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楽しみながら新たな物質を目指す


今回は、化学物理工学科の香取先生にお話を伺ってきました。物理が好きになった「意外な理由」、磁石にくっついていた物質がくっつかなくなる? 磁性材料の研究を始めたきっかけなど、盛りだくさんの内容となっています。ぜひご覧ください!


<プロフィール>
お名前:香取 浩子(かとり ひろこ)先生
所属学科:工学部化学物理工学科
研究分野:磁性・材料物性

新しい物質を作る

―まず、香取先生はどんな研究をされているのでしょうか?
 
磁性材料の中でも特に新しい量子物質を作るのが現在の一番のテーマです。量子物質とは何かというと、高校で学ぶ古典物理学では説明できない物質です。その中でも、特に無機物質の遷移金属が含まれている化合物に注目しています。
 
―なぜ無機物質に着目しているのでしょうか?
 
それは、現在触媒とか太陽光発電などによく使われている材料は遷移金属を含む無機物質が大多数だからです。そしてそれらの多くは磁性を示す物質(磁性体)です。
 
―磁性体とは?
 
皆さんに一番なじみのある磁性体は磁石ですね。磁性体には原子磁石と呼ばれているミクロサイズの磁石のようなものが10の23乗個のオーダー(注1)で集まっていて、それがどのように並んでいるかにより性質が大きく変わります。皆さん、鉄、コバルト、ニッケルといった金属が磁石にくっつくことはご存知だと思いますが、なぜつくかまでは知らないですよね。
 
―理由までは聞いたことが無いです。
 
説明には量子力学の知識が必要です。量子力学は化学物理工学科の授業科目の一つですが、高校で学ぶ古典物理学の概念では説明できない現象を説明するために、20世紀になってから成立発展した学問分野です。磁性体では不思議な現象がいろいろ生じますが、古典物理学では説明ができない現象が起こる物質を量子物質と呼んでいます。最近では量子コンピュータなど、様々な分野で量子力学の概念が非常に重要になっています。
 
―確かに耳にする機会が増えていますね。
 
量子力学の知識がなくても、磁性体で生じる磁気相転移という現象は比較的わかりやすいと思います。
鉄などの金属が磁石にくっつくとき、それらは強磁性状態という状態です。
 
―はい。
 
ところが、鉄は温度を上げると常磁性状態と呼ばれる状態に変わり、磁石にくっつかなくなります。この磁性体の状態の変化のことを磁気相転移と呼びます。
 
―鉄が磁石にくっつかなくなることがあるのですね!新たな物質を作った時に、磁気相転移について調べることがなぜ必要なのですか?
 
原子磁石、これは量子力学ではスピン(注2)と呼ばれていますが、このスピンの配列の仕方が変化すると、磁石にくっついたりくっつかなくなったりというように、磁性体の性質が大きく変わります。磁気相転移はスピンの配列の仕方が変化することで起こるので、新しい物質を作ると、まず磁気相転移が起こる温度とスピンの配列を調べます。
 
―磁気相転移は実際に見ることができるのですか?
 
強磁性状態と常磁性状態との間の磁気相転移の様子は、磁石にくっつくかくっつかないかで簡単に見ることができます。鉄だと磁気相転移が起こる転移温度が770℃なので、なかなか目の前で見せることは難しいですが、ガドリニウム(注3)という物質では転移温度が20℃ぐらいですので簡単に見せることができます。見てみますか?
 

磁気相転移の様子:ガドリニウム(黒い物体)は氷水(右側のビーカー)に浸けると磁石にくっつき、熱湯(左側のビーカー)に浸けるとくっつかなくなる

もっと実験したい!

―そもそも先生が物理を専攻された理由は?
 
私は小学校の頃から、理科の授業が大好きで、何か物を作るのが大好きでした。ですから小学校の時には近くの科学館のイベントとか夏休みの工作教室とか、喜んで参加していましたね。高校生になる頃には、もう自分は理系に進むしかないって思っていました。ただ、高校に入った時は物理がどんな学問なのか十分な知識を持っていなかったので、物理の授業が始まるのをすごく楽しみにしていました。
 
―高校の物理の授業はどうでしたか?
 
