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人魚歳時記 師走 後半(12月16日~31日)

16日
弱雨の中で鳥が鳴いている。明けた薄墨色の空を見ていたら、血が通いだした様に色づき、酔ったような薔薇色へと移ろった。この美しさを誰かと共有したいと思うも、瞳の数だけ世界はあり、独りでしか真を得られないことを思い出す。そう思えるほど歳を重ねたことが嬉しい。

17日
風――吹き荒れて木々が暴れている。何かが飛ばされ、転がる音。まだ暗いが起きる。身支度を整えていると、風のうなりの間からサイレンが近づき、どこかに吸い込まれていく。薄明りの中、鏡を見て慌てて口角を上る。微笑んでいると、急病人を乗せて救急車が走り去っていく。
 

うっちゃらかした南瓜

18日
裏の笹薮に鎖が絡まり、大きな犬が動けずにいる。カーミングシグナルを送ると、激しい警戒を解いてじゃれついてきた。裏の家の娘さんと飼い主を訪ねた。敷地を出ると犬小屋は死角となり、姿が消えた。冷たい風が吹くと必ず遠吠えが聞こえ、焦がれる私は風上へ顔をやる。

19日
買い物帰り山寺に寄る。上田秋成「雨月物語」の一編「青頭巾」のお寺。稚児の腐肉を啜って鬼になった僧が骨になっても読経を唱えていたお堂の前で、その深い執着と欲望の源は何かと考えていたら、頭上の枝に烏が止まり鳴きやまない。鈍色の空に南天の赤が鮮やかだった。

19日#2
帰宅すると、物置の庇の下に黒く細長い蛇が死んでいたから、薔薇の脇に埋めた。

20日
寝るのが遅くなった。湯たんぽを作り、トイレに入る。背後の窓の外を風が通っていく。そして何者かの足音。そこは野良猫の通り道。今も彼らの肉球が、枯葉を踏んでいるとは解っているけれど、『新しい年を迎えにいった冬の足音』だと思うことにする。


初めてカワセミを見た用水路

21日
眠れなかった。マドンナの『I Deserve It』を聴く。起きると目が回る。愛犬の朝食の鶏レバーの匂いが辛い。完全に寝不足だが、生きてこなかった人生を夢想し、夜の中で生き直したかった。現実に戻ると外は霜で真っ白。ほらね、世界は凍って停止して、私を待っていた。

22日
ばら売りの玉ねぎを買う。じっと見ていると「ワタシヨ」「コッチヨ」と声が聞こえる気がして、どれにしようかのんびり選んだりしていたが、ふと周囲を見渡せば、スーパーの店員皆がサンタ帽を被り、目を三角にして忙しくおせちを並べていたりする。あぁ、年の瀬だ。

23日
シャンプーが終わり、迎えに行った動物病院。迷い犬ポスターが壁にない。「飼い主さんが諦めてもういいと」とのこと。病院がトリミングを来年から辞めるという。帰宅してお昼。スープを作る。焦がして火傷もする。慌てている。アマゾンで犬用ドライヤーを見つけないと。


どこからも手紙がこない廃屋の郵便受け

23日#2
残りの柚子九つ浮かぶ湯の中で、ふぃっと、うたた寝。気がつくと、乳房の間に黄色い一個が浮かんでいる。浴槽の縁に、片方の踵が載っていた。

24日
牛肉を物色中にジョンの歌声が聞こえ、ヨーコの「andハッピーニュイヤー」の声が重なる。買い物から戻り、ニュースを見て心に波。犬の散歩。曇った寒い空は黒蝶貝そっくりに鈍く光り、裸木の細かい枝がヒビのよう。ここに華やぎはないが平和はある。ふと焚火の匂いがした。

25日
金属の天使が五人、輪にぶら下がっている。その下に蝋燭を置くと、炎の熱で音もなく回りだす。壁を見ると、天使の影がくるくる回っている。大好きなクリスマスの置物だった。飽きずに眺めた。今それは手元にないが、眺めていた時の、あの気持ちは、まだ胸の中に鮮やかだ。

26日
支払い買い物おせちお餅掃除云々。煽られやすいので、年末は戒めても忙しい気持ちになる。梨農家ばかりの集落を犬と歩く。農家の方々が来期へ向けて、黙々と梨の木の枝を剪定中。日々の仕事を粛々とこなす「ケ」の日が好きだ。パチンパチンと響く鋏の音を、この胸に刻む。


今年最後の薔薇「ノスタルジー」

27日
「裏はふかしたてを売る饅頭屋、魚屋、豆腐屋、八百屋と雑貨屋もあった。今はつぶれた洋品店は元は劇場。『野菊の墓』観たね。皆が車に乗ってモール行くからなくなった」老人の話を聞く。今よりよほど活気のある、ここが村だった時の光景が、幻みたいに頭に浮かんだ。

27日#2
夕方、窓を開く。空の裾が薄紅色に染まっている。一瞬、シチューの匂いが、どこからか流れてきた――そんな錯覚が起きる。流れてきたのは記憶の中から。子供の頃の、冬の夕餉の匂い。何かの幻に捕まったらしい。

28日
蒸した餅米でお餅を作る。鏡餅も作る。熱くて掌が真っ赤になる。餅とり粉で袖が真っ白。終わればお飾りを急いで取り付ける。末広がりの八がつく、二十八日に飾るのがいいと昔聞いてから、律儀に守っている。明日は餅切り作業。たまには旧習に合わせる生活も悪くはないかな。

29日
年末の祖父母の家は酸っぱかった。靴下の足の裏が凍りそうなほど畳が冷たい。そんな日本間に、おせちのお重が置いてあった。それは料理より工芸品に見えた。今、熱心におせちを用意しない。酸っぱい匂いがしない年末年始は、私にはだらりとした休日にすぎない。


散歩の途中で

30日
朝早く、庭の隅まで行くと、猫車にたまったいつぞやの雨水が凍りついていた。氷の中に、木蓮の枯葉が固まっている。
昼、氷はまだ溶けない。猫車を傾けると、枯葉は少し動いて、周囲で気泡がたった。今年の水を持ち越してはいけない気がして、妙に必死になっている。

大晦日
『牛込矢来山里の寓居に除夜の鐘をききながら花をいけていると……』長谷川時雨の大正十年元日の日記の書き出し。戦前、物を書く女性で、時雨のお世話にならなかった人はいない。若い夫三上於菟吉を流行作家にし、「桜吹雪」の言葉を作った彼女の、静かな年越しの様子を見習う。


時間は光の速さ

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