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ロットゲイムの物語4:お嬢様と元海賊《新生》

「…ひとまず、今のお話を記録したから…これ、本部に届けていただいて良いかしら?」

食事と飲み物を持ってきてくれたイエロージャケットに新月がそういって、羊皮紙を手渡した。すぐに、受け取ったイエロージャケットが敬礼して、部屋を出て行く。

「…さて、と。」

新月が軽く、外に聞き耳をたてるような仕草をしてから大丈夫ね、と呟くのが聞こえてきた。どうしたんだろ…?

「…お嬢さん、貴女が床下にいるって見つけた人の事は覚えてるかしら?」

「え?あ、はい。暗くて顔とかはよく分からなかったですけど…。大きな人だった事は…。」

床下の収納に閉じ込められていたとき何か倒れるような音や引きずるような音がして…お嬢さんが何かと思っていたら収納の天井…要するに一階部分の床、がゆっくり開いて、誰かが覗き込んできたそうだ。

「私をあそこに連れ込んだのは…ルガディンの男とヒューランの男だと思うんですけど…覗き込んできた方は多分…どっちでも無かったと思います。その方は…すぐに助けが来るからすまないがもう少し辛抱してくれ、とおっしゃって…。そのまま、居なくなりました。」

「なるほどね…。」

「あれ?報告のやつにメモしないんだね?」

さっき、報告書はほかのイエロージャケットが持って行っちゃったし、新月も新しい羊皮紙を出してきたりしてない…。メモする気ないって事だよねこれ。

「え?ああ、今のは…あとあとになるわね。ちょっと、待っててね。」

なんとなく歯切れが悪い返事をして、新月が苦笑いする。ちょっと挙動不審気味というか…。そそくさと立ち上がると、一度外に出ていく。どうかしたのかな?と思って居たら少しして、ため息まじりに戻ってきた。

「よしっと。他のイエロージャケットにはお嬢さんは流石に疲れてらっしゃるから後の話は、後日にって話しておいたわ。…本当に休んで欲しいけどちょっとお時間、ちょうだいね?」

「?はい。」

お嬢さんも、状況が分からないみたいでキョトンとしている。アタシも良く判らないけどさ…。新月は一緒に行動してた限り、やましいことしてそうには見えなかったんだけど…なんか、今はコソコソしてる感じあって気になる。人を追い出した…よね?

「さっきから、なんか人払いだよねこれ?どしたの?」

「うん、ロットゲイムさんさっき少しお話ししたの覚えてるかしら。協力者がいたからって。その話をしておいた方が良いかしらって。」

「あ~…そういう…納得した。」

思い当たる節があるけど、黙っておいたアレの事か。なるほど。もしかして協力者が居たってのを、新月しか知らないとか一部のイエロージャケットしか知らないとか、そういう類なのかね?ともあれ、アタシが納得すると、新月がちょっと、ほっとした顔をするのが解る。

「うん、良かった。って事なんだけどどうかしらね?」

誰に向かっての確認?とお嬢さんは思っただろう。アタシも思ったけど、予想はついてる。この状況で誰かいるなら、アイツしかアタシには思い浮かべられないし、アイツだったとしたらアタシやお嬢さんじゃ《既に部屋の中に居ても、気が付かない。》

「…どうもこうもな…返さなくちゃならん。」

物凄いいきなりだけど、やっぱりそうだった。部屋にある、上着をしまっとくクローゼットの影からすっと、絶影が現れた。本当に気配が無くて怖いよコイツ。裏の仕事するやつってこういうもんなのかい?

お嬢さんがひゃっと小さいながら悲鳴をあげるのも無理はないと思う。いきなり部屋の角から大男とかホラーでしかないよ!ある意味ではギャグかもしんないけど、今のお嬢さんには確実にホラーの方だと思う!なんせ大男に怖い思いさせられたんだし!

