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答えはコインロッカーの中にあった

コインロッカーベイビーズを読む
コインロッカーベイビーズは、作家、村上龍の小説です。
この作品を読むのは2回目で、今回、1年ぶりに再読しています。
有名な文学作品は、読むたびに発見があるというのは本当のようです。
1回目を読んだ時は、物語の筋を追うのに精いっぱいで、正直、読み終わった後、この小説の何がおもしろいのか分かりませんでした。けれど、今回読んでみたら、すごく面白いです。それは、この作品を少しでも理解出来たからなのだと思うのです。

テーマは個人の確立
僕は、今の生活に息苦しさを感じています。それは、周りの社会と自分はあってないのではという疑問からです。自分は、この社会に対応できていないという劣等感があります。自分は、何も出来ず、誰からも必要とされない、水面を揺らすことも出来ない川の中の石ころなのだと思うのです。自分が何者かも分からず、ただ周りに流されて生きるというのは、それだけで摩耗し、生きる気力みたいなものを、誰かに吸い取られているような感覚です。

ものすごく悲観的なことを長々と書きましたが、では、今の社会に求められる人間というのは、水面に波紋を投じれるのは、どういう人間か。僕は3つのことが出来る人間だと考えています。

1、自分の意見を持つ。
2、自分で考えて行動できる。
3、自分の行動に責任をとれる。

僕はこれが出来ていません。自分の意見や考えなんて、他人の意見や環境でしょっちゅう変わります。その日の天気みたいなものです。そんなんだから、自分の行動によって生じる責任なんて、負う覚悟は出来ません。これまで僕は、大事なことを感情で決めてきた節があり、なぜあのときあんなことをしたのか、他人にうまく説明できず、自分でも後悔することが多々あります。
上の3つが出来る人間というのは、自分の行いもちゃんと説明でき、僕のような後悔はしないはずです。こういう人間こそ、個人というものを確立している者ではないでしょうか。

そうであるなら、どうしたら、こんな情報が多くて正解が見つからない社会の中で、迷わないコンパスを持った個人を確立できるのか。
なんと、そのヒントがこの小説には書かれています。
こう思えたことで、僕は、この作品を真剣に読むことができ、勇気と知恵を頂きました。自分にとって利となるものを得ることが出来たのです。この何かを得たということが、面白いということなのでしょう。

小説の内容
コインロッカーに遺棄された男の子2人は、夏場の密閉されたコインロッカーから命からがら生き伸びた。1人はものすごいエネルギーを持っていた。コインロッカーの中の、密閉され、熱気がたまった空間は、あまりに不快で、大きな声で泣き叫んだのだ。それは外の人に聞こえた。この子はキクと呼ばれるようになる。
1人は身体が病弱だった。コインロッカーの悪劣な環境の中、嘔吐した。臭いは外に漏れ、それを嗅いだ盲導犬が吠えた。この子はハシと呼ばれるようになる。
経緯は違えど、2人は外の人に気付かれ、救助された。この経緯の違いが、2人の生き方の違いにもなってくるのだが、コインロッカーから生還した、この共通の事実は、2人に破壊の衝動をもたらす原風景となる。成長していく2人にとって、常にコインロッカーは、自分を閉じ込める世界、というメタファーで、彼らはそこから抜け出そうとするのだ。
キクは、己の筋肉や武器、兵器で、物質、外の世界を破壊し、自分を解放しようとする。
ハシは、歌の才能で成り上がり、他人の手を借り嘘の自分を演出し、世間にハシという、芸能人のスター、偶像を作り上げる。そして本当の自分もそれになろうとして、彼の内側の世界、自分の過去を消そうとする。
内と外。ベクトルは違うが、2人は常に、いまいる場所に息苦しさを感じ、もがきながらも行動し、環境を変えようとする。その方法が破壊なのである。
このメタファーであるコインロッカーに閉じ込められているのは、決してキクとハシの二人だけではない。出てくる登場人物、皆そうだ。そして、読者である僕もそうだ。小説と、それを読む僕で完結された世界の中で、唯一、コインロッカーを破壊しようとするのはキクとヒロインであるアネモネだ。キクとアネモネは、ダチュラという兵器を使い、東京の街を破壊しようとする。
最後に、キクが破壊した東京の街の中を、コインロッカーの中で苦しみ続けたハシが、有象無象から解放され歌う描写は、読者にも素晴らしい解放感を与える。

コインロッカーに閉じ込められているのは僕だった
読み終えて、愕然となりました。
僕は、彼らのように本気で悩んでいないし、自分の本当の欲望にも気付いていないし、行動していない。そもそも、閉じ込められているとも知らなかったのです。そういう感覚がなかった。だから、僕はなぜ苦しいのか、それはねこういうことなんだと、1つの答えが出た気がしました。僕は過去や他人の目、常識などに縛られ、息苦しいコインロッカーに閉じ込められていたのです。それに気づいた僕は、ようやくスタートラインに立てたのです。これから僕がすべきことは、すでに小説が示しています。とりあえず僕は、自分の本当に欲しいもの、これに気付かなければいけません。

希望、それは破壊の衝動である
この小説を読んで、僕は生きる希望が湧きました。この希望というのは衝動です。破壊の衝動。くだらない過去や常識を突破し、自分の欲望に忠実になって生きる。過去は変えられず、悲しみや苦しみ、悩みは消えません。それを直視でき、乗り越え、捕われない ものこそ、現代でいう確立された個人と言えるのではないでしょうか。

補足
以下に、作中で僕が感銘を受けたところを書き抜きます。とても、人が今を生きる上で、大切なことが書かれているなと思ったところです。

「自分の欲しいものが何か分かってない奴は、欲しいものを手に入れることはできない」

「あたしが嫌いなタイプの人間は多勢いるわ、その中でも最低なのは悩んだり反省ばかりしている連中よ、自分について考えるような人はあたしに言わせればもう棺桶に足を突っ込んでるんだわ」

「大事なのは、自分が何をしたいのか捜すことだと思うわ」

「脳には三つの国があってね、運動の国、欲望の国、考える国、欲望の国の王様は鰐(わに)なの。運動の国の王様はヤツメウナギで考える国の王様は死人よ」

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ツチノコ

小説を読むのが好きです。 本を読んで感じたことなどを書きます。
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