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漫画を読んでいればいるほど楽しめる漫画、『チェンソーマン』を紹介する


チェンソーマンが本日12/14発売のジャンプで完結するらしい。

 ここ数か月一番読むのを楽しみにしていた漫画だったので、純粋に寂しさを覚えるとともに、引き伸ばしなく綺麗に終わってくれそうな喜びもある。

 今年のこの漫画がスゴい! にも選ばれたようだし、これから読もうか迷っている人のため、何より自分のために、極力ネタバレを差し挟まずに魅力を紹介してみようと思う。完結日に、折角なので。

 チェンソーマンは週刊少年ジャンプに掲載されているのにもかかわらず、所謂「王道少年漫画」とは一線を画した物語作りを意図的にしている挑戦的な作品だと思う。僕が本漫画を読んで感じた、別作品には見受けられない魅力(これは一番大事な要素だと思う)は、大まかに以下の三点だ。

①ありそうでなかった、主人公デンジのキャラ

 本作の主人公デンジは、物語開始時点で、親が遺した莫大な借金を肩代わりにヤクザに扱き使われている、極貧の少年である。悪魔に脅かされている世界で、「デビルハンター」としてデンジが公安に拾われるところから本作は始まる。そんなデンジだが、義務教育もまともに受けておらず、世間の常識にも疎いため、物語前半において彼は凡そまともとは言い難い言動を多々し、その結果として周囲の人間を困惑させたり、不快にさせたりする。例を挙げるのならば、仲間が死んでも悲しむ様子を見せなかったり、他のキャラは「家族を守りたい」「復讐をしたい」などの大義名分を持っているのにもかかわらず、自己本位な欲求(食欲や性欲)を満たすためだけに仕事をしたりと言った有様である。初見では面食らってしまった。

 だが、デンジにはこれまでの「少年漫画」の主人公と比較し、大きな隔たりがある。それは、彼が標準以下、いや標準すらも知ることが出来なかった人間である、という点だ。決して他の少年漫画を揶揄する意はないが、世の多くの少年漫画の主人公たちは、海賊王や火影になりたい、父親に再会したい、好きなあの子と結ばれたい、あるいはざっくばらんに人助けをしたい、などと、物語開始時点、遅くとも第一話の終わりまでには、明確な目標を定め、その目的に沿って本筋が展開するというのが王道パターンとなっている。目標に向かい、困難を乗り越えたり仲間と絆を深めたりする王道主人公の姿に胸を打たれ、応援したくなるというのが、人情というモノだろう。

 だが、チェンソーマンのデンジは違う。彼にとっては、言ってみれば、「目標を探すこと自体が目標」なのだ。デンジという主人公は、今までのステレオタイプな少年漫画の主人公たちが(大きな目標という「非日常」を掲げているが故に)蔑ろにしてきた、「日常」の尊さ、「当たり前」であることの難しさを私たち読者に突き付けているように感じられる。デンジは、「普通の暮らし」ができなかった人間だ。作中で彼は何度も「食事」「睡眠」「性欲」などの三大欲求(特に性欲)に対し、浅ましいまでの執着を見せる。これは人によっては不快に映るだろうが、デンジにとっては、「夢」や「復讐」や「大義名分」よりも、目の前の生活が大事なのだ。

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(例えば、先輩キャラである早川アキに、「こんな生活が出来るのなら死んでもいい」という旨のことを言う以下のシーンは、「常人の普通」≒「デンジの特別」ということが如実に現れているシーンだ。批判する意はないが、これまでの王道少年漫画の主人公たちが大言壮語を吐けたのは、彼らが一定以上に恵まれた暮らしをしていたからだろう。極限の毎日を送ってきたデンジにとっては、従来の主人公がごく当たり前に享受していた日常は、普通ではない「特別」なのだ)

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 大きな目的を持たない主人公(一応それらしきものはある)、換言して「普通になるのが目標の主人公」という主人公像は、実現が困難な大きな夢や目標を掲げ、日々の暮らしの尊さを希薄化してきた往年の王道少年漫画の主人公たちに対するアンチテーゼであると表現するのは大袈裟だろうか。人によっては、デンジの生々しい行動に不快感を催すのかもしれない。だが僕は、デンジを憎めない。それどころか、「普通になりたい」という彼の切な願いに、いつの間にか共感してしまっていた。