「…え!あ、その声は…あの時の…。」

それでも、我に返るのが早い。お嬢さんは結構、肝が座ってる強い女とアタシは思ってる。それでいて気丈にふるまえる人だから、さっきまでの何が起きたか、の説明の時だって怖かったのとほっとしたの、相まって泣きそうなのを耐えてるのが、アタシには分かってたし。

「あの時は即座に出してやれなくて悪かった。俺単独でやるには危険だったんでな。」

ゆっくりと絶影が胸に手を当てて頭を下げる。言葉はつっけんどんだが、お辞儀の動作は丁寧だった。本当は即座に、助け出したかったのかもしんない。最も、アタシから頼んだのはお嬢さんの居場所を見つけてイエロージャケットに垂れ込んでくれ、だから、頼んだことはこなしてくれたことになるけど。

「私を見つけ出してくれた方ですね…!ありがとうございます…!おかげで、皆さんに助け出していただきました。」

「…ていうか、何さイエロージャケットとアンタ繋がってたのかい。」

「あらーロットゲイムさん絶影ちゃんと面識あったのね?」

新月が絶影をちゃんづけで呼ぶのを聞いて 思わずズッコケそうになる。似合わないにも程ってもんが…!呼ばれた側の絶影は…なんとも思ってないらしくて表情を変えてない…と思う。

「絶影ちゃんて…!ちゃんづけするようなナリじゃないよ、このにーちゃん。てか、うん、あの胡散臭い商人、調べて欲しいって頼んでたんだ。」

「そう、だったんですね。…お父さんの事で…ですよね?」

「そうだよ。でも、情報を待つ前にお嬢さんが大変な目に遭ったから連れてかれたお嬢さんの居場所を探すの手伝ってくれって、そっちも頼んだの。」

「なるほどね。絶影ちゃんは私とかほかの一部のイエロージャケットと連携してて。そんな訳で、彼からの情報提供でお嬢さんの救出がスムーズだったの。なにせ、場所を確定してくれたのも有り難かったけど、見張りを先に、伸しといてくれたから。」

「なに、《お疲れの様子だったんで寝て頂いた》だけだ。」

肩をすくめながら、冗談めかしているがやってることは結構なモンだろう。心配しなくても殺しちゃいないぞ、と絶影が言う。睡眠毒で寝かしたらしい。毒殺は嫌い、とボソッと言ってたけど寝かすのはセーフなんだ。

というか、場所確定からの見張りを伸すところまでやったってことは…あの屋敷の中に入り込んでたってことだよね…?多分あの姿を隠す技術をつかって入ったんだろうけど、やっぱやろうと思えば泥棒し放題じゃないの…。

「…私が聞いた音はその、絶影さんが見張りをやっつけた音と、敷物をズラした音だったんですね…。」

「ついでに、見張りを室内に引きずり込んだ音もだな。…それで、これを返そうとな。」

絶影がそう言って懐から出したのはアタシが持ち出して、預けておいたお嬢さんのイヤリング。水色の、涙滴型の宝石が揺れるお気に入りのやつだ。そっと、お嬢さんの掌の上に載せやってる。

「これ…。」

「アンタを探し出すのにちょっと借りてた。勝手ですまない。」

「悪く思わないでおくれお嬢さん。アタシがコイツに手渡したんだ。」

「…悪くなんかは思いません。おかげで私は無事にここに戻ってきたんですから。…でも、これでどうやって…。」

訓練された犬なんかなら、臭いで追跡したりは出来るだろうけど、絶影は…アウラ族は人間の扱いで良いんだよね?人間なわけだし、お嬢さんとしては小さなイヤリングで何をどうしたんだろう、と不思議に思うだろう。何に使うか、説明してもらったアタシでも未だによく分かんないし。

「…エーテルを見るのにな。人のエーテルは指紋と同じでその人特有のエーテルってのを持ってる。愛用品や、常用する品にはその使い手のエーテルが蓄積していくんだが…それを利用した。」

