初めてのナンパ(短編小説)

 夜勤明けの俺は家に帰るなり、風呂入って飯食って後は寝るだけなのに、寝ずに洗面台の前で髪の毛をセットしていた。
 なんで眠いのにこんなことしているかというと寝付けなかったからで、なんで寝られないのかというと、めちゃくちゃナンパしたいからだった。
 別に俺は、今までにナンパなんかしたことなどなくて、ぶっちゃけて言えば、女の子と自然に話すことも出来なくて、だから女の子と仲良くなれたこともなくて、結論としては童貞ってことなんだけど、だからって性欲がないわけではなく、いつだって女の子と心と身体で繋がりたいと常々思っている。特に休日になると、人と会う予定のない俺なんかは、すごく孤独を感じてしまい、余計にその欲求が高まるのである。この前なんかは初めてデリヘルを呼ぼうと息巻いて、今日みたいに夜勤明けで寝ずにトイレとお風呂を掃除して、デリ嬢さんが気持ちよく我が家を利用できるようにと準備したのだが、結局それで疲れてしまって、デリヘルなんかに頼ろうとした自分を惨めに思ってやめてしまったことがあった。
 今回も、寂しい、という衝動で動いているのだが、デリヘルよりナンパをしようと思った。デリヘルに比べてナンパの方が、男が試される戦いで健全に思えたし、相手はよりどりみどりだし、意気投合出来たら友達になれるし、女の子への度胸もつくし、男としての自信もつくし、彼女が出来るかもしれないし、セフレが出来るかもしれないし、良いこと尽しであると思ったわけだ。だから、今日の俺には孤独の夜を迎えるために、今寝るなんて選択肢などなくて、ナンパの成功度を上げるために髪のセットをする。セットなどあまりしたことなかったが、何年か前に一度行った美容院で教えてもらった、髪型はワックスでスーパーサイヤ人にしてから整えなさいという言葉を思い出し、なんとかいいようにと髪をつんつんする。
 そうして悪戦苦闘すること30分。
 鏡で見る俺は、かなりいけていた。元々顔には自信があった。周りからはあの有名人に似ているねなんてよく言われるのだが、その言われる9割はノンスタイルの井上で、残り1割は市原隼人である。鏡に映る俺は、確かに市原隼人だった。何年か前に妹に選んでもらった勝負服を着た俺は、家を後にして、この町で女の子が一番集まる場所へと向かった。
 

 昼頃の駅前は平日なのに人が多くて、多分毎日多いんだろうけど普段こんなところに来ない俺は、目の前に沢山可愛い女の子がいてテンションが上がる。左を見ても女の子、右を見ても女の子、振りかえっても女の子。男とババアと子供をアウトオブガンチュウにしたところで、数え切れないほどの女の子がそこにはいた。さっそく獲物探しの始まりだ。獲物の条件は決めていた。

1、 アニメグッズショップや本屋でブラブラしていること
2、 一人であること
3、 黒髪であること

以上3点である。1は俺がアニメや本が好きだからで、共通の話題があって話しやすいかなと思ってだ。2は平日の昼間に1の状態の女の子など絶対暇で、一緒に行く彼氏もいないのだからナンパ成功率が高いはずと踏んでの作戦である。3は俺の外見上の好みである。
 まずはアニメイトに到着する。買い物に来た訳ではなかったので、売り物には目もくれず、ただ獲物を探す。久しぶりに行くアニメイトは女性客が多くて、男性客など1割にも満たなかった。いつからここは花園になったのかと驚きながらも、周りは条件に合う女の子ばかり。状況は俺に有利であった。のはずだった・・・・・・。
 声を掛けようと思ったら、声が出なくて、動けなかった。
 誰にも声をかけれないのだ。
 ここに来るまでの道中は「とったど~」という浜口の姿と重なった自分がいて、自信に満ち溢れ、女の子と仲良くなるなんてことは、俺が本気を出せば造作もないことなのだと、本気で思っていた。
 夢だったのだ。
 まさか、声さえ掛けられないとは思ってもみなかった。まあ、当然のことである。普段から女性と喋れない奴が、話したいと思ったところで見知らぬ女性に声など掛けられるはずがないのだ。しばらくして、焦りと緊張に見舞われて汗が吹き出し、のどがカラカラになった俺は、そこから避難する。