 ある意味では、少年漫画の主人公とは思えないほどに、デンジは達観した価値観……現実を直視する能力を立派に身に着けているとも言える。

 少年漫画の屋台骨と言っても過言ではない主人公に、こんな歪な、それでいて魅力的な主人公を添えたことが、「よくある」王道漫画に食傷気味な漫画通たちに評価されたのではないのだろうか。

 デンジ以外にも、凶暴さが可愛いヒロインのパワー、常識人でいて「王道少年漫画」だったら主人公だったかもしれない早川アキ、そしてストーリーにおいて度々謎が仄めかされるマキマ、脇を固めるキャラも魅力的です。個人的には、「年上の女性」の書き方が独特で面白かったです。(意地の悪い返答、男を勘違いさせる言動等)

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②王道展開を皮肉る衝撃展開と、分析の深さ

 逆張り、という言葉がある。某漫画のように、邪道な王道とでも呼べばいいのだろうか。これまであまり見られなかったような予想外の展開、というと陳腐になりそうだが、「面白い逆張り」を欠かずして、チェンソーマンの魅力は語れないと判断した。予想を裏切る展開や、キャラの常軌を逸した言動はややもすれば「逆張り」となって読者の興を殺ぐことに繋がりやすいものだが、本作はその「異質さ」を、常識人キャラをバランスよく配したり、登場人物に内省を促すイベントを設けたり、巧く溶け込ませていると思う。

 また、チェンソーマンのストーリーには、いくつか「起爆剤」のように物語が爆発的な速度で展開するポイントがある(ネタバレ回避のため詳述は避けます)。ジェットコースターのような展開に、読む手が止まらない。読み返してみても、特に見開きの使い方、話の切り替え方が巧いなと感じた。

 特に衝撃を受けたのが、3~4巻の展開(読んで確かめて下さい)。序盤にしてここまでの大立ち回りを見せられるとは……。

 面白い逆張りなんて、最高じゃないですか……。

 また、①で前述したように、明らかに「王道少年漫画」のような目標を掲げる登場人物が皮肉を浴びせられたり、窘められたりする展開もある。「漫画でよくある展開」を食ったようなメタ発言、モチーフも面白い。これは漫画を多く読んでいればいるほど楽しめる箇所だろう。

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③漫画という媒体を活かした展開の巧みさ

 ②とも共通するが、チェンソーマンは「絵を魅せる」ことに本当にこだわっているなあと感じる。

 悪魔の登場シーンやキスシーンを始めとして、見開きやページの切り替えのタイミングが絶妙。

 個人的に好きなのが、コマを規則的に並べながら登場人物に喋らせる演出↓。実際に会話を聞いているような、登場人物たちの息遣いが聞こえてきそうな画面作りが魅力的だ。その後の展開も含めて……。

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 あとは、作者さんは映画が好きなのだろうな、と感じた(作者コメントからも伺える)。ライブ感あふれる戦闘シーンや、計算し尽くされた脚本の妙(特にレゼ編)は、なかなか他の漫画では味わえないのではないのだろうか。その分エピソードの繋ぎが飛び飛びな気がしたり、もう少しゆっくり展開して死亡するキャラの魅力も掘り下げて欲しかったりもするが……。(個人的な願望)

 なかでも6巻、9巻のバトルは前後の展開も含め滅茶苦茶お気に入りです。バトルに差し挟まれる独白や心情が痛いほど伝わってくる。


 さて、総括です。こうして挙げてみると、デンジを中心にキャラクターの魅力を活かすのに多くの工夫がなされているなあと感じました。作中の成長もそうですが、キャラの「生かし方」「殺し方」が凄まじい。入り乱れる視点もあり、敵にも味方にも愛着がわいてくるから不思議です。ヘンだけど魅力的なキャラ、しかも複数人というのはなかなかハードルが高いように思うのですが、スピード感あふれる展開には合っているのかも。

 今まで沢山の漫画を読んできて飽き始めていたのですが、チェンソーマンは本当に面白かったです。これまでの読書経験あってこそ、キャラやストーリーの特異性が際立って感ぜられました。王道少年漫画に慣れていればいるほど、本作の斬新さは楽しめると思います。やはり漫画は最高ですね。

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