「エー…テル…。」

お嬢さんが、案の定ポカンとした顔をする。エーテルの話なんて、普通に生活してるとそんなに聞かないと思う。魔法を覚えたいとか、そういうのがあれば別だけど…。一応、属性クリスタルなんかは積み荷の保管に使ったりするからお嬢さんやアタシでわかるのはそのくらい。

属性クリスタルは炎のクリスタル、とか氷のクリスタル、とか。そういう属性が集まって結晶化した、みたいな代物なんだけど…あれも極端な話、一部属性エーテルが凝縮された代物、だからエーテルがたっぷりってことになる。とはいえ、アタシたちにとっては、氷や水のクリスタルは冷気を発してるから生ものの保管に使える、とかそういう程度の認識なんだよね。

「生命力や魔力、と思ってくれれば良い。」

「私には全然分からないですけど…絶影さんには見えるんですか…?」

「見ようとすれば、な。常に見るのは疲れるから今回みたいに緊急時には見る事にしてる。」

分かったような分からないような。お嬢さんがそう言いたげに首を傾げているのが分かる。アタシも同じ気持ちだ。分かるようで分かんない。アタシたちには見えないものを見てるんだから無理ないのかもしんないけど。

「絶影ちゃん、ちょっと変わってるのよ。エーテルを見て云々、もそうね。」

「ちょっとじゃない気もするけどまぁ、細かいことはもういいや。お嬢さんが無事だったし。」

「…とりあえず、この分じゃ、俺が粗探ししなくてもあの商人は法的に裁かれるだろ。どうする?情報収集、しなくても良いかもしれんが…。」

このまま絶影に調べ続けてもらうか、イエロージャケットに任せるか。決めるのはお嬢さんだろう。アタシはお嬢さんが良いならそれで良い。絶影の言うようにイエロージャケットに任せて大丈夫とも思うけど…。なんせ、現行犯逮捕だもんねアレ。

「…そうですね…。あとはイエロージャケットに任せます。父の事が明るみに出ないようならその時はあらためて、お願いする事にします。」

少しの間、考えた末にお嬢さんがそう口にする。あとは公的な治安部隊であるイエロージャケット達に任せて、もし、旦那の事に触れられることが無ければ改めて絶影を頼る、って。

それなりに葛藤はあったみたいで、ちょっとしかめっ面になってる。絶影に頼んでしっかり追い詰めるのが良いんじゃ、って思う気持ちが残ってるらしい。気持ちはわかる。そのほうが徹底的にあいつを潰せるかもしれない。むかつくからペッチャンコにしてやりたいもんアタシ。

「なるほど、そちらの親父さんの話が表ざたにならない可能性はゼロではないが…おそらく、無用な心配だな。」

イエロージャケットはそこまで無能じゃない、と絶影が言うのを聞いて、新月が苦笑いするのが見える。公的な組織なら確実に頼れるかといったらそうではないのはアタシもわかる。ああいう組織にも色々あるのだ。人間の集まりだから当たり前っちゃ当たり前だけどさ。

「ともかく、お嬢さんを探し出す協力して貰ったのにお代を出さないとね。」

「急がなくて良いぞ。今はあんた達はしっかり休んだ方が良い。…2人とも、エーテルが濁ってきてる。」

「そういう使い方も出来んの…?」

「使おうと思えばな。…かくいう俺も疲れたな。」

ため息交じりに聞こえてきた声は、確かにちょっと疲労が滲んでる気がする。仮面のせいで目元の表情が見えないから、疲れた顔をしてるのかすら分からないけど…。やっぱ目元が見えてるか見えてないかって大きいね。

