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冷徹な血のメアリ(中編)

今、目の前でとんでもない美人が長い指でお酒を作り、奥で大きな白猫が小さなバイオリンでマイケルジャクソンの「BEN」を奏でている。
ロマンティックなムードの中、私はカウンター席に腰掛け、ひたすら冷や汗を流していた。


美しいバーテンダーは「鯉夏」さんというらしい。さっき、ここは悩める人だけが瞬間移動して来れるバーだと説明してくれた。初めは冗談かと思って聞いていたが、彼女の目には嘘がなく、響く言葉には矛盾がない。

鯉夏「はい。みなみさんにはこれ」

目の前に真っ赤な色をしたトマトのカクテル、ブラッディメアリが出された。

鯉夏「これはメアリー1世をイメージして名付けられたんだ」
みなみ「メアリー1世って…確か残虐な…」
鯉夏「そう。16世紀のイングランドとアイルランドの女王。プロテスタントを約300人も処刑したことから血まみれの女王と呼ばれたんだ」

鯉夏さんは、後ろの棚からチューリップのような変わった形をしたグラスを取り出すとカウンターに置いてある赤ワインのボトルを取り、ついでいく。

下へ向いた長いまつ毛、傾けた白い首筋、滑らかな曲線を描く華奢な肩。まるでバレエの演技を見ているようで私は思わず見惚れてしまった。

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鯉夏「悪名高い女王の1人として有名だけど、本当はどんな人だったんだろうね」
鯉夏さんはボトルをひねるように持ち上げる。ワインの滴が赤い池にポツンと落ち、舞台は静かなフィナーレで幕を閉じた。
鯉夏「肩の力を抜いて、今日は一緒に飲みませう」

鯉夏さんは私のカクテルにそっとワイングラスを合わせて音を鳴らすと、ほぐれるように笑う。

私の中の、囲碁を打つ手が止まった。不思議な人だ。対局しようとしても、この人を前にすると碁石が泡になってしゅわしゅわと浄化していってしまう気がした。

ブラッディメアリに口をつけると、さっぱりしたトマトが口の中に広がった。ウォッカの力強さが追いかけてきてじんわりと私の頬を熱くする。

鯉夏「安藤くんは、みなみさんにとって大事な人だったんだね」
みなみ「え…?」

なんだろう、この人は私の心や記憶が読めたりするのかな…。トマトが私の血液に溶けて、全身を駆け巡っていく。頭がポーッとして気持ちがいい。

みなみ「そうですね、信頼している後輩でした」

安藤が契約社員として入社してきた日のことをよく覚えている。
スーツがこんなに似合わない人間っているんだと思った。彼の顔から滲み出るアイデンティティは、見せかけのスーツや髪型と戦っているように見えたのだ。

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2日目にして安藤の恋愛対象が男性であることに気づいた。周りも徐々に気がついていったが、今の時代と、女性だらけのこの職場は安藤に寛容だった。むしろ彼の明るく天真爛漫な性格は人を惹きつけた。

私はすっかりお酒が回って、初対面の鯉夏さんにペラペラと安藤のことをしゃべっていた。

みなみ「私、始めは安藤を下に見ていました…。でも安藤は私に決定的に足りないものを持っていたんです…」

私には「人を信じる勇気」がなかった。裏切られることが日常だったから、信じた分だけ時間も心もすり減ると思っていた。もう裏切られても、傷ついてもなんでも構わない、とにかく利益が出ればいい、ただそれだけを考えて数字を上げていった。

気づくと周りからは「冷徹の女王」なんて呼び名がつき、私は戦場でただ一人戦っていた。

ある日、部長が安藤を私の直属の部下にした。
3年間契約社員をしてきた安藤は、私としばらく仕事をした後、正社員に昇格する予定だった。だから取引先へ連れて行き、プレゼンに慣れさせるよう指示されたのだ。

安藤はなぜか私に親近感を感じていたらしく、とても懐いてきた。安藤はいつも予想の斜め上をいく行動を取った。余計な仕事を増やすうえ、すぐに泣きじゃくる。でもその割には「悩みを聞くのが上司の務めでしょう」と責めてくるし、毎週のように飲み屋へ連れてゆかれる。私の囲碁は徐々に乱れ始め、ある日彼の高らかな笑い声と共に私はゲームを投げ出した。

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みなみ「考え方が変わったんです。誰に裏切られてもいい。傷ついてもいい。だた、私は一緒に仕事する人をその度に信じてあげなきゃ、大事にしなきゃ…って、そう思えたんです…」

バイオリンの音が聞こえなくなったと思ったら、モフモフの白猫が隣のカウンター席に腰掛け、ワインボトルをラッパ飲みしていた。
私はお酒が回ったためかあまり驚かなかった。猫の口の周りには赤ワインが染み付いて、今しがた小動物をたいらげた猛獣のようになっている。鯉夏さんは気にせず会話を続ける。

鯉夏「それなら、放っておいてはダメだよ。安藤くんは、今何を思って、なにをしているのかな?」

ここにくる前の安藤が蘇る。職を失い、新宿で売り子をやっていた。多分ゲイバーの呼び込みであろう。

私のせいで、安藤の人生は大きく狂ってしまったのではないか…?

その蕾のように咲いた罪悪感は心の中でぐるぐると渦を巻き、台風のように荒れ狂う。

心が荒れるたび、鯉夏さんは鐘を鳴らすような声で私を平常心に呼び戻す。

鯉夏「私が力になれるかはわからないけど、1つ誤解をときたくてね」
みなみ「誤解?」
鯉夏「安藤くんが契約終了になったのは、みなみさんのせいではないよ。だけど安藤くんがみなみさんを恨んでいるのは、別の人間がみなみさんを陥れるための策だった、としたら?」
みなみ「…?」

鯉夏「まずは、安藤くんがどうして解雇になったのか、聞かせてくれるかい?」


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(途中ですみません笑 血のメアリは長いので来週後編更新予定です!なんともまあ気まぐれな笑 来週も連続で飲みんしょう♪)



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