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「子声手家」

 早朝一番にやってきた依頼人は県営マンションに暮らす二十代の若い夫婦で、須川さんと言った。
「最初は、物置にして使っていない部屋から物音がしたんです」
 酷く怯えた様子で話す奥様はお腹が大きく、聞けば妊娠七か月だという。家を建てるまでは引っ越したくないので、物音をどうにかして欲しいということだった。
「妻の妊娠が判明する、少し前から起こり始めたんです。いつの間にか家のあちこちから気配を感じるようになって。子どもの笑い声が聞こえたりするんです。まるで小さな子どもが家の中に棲みついているようで、気味が悪くて」
「子どもの声、ですか」
 手元のファイルで過去の居住者の情報に目を通してみるが、今回の物件で子どもが亡くなったという記録は見つからなかった。念のため、マンションが出来る前の地図にも目を通したが、開発で切り開かれるまでは森林と登記されていた。
「具体的に、どんな様子なのか教えて頂いても良いでしょうか」
「洗濯した服を畳んでいたりすると、いつの間にかタオルが雑に畳んであったことがありました。他にも台所に立っていると、服の裾を握られているような気がしたりするんです」
 ちら、と隣の千早君に目をやると、いつになく憮然として何を考えているのかよく分からない。何か言いたいことがあるのだろうが、敢えて黙っているときの顔だ。
「それと私がソファで横になって寝ていると、小さな手が私の手を握っていることもありました。私、驚いてしまって」
「お願いします。除霊してください。このままでは出産に良くないことが起きるかもしれません。謝礼もきちんとお支払いしますから」
 丁寧に頭を下げて去っていく二人を見送ってから対策室へ戻ると、千早君が退屈を持て余したように欠伸を噛み殺していた。
「随分と退屈そうですね。気が乗りませんか」
 二人に出したお茶を片づけながら尋ねてみると、別に、と素っ気ない返事が返ってきた。この様子だと退屈というよりは、少し怒っているのかも知れない。
「大した事件じゃない。放っておいていい」
 突き放すように言うので、思わず苦笑してしまう。無愛想に言っているが、やはり他意はないのだ。
「そういう訳にはいきませんよ」
「害はないよ。保証する」
 害がないからといって、そのままにしておく訳にもいかないだろう。
「千早君。私たちには怪異も過去も視えないんですから、ちゃんと言葉にして説明して貰わないと分かりません」
「やれることなんて、なにもないぜ」
 千早君は気だるげにそう言って、頭を雑に掻いた。
「話したくないのなら構いませんが、とにかく現場へ同行して頂かないと。思ってもみなかったことだってあるかも知れません」
「だから、そういうのじゃないんだってば」
 ここまで千早君が言い淀むことは珍しかった。
「二人の不安を取り除いてあげるべきではありませんか? 出産を控えているのに、不安を抱えたままでは可哀想です」
 千早君は眉間に皺を寄せたまま、小さく溜息を溢した。
「奥さんになら説明してもいいけど、問題はどう説明するかだな」
「どういうことですか?」
「条件が一つだけある。旦那がいない時に尋ねさせてくれ。それから大野木さんはアナログカメラを用意して。上手くいくかは分からないけど、他に納得させる方法がない」
「デジカメなら有りますが」
「却下。フィルムじゃないと焼きつかない」
「もしかして心霊写真を撮るつもりですか? しかし、霊はカメラには映らないのでは?」
 霊が要因で起こった物理現象ならカメラには映るが、霊そのものは映すことができない筈だ。
「ああ。だからフィルムに念写するんだよ」
 やったことはないけど、と言う。
「どういうことなのか、私にくらい事情を説明しておくべきだとは思いませんか?」
「だから、なんて説明したらいいか分からねーの」
 皆目見当がつかないが、彼がそう言うのなら、それだけの理由があるのだろう。そしてそれは、おそらく彼の為というよりも、真実、依頼人の為なのだ。
「とりあえず奥さんに事情を説明して、都合のいい日に向かおう。予定日までまだ日にちがあるといっても、なるべく早い方がいいだろ」
「ご主人がいてはダメなのですか?」
 ああ、と千早君は頷いて念を押すように、こちらをむすりと睨みつけた。
「それが最低条件。旦那が同席するなら、この依頼は受けないからな」

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