「もしかしてエーテル視、たくさん使ったの?絶影ちゃん。なら早く寝た方がいいわね~。」

「そうしたい所だ。…数日はリムサ・ロミンサで過ごしてるつもりだから支払なり、他の用があるならバデロンにでも行方を聞いてくれ。」

そう言って、絶影が羊皮紙をアタシに手渡してくる。お代とかが書いてある奴らしい。アタシもお嬢さんも疲れてるからしっかり見るのは明日にしよう。

「分かったよ。世話になったね。」

「本当にありがとうございました…!」

「礼はイエロージャケット達とそこの護衛にな。じゃあ、俺も休ませてもらう事にする。」

「お疲れ様絶影ちゃん。あとあと、こっちからもお代出すと思うからその時にまたね。」

「分かった。」

「お疲れ様です…!」
「お疲れ。」

アタシとお嬢さんが同時に労いの言葉を掛けると返事をする代わりに絶影は手を軽くヒラヒラさせてみせた。それから、クローゼットに近寄ってすっと物陰に消えちゃって、もう見えない。

「飲み物貰う振りをしてくるからちょっと待っててね~。」

新月がドアを開けて、絶影は彼女と一緒に外に出るんだろう。少し長めにドアが開いたままになった後ゆっくり、閉まった。

「…角とシッポ?が生えてらしたけど…。」

お嬢さんが、新月が出て行ったのを見てから、アタシを見上げて首をかしげる。そうか、絶影を見たの初めてだもんね。お嬢さんも、アウラ族は見たことが無いんだ。

「ああ、なんでもアウラ族って種族なんだって。東方に住んでるのが一般的だって言ってたよ。」

「そうなんですね。…耳が無かったような…。」

「だよね、耳はどこにあるんだか。」

数分するとノックが聞こえてきたので、ドアを開けると、新月が二人分のお茶を持って立ってた。ほんのり優しい香りがする。この香りは…カモミール?

「よしと、大事な話はだいたい出来たかしらね~。これ、飲めそうだったら、どうぞ。あったかいカモミールティー。」

「ありがとうございます。」

「ありがとうね。まさか、あの大男と繋がってるとは驚いたけど…。」

「結構前からの知り合いなのよねぇ。最も、絶影ちゃんはどういう経緯か、各所にパイプ持ってる見たいねー。」

各所ってことは、イエロージャケット以外にもって事かな…?初めてあった時にこっちでじろじろ見られるのはもう慣れた、なんて表現をしてたから多分彼奴自身、東方からこっちに入ってきたヨソモノなんだろうけど…。よくそれで各所にパイプを作れたね…。見た目だけでもかなり異質だから変な扱いを受けそうなのに。なんせ、ヒトって自分と大きく違うものを怖がるし。

「でもまぁそれのおかげで助かったよ。お嬢さんか無事に見つかって助けられて。これ以上の事、無いよ。」

「本当に、無事でよかったわ~。」

「ありがとうございます。大勢の方のおかげで…なんとお礼を言ったらいいのか。」

「無事ならそれで良いくらいよ。…多分、明日もお話を聞きに伺うと思うけど今夜はゆっくり休んでね。」

「はい、そう致します。」

「じゃあ、私は皆んなに合流しに戻るわね。お休みなさい~。」

「お休み、ありがとね新月。」

にっこり、と笑って新月が黒渦団式の敬礼をして見せてから部屋から去っていく。彼女を見送ってお嬢さんと2人、ため息が出ちゃった。やっぱり疲れたなって。

「…大変な騒ぎになってしまいましたね。」

「アタシ達のせいじゃないし仕方ないさ。あのバカ商人のせいなんだし。」

「…えぇ、こわい、人ですね。」

「…お嬢さんも怖かったろう。ごめんね、家にアタシが居たらこんな目には合わせなかったのに…アタシの留守を狙ったんだねあの野郎。」

「…本当に怖かった…怖かったです…。」

お嬢さんが、新月や絶影が居たから気を張ってたのは分かってた。アタシと2人だけになって、緊張が緩んだみたいでようやく、泣き出した。ずっと、泣きそうなのを我慢してたよね…。

そっと、お嬢さんの頭を撫でて軽く抱きしめる。お嬢さんのほうが遠慮がちに抱きしめ返してきた。小さく震えてるのもわかる。改めて、怖かったとか不安だったとかが押し寄せてきたんだろうね。

