見出し画像

サキュバスと老人(前編)

「生きていれば美しい景色を見ることができます」と君は言ったね。
俺は残された刻の中で、やり残したことはないかと探るように生きています。
だから今宵も、綺麗な女たちに下ネタを浴びせて生きています。

【本日のお客様 堂島ヒデヨシ様 88歳 食品メーカー会長】

ここは、銀座の片隅にある老舗クラブだ。
店内は、バーカウンターとソファ席のあるフロアに分かれていてね。

大正ロマンを彷彿させるこの空間は、落ち着いていて、上品で、美しい。飾られている絵、ランプ、花の1つ1つに「人の想い」が優しく宿っているんだ。不思議だろう?ここは俺の隠れ家だ。

俺はお気に入りのソファ席でウィスキーのロックを飲む。
部屋の隅にはピアノがあり、時間になると俺と同い年くらいの先生がやってきて震える手で「my favorite things」を弾きながら歌ってくれる。
ムードに酔いしれる俺の隣にはいつも必ず麗奈がいる。
俺の担当のホステスだ。つり目の瞳に分厚い唇、真っ白な素肌を黒いドレスで覆い隠し、俺の精気を搾り取るような妖艶な笑みを浮かべている。

堂島「で、そろそろいいだろう?これだけ毎日通ってるんだ」
麗奈「遺言書には、ちゃんと書きましたか?」
そのとき「ごほん!」と咳払いがどこからか聞こえてきた。
ふと見ると、秘書の菅原拓也がしれっとピアノの隣に立っており、麗奈を睨んでいる。

画像1


車で待っていろと言ったのに、アイツは少々でしゃばりなところがある。
俺は黒服に頼み、菅原を店からつまみ出して貰った。
ようやく麗奈と2人で落ち着いて話ができる。

堂島「ちゃんと書いたよ。俺の死に方を」
麗奈はにんまりと笑うと、シャンパングラスに口をつけ、喉の奥へと流し込む赤く柔らかい唇が、喜んでいるかのように潤っている。

その姿はなんとも官能的で、俺の奥底に眠る本能がカッと目を覚ます。

堂島「腹上死。一番いい死に方だろ?逝くイク同時進行」
麗奈「でも私とエッチして死なれたら、お葬式で堂島さんのご家族と顔を合わせ辛いわね」
堂島「いいじゃあないか。銀座のサキュバスと呼ばれているんだろう?淫乱悪魔のサキュバスと」
麗奈「その前に、できるのですか?堂島さん、来年で89歳ですよね?」
堂島「なめるなよ!!俺は薬を飲むんだ!男が元気になる薬をな!」
麗奈「…でも堂島さん、心臓弱いですよね?精力剤を飲めば死んでしまいますよ?」
堂島「なめるなよ!!そこは俺の勝負だ!それで生きていたら麗奈と相撲大会だ!」
「のこったのこった〜!」と俺は麗奈に張り手をする。麗奈は「いや〜ん」と言いながら両腕で胸をしっかりガードする。
こやつめ、ちょっとぐらい触らせてくれたっていいじゃん。

画像3



その時、付け回しの黒服が「マリさんです」と言葉を放つ。
麗奈が可愛がっている後輩ヘルプのマリが来ると、大体麗奈は抜かれてどこか違う席へ行ってしまう。案の定、麗奈はスッと席をたつと、風のように他の客の元へと向かっていった。
いいところだったのに。というか、いつもいいところで麗奈が抜かれている気がする。気のせいか?気のせいか。

マリはまだ幼い顔をしている癖に、だいぶ精神年齢が高い変わった子だ。やさぐれたところもなく、出立ちから裕福な家庭で育ってきたのだなとわかるのだが、現在お金に苦労しているそうだ。男に騙されるタイプでもなさそうだし、まあ理由は聞かないが、油絵を描いてるくらいだし何かやりたいことがあるのだろう。
因みに俺は乳が大きくて、セクシーで知的な女が好きだから、童顔で貧乳のマリはタイプとはかけ離れている。
まあ麗奈が可愛がっているなら誰でもいいんだけど。

マリ「この間は麗奈さんと白川郷に行ってきたと伺いました。楽しかったですか?」
堂島「ああ、麗奈と俺はエビのように、ベッドで跳ね上がったさ」
マリ「あはは。活きのいいエビたちですねえ」
堂島「次回は竹田城跡に行きたくてね。マリも交えて三匹のアユのようにベッドで川の字を描こうか」
マリ「シュールな光景。今度油絵でそれをモデルにして描いてみますよ、あはは」
マリの無邪気な笑顔は可愛らしい。ついつい調子に乗ってもっと下ネタを言いたくなる。
というのも、正直この歳になると第二の息子が危篤状態だ。干し椎茸みたいに俯いている。
そうなると、欲求不満が下から上がって口に出る。だから若い女の子たちに下ネタを浴びせることでそのバランスをとっているのだ。

それを秘書の菅原に言ったら「僕も将来そうなるのかな…絶対に嫌だ…」と怯えていた。
マリ「麗奈さんと堂島さん、いつもどこかへ旅に行かれてるから本当仲良いなあって。徳島のわき町に、高千穂峡に、ええと、白髭神社に…」
堂島「でもアイツ最近付き合い悪いんだよ?白川郷に行って以来急に旅行に行ってくれなくなって」
マリ「え、そうなんですか?まあ麗奈さん忙しいから」
堂島「俺が男だとようやく気づいたのかもしれないな。人畜無害の干し椎茸だとでも思っていたのだろう」
マリ「ぷ、干し椎茸。でも麗奈さん、いつも風景の写真を撮って大事そうにアルバムにまとめてるんですよ。それで番号を振ってて…確か白川郷の写真は10って書いてありました」

画像2



堂島「アルバムに、番号?」
俺は少し引っかかった。
マリは「干し椎茸…ぷぷぷ」と細かく笑っている。
堂島「それは…」
そう言いかけた時だ。視界が歪み、目の前が真っ白になった。
マリの声が遠く響く汽笛のようにぼやけて聞こえる。
あとはブツ切れの映像が何度か映った。麗奈が俺の手を握りながら何かを言っているのだ。
俺はよくわからなくて、なんだか疲れて目を瞑る。
すると、雲海に囲まれて真っ青な空を仰ぐ女性の背中が映った。
見覚えのある懐かしい光景だ。長い黒髪をかきあげ、彼女はこちらを振り向いて…。



気づくと、見たことのないバーで腰をかけていた。
目の前には天使のような微笑みを浮かべるバーテンダーが立っている。
鯉夏「お待ちしておりましたよ、堂島さん」
あれ、さっきまで銀座のクラブにいたような…。俺もいよいよボケてきたのだろうか?


ま、なんだかよくわからないけど、お姉ちゃん綺麗だし、一杯飲みつつ聞こうかな。


(続きは来週!また月曜夜は飲みませう♪)

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?