Jay Som / Anak Ko

コクトー・ツインズやプリファブ・スプラウトの遺伝子を持つ新世代ドリーム・ポップ

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ここ数年、USインディ〜オルタナ・シーンではアジア人女性アーティストの活躍が目立っている。例えば、昨年リリースした5枚目のアルバム『Be the Cowboy』が、世界各国の発表する「年間ベスト・アルバム」で軒並み上位にランクインした日系シンガー・ソングライターであるミツキはその代表格。他にもチェリー・グレイザーの元メンバーで、ワイルド・ナッシング、ヴェイガボンなどの作品にも参加してきたコリアン系のササミ、リトル・ビッグ・リーグのヴォーカリストで、同じくコリアン系のミシェル・ザウナーによるソロ・プロジェクト、ジャパニーズ・ブレックファストもそう。それ以前にも、ブロンド・レッドヘッドのヴォーカリストで、先日ソロ・デビューを発表した日本人女性カズ・マキノや、ディアフーフのサトミ・マツザキ、ザ・ゴー!チームのツチダ・カオリといった個性的なアーティストは存在していたが、シーンの一潮流としてここまで注目されたのは初めてではないだろうか。

そんな中で登場したのが、フィリピン系アメリカ人であるメリーナ・ドゥテルテによるソロ・プロジェクト、ジェイ・ソムだ。1994年3月25日、カルフォルニア州ウォルナットクリークで「移民の娘」として生まれ、同州オークランド郊外で育った彼女は、12歳でトランペットとギターを習い始め、同時にベッドルーム・レコーディングをスタートする。両親から聞く移民の歴史や、文化的慣習に大きな影響を受けつつ、音楽では主にジャズへと傾倒したメリーナは、一時期はジャズの音楽学校へ進むことも考えたが、ソングライティングやレコーディングを追求するための大学へと進学することを決意。「赤ちゃんの名前ジェネレーター」で作成した、“Victory Moon(勝利の月)”を意味する“Jay Som”を名乗り、音源を作成するようになったのもこの頃だ。

2015年11月、21歳になった彼女はそれまで録りためていた9曲を、「Untitled」と名付けて自身のBandcampにアップ。翌年、『Turn Into』というタイトルでTopshelfとPolyvinylからリリースされたこの初期音源集は、ローファイなサウンド・クオリティながら、音響的なギターのアプローチやポップかつ変態的なメロディ、疾走感あふれるリズムなど随所に才能の萌芽が見え隠れしている。

主にネットを中心に話題となっていた彼女が大きな注目を浴びるようになったのは、2017年3月にDouble DenimとPolyvinylよりリリースされた、実質上のファースト・アルバム『Everybody Works』からだ。作詞作曲はもちろん、ほぼすべての楽器を自分で演奏したこのセルフ・プロデュース作は、初期音源に比べてアレンジの幅が飛躍的に広がり、得意としていたダイナソーJr.、ソニック・ユース直系の楽曲に加え、例えば「One More Time, Please」のようなメロウ・ファンク〜AOR調の楽曲も並んでいる。また、テーム・インパラやヨ・ラ・テンゴ、ピクシーズといった、彼女がフェイヴァリットに挙げているアーティストのサウンドはもちろん、アルバム制作中にヘヴィロテしていたというカーリー・レイ・ジェプセンのサード・アルバム『E•MO•TION』からの多大なる影響も認めており、フックのあるメロディが随所に散りばめられているのが特徴である。

『Everybody Works』はシーンに賞賛をもって迎えられ、それをきっかけに彼女はパラモアやデス・キャブ・フォー・キューティー、ミツキらとの共演を果たす。また、翌年から活動の拠点をベイエリアからロサンゼルスへ移すと、ササミやチャスティティ・ベルトらとの交流を深めつつ、例えばナイロン・スマイルことニコラス・ソウルターのデビュー作『Nylon Smile』をプロデュース&エンジニアリングするなど、裏方の仕事を行いながら新作のためのデモ制作に勤しんでいた。

そうして届けられたのが今、あなたの手にしているジェイ・ソムことメリーナ・ドゥテルテによるセカンド・アルバム『アナック・コ』だ。

アルバムに先立ち、今年6月に配信された先行曲「Superbike」を聴いた時の衝撃は、今もはっきりと覚えている。ジャカジャカとかき鳴らされるギターのマイナーコードに導かれ、マイ・ブラッディ・ヴァレンタインの「Only Shallow」を思わせるドラムのフィルとともに、一気に広がるサウンドスケープ。ハーモナイザーで加工されたメリーナの歌声は、「コクトー・ツインズとアラニス・モリセットが自由に舞っているような」と本人が形容している通り、天から降り注いでくるような美しさだ。メジャー7thを駆使したギターの響きはザ・スミスやザ・サンデイズ辺りをも想起させ、そうかと思えば後半で大きなブレイクを挟み、一気に奈落の底へとダイヴしていくようなシューゲイジング・サウンドを展開していく。

