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【cinema】午後8時の訪問者

2017年32本目。

ある日の夜、診療受付時間を過ぎた診療所のドアベルが鳴るが、若き女医のジェニーはそのベルに応じなかった。しかし翌日、身元不明の少女の遺体が診療所近くで見つかり、その少女が助けを求める姿が診療所の監視カメラに収められていた。少女はなぜ診療所のドアホンを押し、助けを求めていたのか。少女の死は事故なのか、事件なのか。そして、ジェニーはなぜドアホンに応じなかったのか。さまざまな疑問が渦巻く中、ジェニーは医師である自身の良心や正義について葛藤する。(映画.comより転記)

ダルデンヌ兄弟の作品にしては、動きがある。なんて言うのか彼らの作品は、日常の中の「動」を「静」として捉えて(またはその反対も同様)、如何に映し出すか、みたいに思っていたんだけど、今回のはストーリー自体に動きがあるなと。

始終ドキドキしながら結末を窺っている自分がいるのに、どこかしら安心して観ている自分もいる。変な書き方だけど、主人公の女医ジェニーはそんな雰囲気を纏っている。若いはずなのに、常に落ち着き払っている。それが当然かのように。内心はそうでもないはずなのに、そうすべきだと自分に言い聞かせているかのように。

このストーリーのキモの一つはジェニーの職業、医者にある。医者だからこそ、あの時救えたんじゃないかという気持ちが強くて、彼女自身にそうあるべきだったと思わせる一因になったことは間違いない。あれがフツーの事務員だったり、他の職業であったら、彼女はあのような正義感で行動しないと思うのです。

また、ジェニーの表情からは読み取れない「熱さ」がこのストーリーではポイントになっていると思います。突き動かされるような熱情でもって、亡くなった女性の足跡を辿る=真犯人捜しをする彼女の姿は、表面上はガラスのような冷たさがあるのに、芯は熱く燃えているのです。それが、私にはとても好ましく思えたのだけど、違和感を感じた人も多いのでは…。

彼女のあらゆる場面での「こうあらねばならない」は、時として窮屈さと固さを感じさせるのだけども、私は自分が女だから、何となくわかる、彼女のそんな気持ち。あと境遇や職種、責任の度合いは違えど、誰かの上に立って何かしらを表明しなければならない時の得も言えぬもどかしさ。それが、この映画の中では、ジェニーの原動力になってるんだなと場面ばめんで感じました。

全然心は安らがないし、真実が突き止められても悲しくなるばかりだけど、ジェニーだったからよかったんだと思えるラストでした。

ダルデンヌ兄弟の作品は、観る者にいつも何かしらを問いかけて、いや、突きつけて終わるものが多くて、好き嫌いが分かれるかと思います。これも移民問題とかセンシティブなテーマが大きく横たわる内容ですが、ジェニーの目となり、耳となり、足となり、で見れてよかったなって。

原題は「The Unkown Girl」という意味合いのもので、邦題と同じくあくまで亡くなった少女にフォーカスされているのだけど、私はこれは紛れもなく、その見知らぬ少女を追いかけたジェニーの物語だったように思います。

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