誠は見てしまった。階段の上で誠達を待っていたのは、隊長嵯峨惟基の長女で同盟司法局法術特捜首席捜査官、嵯峨茜警視正だった。
「なんだよ茜か。ずいぶん余裕だねえ」 
 そう言うと要はそのまま階段を上がり始める。几帳面な彼女の襟元が少しずれて見えるのはおそらく中央に呼び出されて司法局の幹部とやりあったからだろう。
「すみませんね。また西園寺が何か……」 
「知らねえよ!むしろ叔父貴の態度で上が誰かに愚痴でもこぼしたくなったんじゃねえのか?」
 我関せずという感じの要。茜はそんな要を見て大きくため息をついた。
「小言くらいならいくらでも頂きますわ。お金と活動権限を制限されること。そちらのほうが問題なのですもの」
 そう言いつつ要の表情を見ていた茜だが要はただにんまりと笑うだけだった。 
「言いてえことはわかる。嵯峨家の身銭で運営しているうちは手を出せるお偉いさんはいなかったからな。第四小隊の創設でそれも限界。予算が欲しくなるのは当たり前だな」 
 要はそう言うとハンガーを見下ろすガラス張りの管理部のオフィスを覗く。自分から目を逸らした要に少しばかり気分を害したように一度茜が大きく足踏みをした。
「まあ……近藤事件でその実力を見せつけた今。逆に予算を増やして監査などを入れやすい状況を作り出して叔父貴に鈴を付けたいところだろうしな。予算規模しだいでは同盟加盟国のやり手の文官を差し向けてくるくらいのことはあるんじゃないのか?」 
 要はそう言うと上目遣いのタレ目で茜を見つめた。
「司法実働部隊に文官を入れる……まあ素直に叔父貴が納得するとは思えねえけどそれにオメエのところの人材の確保のめどはどうなんだよ」 
 下種な笑みを浮かべて茜をにらむ要。だが、茜は表情一つ変えずに語り始めた。
「厳しいところですわね。現状では私達法術特捜は、人員面であなた方四人の兼任捜査官を得ての活動でことが済むというのが司法局の判断ですわ。一般市民の法術適正者の特定と把握には東和政府は及び腰ですが、遼北や大麗では市民の法術適正検査の義務化の法案を通しましたわ」 
「あれだろ?本人に通知するかで揉めたって法案。遼北は非通知、大麗は通知だったか。それがどうしたんだよ……何か?一般市民から捜査官の公募でもするのか?」 
 そう言うと要はポケットからタバコを取り出そうとして茜ににらまれる。
「それもいい考えかも知れませんわね。適正に関することならネットではもうすでに法術の発動方法に関する論文が流出してもう法術はオカルトの分野ですとごまかすことも出来ないのが現状ですもの。それを見た少しばかり社会に不満のある人物が自分の法術適正に気付いて、そしてその発動の方法を知ることができる機会があれば……それが何を意味するかおわかりになりますわよね?」 
 茜の言葉に要は顔色を変えた。
「馬鹿が神様気取りで暴れるのにはちょうどいいお膳立てがそろうって事か」 
 誠はアイシャやカウラの方を見てみた。二人とも先ほどまでのじゃれあっていた時とは違った緊張感に飲み込まれたような顔をしている。
「でもそんな急に……僕だって実際今でも力の制御ができないくらいだから……」 
 そう言いかけた誠を見て茜はため息をついた。
「確かに訓練もまともに受けていない適正者が法術を使用すれば、結果として自滅するのは間違いないですわね」 
 淡々と茜はそう答えた。
「じゃあどうするんだ?シンの旦那みたいなパイロキネシストがあっちこっちで連続放火事件を起こそうとして火達磨になって転げ回るのを黙って見てろってことか?」 
 要の表情が険しくなる。
「今のうちはそれでも仕方ないですわ」 
 あっさりと茜はそう答えた。その冷たく誠達を見つめる視線に誠は少し恐怖を感じた。
「今、そんな人々を救える力は私達には有りません。それは私も認めます。ですが今の同盟にはそれを主張しても押し通すだけの権限が無いのはどうしようもありませんわ。今は時を待つ。要お姉さまも自重して下さいね」 
 そう言う茜にどこか寂しげな表情が見て取れて、誠は彼女を正面から非難することができなかった。
「わあってるよ!んなことは!」 
 そう言って要は管理部の壁に拳をぶつけた。中では心配そうな主計下士官、菰田曹長の顔が見える。
「まあこうして話していても何も起きないわよ。私はお昼ご飯食べたいから行くわね」 
 そう言って要と茜の間を縫って隊舎に消えていくアイシャ。ただ呆然と四人は彼女を見送った。
「西園寺。とりあえず神前を迎えに行ったことの報告しといた方がいいな」 
 そう言うとカウラは、まだ茜に言いたいことがあるとでも言うように口を尖らせる要の腕を引いた。仕方なく要はそのまま廊下を進む。そうして向かった保安隊隊長室のドアは少し開いていた。香ばしい香が三人の鼻を刺激する。
「何やってんだ?叔父貴は」 
 そう言うと要はノックもせずに隊長室に入った。
「ああ、戻ってきたの?まあお肉は一杯あるから」 
 そう言って七輪に牛タンを乗せていたのは鈴木リアナ中佐。保安隊運用艦『高雄』の艦長である。隣で黙って肉を頬張っている女性は許明華大佐。技術部を統括する保安隊影の最高実力者と言われる女傑。
「ああ、丁度いいところに来やがったな。食うだろ?お前等も」 
 そう言って後ろから取り皿と箸を用意する男が保安隊隊長嵯峨惟基特務大佐だった。

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