「よく頑張ったね…。もう大丈夫だから、今夜はゆっくり、寝るんだよ。」

「はい…!お宿でちょうど良かった…ロットゲイムお姉さんが同じお部屋にいるから安心して眠れそうです…!今日ばかりは…1人だったら怖くて…不安で眠れないと思います。」

同じ部屋で寝るなんていつぶりだろう?護衛になったばかりのころに、何度か、お嬢さんがお姉さんと同じ部屋で寝るっていうのをしてみたかったって一緒に寝たことがあったけど…。

本当に兄弟姉妹ってのに憧れてたみたいでね。アタシにも血のつながった兄弟姉妹は居なかったけど、同じ団の海賊仲間たちはみんな兄弟姉妹みたいなもんだったしなあ。

「お家があちこち壊れちゃってるから…何日かミズンマストに世話になった方が良いかも。それもまぁ明日から考えよう。」

「はい…。」

「着替えがないからそのままで寝苦しいかもだけど…休もうか。」

「はい…!…婆やのお見舞いにも行かないと。」

「そうだね。お嬢さんの無事を教えてあげなきゃね。」

本人がボロボロで、あちこち痛いだろうし辛いと思ってるだろうけど…お嬢さんが無事と分かれば、婆やもちょっとは気持ちが楽になるだろう。ああいう時、気持ちだけでも元気が戻るのは悪いことじゃない。むしろ傷の治りが良くなったりするかも。心が弱ってると、体の治りも遅くなりがちだけど、心の方だけでも元気が出れば…ね…!

「それじゃあ、お休みなさい。」

「お休み、お嬢さん。」

挨拶を交わしてお嬢さんが横になったのを見てからランプの灯りを小さくする。それから、アタシも横になった。さすがにくたびれたよ…。体よりも、精神的にぐったり。そのせいか多分、あっという間に寝ちゃった。


次の日からは数日、お嬢さんが拉致されたりした騒ぎの後処理というか、説明を改めてイエロージャケット達にしたり婆やのお見舞いをしたり、お嬢さんのお家の修理を職人達に手配したり、となんかすごい、バタバタ過ごすことになった。

旦那が亡くなった時の話も、改めて実物の日記を見てもらったりして…。

そうそう、お嬢さんが攫われてた時に具合を悪くしてた商人が居たってイエロージャケットが話してたけど…。案の定、毒物を盛られてたらしくて駆けつけたイエロージャケット達が無理くり、医者に連れてって対応する薬を使って事なきを得たらしい。良かった良かった…。

それで、毒の方の話はあの胡散臭い商人の屋敷を隈なく調べたら使われただろうっていう毒物が出てきて、その上で日記のようなもんに誰にいつ、盛ったかがわざわざ書いてあったとか。

ここまで揃ったらもう、言い逃れもできないだろう。

ちなみに日記にはお嬢さんやアタシが疑いを持って自分を調べ始めてる、と勘付いた末、お嬢さんを攫って脅そうとしてたこともご丁寧に記録してたそうだ。証拠を自分でメモっくれてたって、わけ。

おかげで、余罪とか未遂とかそう言うのもボロボロ出てきておそらく、あいつはもう商人には戻れないしもしかしたら牢屋から、そもそも出らんないだろう。ザマァないね。

初めてお嬢さんに会ったときにも、今回にも尽力してくれたヒューランのイエロージャケットだけど、なんでも彼が頑張ってくれてたらしい。時々、新月と一緒に家の状態とか、婆やの容態を聞きに来てくれたりもして。

新月がポロっと、恋の力は偉大ねえ…なんて零していたけど…そういう?突っ込んで聞こうとしたけど、笑ってごまかされちゃったから真相は不明のままになっちゃったけど。

あっという間に一週間ばかり経って、家の修理も済んで、婆やの怪我も大分回復して退院出来た。まだ、通院しなきゃダメだし、無理させられないから家でもゆっくりして貰わないとダメなんどけど婆やはもう、ご飯とか作りたくてしょうがないらしい。

