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クレイモンスターへ、この人を見よ

近年社会を騒がせる「クレイマー」、彼らの怒りはとどまることを知らない。救急車のサイレンに、苦情電話を190回かけたケースや、マスパセの再来どころか、元祖を忘却に至らせるレベルの市会議員。また、少し前の記事となるが、保育園の設置に反対するご老人たちなどは、未だ記憶に残っているだろう。

彼らクレイマーには、ある共通点が存在する。救急車のサイレンに怒り狂い、消防庁にひたすらダイヤルする人の矛先が何であれ、ご自身は当事者、しかも被害者であるという、極めて強固な被害感情を抱いている点である。

もちろん、まっとうなクレームも存在するだろう。慌てて出かけたATMで、現金を引き出すどころかカードが飲み込まれ、何時間も放置されれば、当然怒りの感情を抱くであろうし、そして型どおりの銀行のお偉方の謝罪を見ても、なおいらだち続けるはずだ。

しかしながら、社会を生きる大多数のまともな市民が、決して向けることの無い対象へ矛先を見つけ出し、そして、「ふつう」でない攻撃性を沸き立たせる。その最たる物が、切り詰めた人間の、毛羽立つようないらだちを身にまとい、他者との関係という実存を完全に喪失した、孤立した人間であろう。そう、ネットミーム「無敵の人」の誕生である。

無敵の人の、湧き出す攻撃性は、どこまでも理不尽な物だ。被害に遭われた大阪の心療内科の医師は、大勢の患者の心と命を助けてきた人物であり、その職員、患者たちにもいかなる落ち度も存在しなかった。殺害された埼玉の医師についても、地域医療に熱心に取り組む先生であったという。

上記のような惨劇とは比べものにならないが、理不尽なクレームは、ネット空間においても猖獗を極めている。例として、こちらのツイートをご覧に入れたい。

https://twitter.com/KU_RE_HA/status/1490990637659090944?s=20&t=U-QYOKqiQruqMNXKJWcNWA

そして、この単なる趣味の絵に、たたきつけられる罵倒の数々をご覧に入れたい。

いったい、何が彼(彼女)たちの怒りを惹起させるのか?Twitterでは日々このような不毛な罵り合いがこだましているため、あまりにも日常の景色として消費されるようになりつつあるが、立ち止まって考えてみたい。公園で好きな絵を描いている人に向かって、いきなり罵声を浴びせるような人を、ふつうはふつうの人と呼ばない。

我々は、何を間違ってしまったのか。かみ合わない議論を解きほぐすために、まず適切な言葉を定義したい。矛盾とは、有名な中国の故事の通り、「あらゆる物を貫く矛」と「いかなるものからも守る盾」を並べていた商人の、辻褄のあわなさを表現する言葉である。

しかしながら、価値観が多様化する現代において、人々の行動のブレーキ、あるいはクッションとなっていた、「ふつう」という盾は喪失されつつある。翻って矛はどうだろう、電車の優先席でねっころがり、たばこを吸っているチンピラに、面と向かって注意するような蛮勇を、私自身は持ち合わせていないが、電話や画面の向こう側へはどこまでも力強く、そして伸びやかに相手を罵倒することができる。

そう、現代において、矛盾という言葉はもはや機能していない。「矛矛(ホコホコ)」という事実だけが存在する。ホコホコ世界においての勝者は、決してディベート大会で毎度優勝していた某宗教系学校の学生でもなければ、正義の御旗を高らかに掲げる環境保護団体ではい。彼らは立派な矛を磨き上げているが、今までの活動の実績という守るべき物があるからだ。

ホコホコは、無敵の人への福音である。自らの人生が破滅し、投獄され、どんな仕事にもありつけなくなったとしても、ホコホコ世界においてはその立場を高らかに宣言できる権利証にすぎない。決してまともな人間には踏み越えられない一線が、彼らとホコホコ世界の弱者との境を鮮やかに描き出す。

しかし、ホコホコの先に、人間が何かなし得るというのか。怒りという感情、それ単独としては同じであったとしても、理不尽な採点と、それを凌駕する実績をたたき出した金メダリストの目には、全てが開けた世界が翻っているだろう。

自身の世界一の実力を持って、いかなる障壁をも乗り越え、偉大な跳躍を見せる超人的なアスリート、それはホコホコに穢れた我々へ、微かに指し示す光では無かろうか。

我々が磨くべきは、他人に突き刺す矛などではなく、持ちうる最善を、全力を込めて打ち込み続けることであろう。ホコホコの果てしない地獄は、偉大な実績と、その人間性の磁場によってしか洗い流すことはできない。

しかしながら、また当然ながら、私たちのほぼ全ては、何かにおいて世界一になることなど到底かなわない。その上で、平野選手に心の底から祝福を送りたい。

金メダル、おめでとうございます


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