個人的に「Superbike」は、スクール・オブ・セヴン・ベルズが2008年に発表した「Half Asleep」に次ぐ名曲と思っており、この曲を含むジェイ・ソムの新しいアルバムの到着を、今か今かと待ち焦がれていたものの一人だ。ちなみに、この変わった響きを持つタイトルの意味は、タガログ語の表現で「私の子供/我が子」。メリーナに届けられる、彼女の母からの日常的なショートメール、“Hi anak ko, I love you anak ko.”にインスパイアされたという。

『Everybody Works』同様、まずは自宅でデモ・レコーディングを行ったあと、今回はツアー・メンバーでもあるザッカリー・エレッサー、オリヴァー・ピネル、ディラン・アラードとともにスタジオに入り、バンドによるアンサンブルをレコーディング。さらに、友人であるヴェイガボンのレティシア・タムコ、チャスティティ・ベルトのアニー・トラスコットとジャスタス・プロフィット、ボーイ・スカウトのタイラー・ヴィックをゲストに迎え、ストリングスやペダル・スティールなどの楽器もオーヴァーダビングを行なった。そのため、前作よりも楽器の数が増え、音像も立体的になっている。

例えば冒頭曲「If You Want It」の後半では、メカニカルなギター・アルペジオ(タッピング奏法?)が宙を切り刻み、前作のAOR路線を引き継いだ「Devotion」は、チープなリズムボックスの上で、コーラスがたっぷりかかったギターのカッティングが幾重にもレイヤーされていく。幽玄なボーカル・スタイルは、「Superbike」同様コクトー・ツインズからの影響だろう。洗練されたコード進行と、狂おしいほど艶やかなメロディがプリファブ・スプラウトを彷彿とさせる「Tenderness」は、SNSから生まれる恋愛について綴った歌だが、ソングライティングには彼女が幼少の頃に傾倒したというジャズの要素も垣間見られる。

官能的な前半から、不穏にディストートしたギターが暗雲のように立ち込めるタイトル・トラック「Anak Ko」は、「Tenderness」のアンサーソングのような歌詞も印象的な組曲。さらに、ケレン味たっぷりのツイン・ギターによるイントロがトッド・ラングレンを想起する「Crown」は、後奏のドラマティックな展開も圧巻だ。そう、本作の楽曲は、セクションごとに景色がガラッと変わるような、プログレッシヴなアレンジが多いのも特徴で、これはおそらくデモの段階で緻密に練り上げ、それをバンドで再現するという2つのプロセスを経たからこそ生み出されたのではないだろうか。

また、アルバム全体を通して印象に残るのはベースラインである。「If You Want It」の、まるで地を這うようなベースラインはピクシーズの「Hey」を彷彿とさせるし、「Superbike」での荒々しいグリッサンドやハイポジションでのプレイには血湧き肉躍る。「Devotion」や「Tenderness」での、まるでカウンターメロディのように動き回るベースや、ペダル・スティールが最終曲「Get Well」でのダブルノートなど、「楽曲の主役」と言わんばかりに主張するベースを聴いていると、やはりポール・マッカートニーを思い起こさずにはいられない。そういえば「Superbike」のミュージック・ビデオでは、ポールのトレードマークでもあるヘフナーのヴァイオリン・ベースを弾くメリーナの姿が確認できるが、ひょっとして彼女のベース・ヒーローはポールなのだろうか。いつか話す機会があったら是非とも訊いてみたい。

「変わるために、人は数えきれないほどの失敗をしなければいけない」

アルバムについてのコメントでそう述べているように、本作の歌詞でもメリーナは、変わることの大切さ、大変さ、切実さを繰り返し歌っている。ベッドルーム・レコーディングにより築き上げた、前作での箱庭のようなサウンドスケープから飛び出し、友人とともに試行錯誤を繰り返しながら作り上げた、彼女にとっては“我が娘”のような『アナック・コ』。本作は、ジェイ・ソムの新たな章の始まりを告げるアルバムなのだ。

黒田隆憲(SHOEGAZER DISC GUIDE監修)



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