アタシとお嬢さんで宥めすかしてゆっくりさせるの結構大変で笑っちゃう。

お嬢さんは旦那が亡くなってからは旦那の部下だった人達に手伝ってもらいながら商人の仕事もしてて…今回の騒ぎで、仕事が遅れちゃってるからって、そっちを頑張りだしてるから、アタシが食事作ったりもしたんだけど…

なんというか上品さとかの無い、魚の丸焼き、みたいのしか作れないもんだからちょっと恥ずかしかった。お嬢さんも婆やも美味しいって食べてくれたけど。海賊中は基本、料理担当者がやるから全く、専門外だったのさ…。

あんまりバタバタしてて絶影に連絡する暇がなかったから、その日は食事とかはもうじっとしてられない、っていう婆やに任せてバデロンのとこに顔を出した。お嬢さんは今日も旦那の部下だった人達に着いて仕事中だ。本当は同席したいのだけど、溜ってた仕事を片さないといけなくて…って。

依頼をしたのはお嬢さんじゃなくて、アタシなんだから大丈夫だよってお仕事に送り出しておいた。事実だもんね。

「よおロットゲイム。少しは落ち着けたか?」

「大分、いつも通りになってきたよ親父。」

「良かったな。散々だったみたいだが…みんな無事のようだし、なによりだ。
質の悪い商人は御用になったしな。」

「ホントだよ。そんで、バタバタしてて絶影に連絡する暇が無くてね。今になって漸く、ちょっと余裕が出てきたから親父に顔だしたんだけど。」

「あぁ、いやちょうど良かったかもな。アイツ、少し寝込んだらしい。」「は?」

「詳しいことは本人に聞けばいい。とりあえず、連絡つくか分からんが取り次ぐぞ。」

「あ、うん、お願い。」

寝込んだらしいってどういう事だ。なんか変な物の見方してたけどそれのせいなのかな?ケガをしたりはしていなかったはずだし…。あ、風邪ひいたとかそういう話かもしんないけど。

バデロンの親父があの時みたいに後ろを向いてリンクパールで本人なのか、取り次ぐ奴がいるのか分かんないけど誰かと連絡し始める。

少しして、親父が先にこの部屋に行っとけ、と部屋番号を指示してきて、ミズンマストの受付に目配せする。受付をしてるミートシンが了解した、と頷いて親父が指定した部屋はここだぜ、とおしえてくれて、宿の中に入れてくれた。

いくつもある部屋の一個。そこのドアをゆっくり開ける。なんせ、アイツは姿をまるきり隠せるからひょっとして隠れて中にもう居るんじゃないか?とか思っちゃうんだよ。

恐る恐る片足、部屋に入れた時だった。

「…まるで俺が待ち伏せしてるんじゃないかって振る舞いだな?」

「っうっわ!びっくりした!」

声がしたのは後ろから。びっくりして軽く飛び上がりながら部屋の中に転がるみたいに入る羽目になった。心臓に悪いっ!

アタシがびっくりするのを理解した上で足音も立てずに後ろから来てたのか。相変わらず仮面をしてて目元は見えないけどニヤニヤしやがってなんかムカつく。

「…悪い悪い。タイミングとしてはたまたまだぞ?」

「たまたまだろうが、何だろうが心臓止まるかと思ったよ!」

「そんな軟弱な心臓じゃ無いだろ。」

図らずも、アタシが部屋にすっかり入りきってたから絶影がゆっくり中に入ってドアを閉める。当たり前のように音を立てずに部屋に置いてある椅子に腰かけて足を組んだ。

ため息をつきつつ、アタシも向かい合う位置の椅子に座る。

「連絡遅くなって悪かったよ。忙しくて。」

「あの騒ぎの被害者側だ。無理も無いだろ。案の定、余罪やらあんたのとこの雇い主さんを殺した証拠も出て来たしな。」

「…余罪があるか、まだやるぞ、ってあんたの言った通りだったね。…これ、お代だよ。」

紙で出来た包みをテーブルに置く。お嬢さんが用意したやつで裏稼業するやつに渡すには随分と可愛い花柄のやつだ。包みを手にとって、中身確かめて確かに、と絶影が呟くのが聞こえる。それから中からピラッと紙幣では無いものを取り出した。