2年生の時に、授業が始まりました。私の頃はネット社会でもないですし、塾とかもあまりない時代でしたので、授業で先生から教わることが絶対的で、教わった内容を参考書で復習するというのがその当時の勉強スタイルでした。
そんな中で、授業で気柱の共鳴振動を教わったときに、家に帰って参考書を見たら、授業で先生が説明したのと解法が違っていました。これはどうしてだろうってすごく悩んで、先生に質問に行きました。そしたら、「あー、また逆教えちゃったのね。」ってその先生に言われて。「え?」って。
 
―先生が間違ったことを教えていたのですか…。
 
よく実験をやる学校だったので、物理の授業は2時間実験をやったあとに1時間講義でした。その1時間の講義を一生懸命聞いて学んでも、家に帰って復習するとまた参考書と違うことがあり、質問に行くと先生は「また逆に教えちゃったか」と言って笑っていて。それが何度か繰り返されるうちに、「物理は自分で頑張って勉強しなきゃいけないんだ」って思うようになりました。
だから、「物理の先生が良い授業をやってくれて、それで物理が好きになった」っていう人が多いですけど、私の場合はどちらかというと逆ですね。物理の先生を神様のように思って楽しみにしていたのに…。それで必死になって物理を勉強して、大学進学の際も物理にしようと決めました。
 
―高校の授業は実験の割合が多かったのですね。
 
そうです。だから、物理っていうのは実験主体の学問だと思っていました。大学に入ってみたら、高校であまり実験をせずに物理を学んできた友達の方が多くて、「何で実験をやらずに物理が好きになったんだろう?」って私には不思議でした。そう思うぐらい実験が大好きでした。
 
―大学に入られた後、研究の道に進むきっかけは?
 
私は最初から研究者になろうとは思っていませんでした。とにかく物理の実験が好きでしたので、可能な限り実験をやり続けたいなっていう思いがありました。大学で実験をやれるとこまで続けて、これ以上は無理だと思ったら企業に就職すればよいかなぐらいに思っていて、将来のことをあまり深く考えずにやり続けていたら、博士課程まで進んでいました。
 
―今の研究分野(磁性材料)を選ばれたきっかけは?
 
そこは実は答えに困るところで…。研究室選びのときに、私は実はどの研究室に行きたいという、強い主張がありませんでした。仲の良かった友達から「この研究室に一緒に行こうよ」って言われて、じゃあ一緒に行くよ、っていうぐらいで決めたのですけど、結局入ってみたら研究室で行っていた磁性材料の研究がすごく楽しかったです。誘ってくれた友達は学部卒で就職しちゃいましたが、私だけがずっと残って研究を続けることになりました。だからそこでの出会いが、すごく自分に合っていたのかなと思います。
 
―「入ってみたら面白かった。」現役学生からもよく耳にしますね。
  

新たな物質の合成法(固相メタセシス合成)について説明する香取先生

物理を楽しむ

―最後に、物理に興味がある学生に、高校生・大学生のうちにやっておいてほしいことってありますでしょうか?
 
やっておいてほしいというよりは…楽しんでほしいなと思いますね。多分、高校で物理を暗記科目と思っている人は物理に楽しさを感じていないと思います。以前、高校生と話をしていて、「物理っていうのは全部明らかになっていて、未知のことなんてない学問かと思っていました」って言われてしまい、認識の違いに驚きました。
 
―高校物理で取り扱うのは明らかになっている範囲だけですからね。
 
物理にはまだ分かっていないことがたくさんあって、解明していかなきゃいけないこともいっぱいあります。そのことが高校生に伝わっていないことがすごく残念です。物理っていうのはどんどんどんどん、これから研究されて開拓されて開かれていく学問です。先がすごく楽しい学問であるし、とても夢のある学問だということに気づいてほしいです。
 
―未知のことを開拓できるのが面白いところですね。
 
今の高校生には物理は人気のない科目じゃないですか。実験もあまりやらないし。そこがすごく残念ですね。大学に入ってみたら、物理が暗記科目じゃなくなったのでつまらなくなりましたって言う学生がいるんですよね。「高校までは公式などを暗記さえすれば良い成績が取れたので好きでしたが、大学に入ったら暗記科目でなくなって成績が悪くなってやる気もなくなりました」って言われるとすごく悲しいんです。とにかく、夢いっぱいの学問である物理を楽しんで欲しいと思います。
 
―今日はありがとうございました!


注釈

(注1)10の23乗は1の後に0が23個続く数字。漢字だと「千垓(がい)」。アボガドロ数が10の23乗のオーダー。
(注2)量子力学によって確立した概念で物質の中の電子の動きの機動性から生まれる。磁石のN極S極の様な役割を果たす。
(注3)ガドリニウム:元素記号Gd、元素番号64の元素。ランタノイドの一種。


文章:タカ
インタビュー日時:2022年08月09日

※インタビューは感染症に配慮して行っております。

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