 人気のないビルディングの中まで来た俺は自販機でいろはすを買い、ベンチに座ってそれを飲みながらアニメイトにいた女の子達を思い出す。
 正直、話しかけたい子はいたし、そのタイミングもあったはずだった。けれど、俺は一歩も話しかけようと歩み寄れず、その女の子について回ることしか出来なくて、そうこうするうちにその子は店を出てしまい、気を取り直して別の女の子に目を付けるのだが、同じ結果となる。俺はこれを繰り返すだけで、それ以外には何も出来なかったし、声を掛ける前から、女の子と何を話そうか、どこのカフェに連れて行こうか、なんて先のことまで考えてしまい、しまいには「え、どこに女の子受けするカフェがあるんだ? あと、初対面の異性とアニメや本の話なんかで盛り上がるか?」と不安のどつぼにはまる。声を掛けることに躊躇していたはずが、そもそも自分にはナンパなんて出来ないのだと、目的自体が揺らぎ始める始末であった。
 これではダメだ。
 俺はもう一度自分に活を入れ直す。寝ずにこんなところまで来たのだ。このまま声も掛けられず退散するようでは自分があまりに滑稽に思えて許せないではないか。せめて、声だけ掛けろ。そうすれば、後はなんとかなるはずだ。壁にぶち当たったところで、壁の向こう側なんて未知である。それに怖気づくようでは一歩も前に進めない。まずは壁に当たってみせろ、俺!
 飲み終わったいろはすの容器を握りしめ、俺は立ち上がる。次は本屋だ!!
 ビルディングを出て大きな交差点で立ち止まり、信号待ちの女の子たちを眺めながら気持ちを奮いたたす。本当ならここで、横断歩道を渡りながら口説くのがかっこいいのだが、信号が変わるまでの時間制限もあるので難易度が高すぎると思いとどまる。そして、また自己嫌悪。こういうやりもしないのに、自分を守るための計算をするから俺はダメなんだ。おっといかんいかん、また自分でやる気を削いでどうする。本屋で成功させてみせるのだから、ここで焦る必要もない。俺は自分で自分を慰める。これは昔からの得意分野だ。


 一番大きな本屋へとやって来た俺はさっそく店内をうろうろとするのだが、やはり声を掛けられない。声を掛ける決め手というか、タイミングが掴めなくて、やっぱり俺には無理なんだろうか、そう思ってさらに自分に失望していたところに、なんということだろう。まさにその決め手、タイミングが俺に訪れる。
 目の前で声優の写真集を読む女の子に、俺は運命を感じた。
 なぜなら、この女の子を見かけたのはこれで本日三回目だったからである。しかも、この出会いで初めて、俺は彼女を今日だけで三回も「いいなあの子」と見ていたのだと気がついた。1回目はアニメイト、2回目はビルディングの前の大きな交差点、そしてここ本屋である。
 外見はもろに俺の好みで、背が小さくて、さらさらの黒髪ストレートで、色白で、ちゃんとお化粧をして可愛くて、服装も黒のジャケットに下はボーダーシャツで紫のスカートを履いていてオシャレで、スカートの下から見える生足は、無駄毛も傷もあざもなくすべすべで光沢をはなっていた。あと、絶対アニメや本が好きなのである。しかも、彼女はずっと1人であった。アニメイトでも交差点でも1人だったからだ。
 俺は彼女に近寄って、仕事を終えてから初めて声をだした。めちゃくちゃ喉に異物感があって、か細いガラガラ声しかでないのに自分でも驚くのだが「あのー、すいません」
と、なんとか話しかける。やったぞ、俺! 聴こえた彼女が振り向いてくれたので、俺は今の感動を正直に伝えた。

「やっと、見つけた!!」
 
 これだけだとストーカーぽく聞こえてしまう。

「いや、アニメイトでも見かけたんです。奇遇ですね!!僕もアニメや本が好きなんです。もしおひとりでしたら、一緒にお茶でもしませんか?」
 
 言い切ったぜ、俺。ストーカー感は拭えなかったけど、ちゃんと誘えた俺は喜びをかみしめる・・・・・・暇もなく緊張をマックスに昂らせ、相手の返事を待つ。

「あの、すいません。親と来ているので・・・・・・」
「あ、そうなんですか。ごめんなさい」
 嘘だ!!

 俺の初めてのナンパはこうして幕を閉じた。その後も諦めきれずに駅前を2時間ほど彷徨ったが、何も出来なかった俺は帰宅して、気絶するように眠った。

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ツチノコ

小説を読むのが好きです。 本を読んで感じたことなどを書きます。
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