「…あのお嬢さんはマメだな。」

お嬢さんがお礼の言葉を認めた一筆箋らしい。支払いに一緒に行きたかったけど無理だからせめて一言くらい、とゆうべ書いてた奴。

「旦那もそうだったけどホントにいい人だよ。」

「…善人は得てして苦労しやすい。親父さんのことは気の毒にな。」

「でも、犯人捕まったし旦那を殺したって事もアイツ認めたらしいから報復とかは望まないってお嬢さんも言ってたよ。」

「結構な事だ。」

一筆箋を紙の包みに戻して包みそのものを腰に下げたポーチにしまいながら絶影が言う。本人は復讐専門の殺し屋、だなんて言ってんのに復讐を思い留まるのは良しと思ってるらしい。

「あ、そういやバデロンの親父があんたがしばらく寝込んだらしいって話してたけど。」

「…余計な事を…。」

怒ってるわけではないみたいでこの感じは苦笑…だと思う。相変わらず、仮面つけてるから口が笑ったことしか分からないけどさ。

「大丈夫…なのかい?無理はしないでおくれよ。」

「ダメだったら、顔を出さん。心配には感謝するよ。」

「でもまた、なんだって寝込むなんて?怪我もしてなかったし。」

「…エーテル視は負荷が強いんだ。それの疲労が大きくてな。2日とりあえず寝てたな。」

「2日も寝てたのかい…なんか、悪いことしたね。おかげでお嬢さんは助かったけど。」

「依頼はきっちり果たしたい方でね。もう回復してるし、俺が自分の判断でやってた事だから気にすることはないぞ。」

ヤバいと思ったら使うのをやめれば良いだけだがそれをしなかったのは俺自身だ。と、さらっと絶影が言う。なんというか小ざっぱりした奴だわ。

「とりあえず、依頼は終了だな。今後はない事を祈っておこう。」

「あんたの仕事が減るって事だけど良いんだ?」

「構わん。俺の担う仕事は少ない方がいい。」

情報収集はともかく、誰かを始末をするなんて少ない方がいいに決まってる、と絶影が笑う。確かに始末を頼むってことは誰か死ぬってことだから…少ない方が良いのは確かかな。なんか仕事はきっちりこなすみたいだけど…変わってるように感じちゃうな。

「まぁ、万が一何かあればあの店に来るなりバデロンに聞いてみるなりすれば良い。来ない事を祈っとくが。」

「…世話にならないならそれに越した事無いのは確かにそうだね。」

「さて…すべき事は済んだし俺は行くとするか…。」

「本当にありがとうね。おかげでアタシは恩人を失くさずに済んだ。」

「なによりだ。恩人は大事にするに限る。」

じゃあ、俺は失礼するよ、と絶影が立ち上がる。念を押して礼を伝えると気にするな、と応えてさっさと出ていった。

「…椅子を引く音もしないってのはどうなってんだいアイツは…。」

ひとまず、アタシも帰ろう、と席を立って、部屋を出た。少し前に出ていったはずだけど、絶影の姿は無い。溺れた海豚亭のほうにも居ないみたいだった。姿を隠してるだけで近くにいるのかも知んないけど。探しても仕方ないし用があるわけでも無い。今済んだわけだし。

「…あ、バデロンの親父。あとあと、ゆっくり飲みに来んね。」

「待ってるぜ。安くても酔える酒用意してな。」

「そりゃ良いね。じゃ、また来るよ。」

バデロンの親父に挨拶してお嬢さんの家に戻る。今頃、婆やが晩御飯を支度してるはずだから…手伝いに行こう。せっかくケガも治ってきたのに、張り切りすぎて腰が!とかなったら…

ちょっと面白いけどシャレにはなんないからね。でもやりかねないもん婆や。急いで帰らなくちゃね…!

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