月影の家のヴァレンティオンデー

 「あ、刹さん。おはようございます。」「…おはよう…。」

寝室のある地下から、リビングのある一階に上がってすぐ既にしっかりとスーツを着こんだ雷刃が挨拶してくれる。正直なところ、おはようというよりこんにちは、に近い時間ではあるが。

常日頃、丁寧な彼には非常に申し訳なく思うが、起きたてはぶっきらぼうな応答になる。どうにも朝は苦手だ。夕べ三日ほど続いた野宿から帰ってきた所だから余計に。

不機嫌なのではないのだが、なんというか、あらゆる事が面倒くさい。幸いなのは雷刃たち、家に勤めてくれてる連中は、それをすでに理解してくれている事だ。でなきゃ明らかに俺の態度が悪すぎる。

「眠そうですね…。栗丸の朝食は済ませてありますんで。何か作ります?」「…正直朝はいくらでも眠い…。いつもすまん。軽い食事を頼めるか…。」「ええ、ではすぐに。」

品よくお辞儀をしてから、雷刃が地下のほうへ行く。炊事場は俺の私室の近くにあるが、彼らも使って構わないと言ってあるので、普段からそこを使ってもらっている。無論、私室には入らないように伝えてあるが。

ぴょこぴょこ、と先に起きていたパイッサの子供、栗丸が足元によってくる。パイッサってのは羽根が無い目をひんむいたフクロウ、みたいな見た目の生き物…魔物の類だ。

縁あってその子供を拾った末、栗丸と名前を着けて世話している。

こいつは朝、きちんと起きられるから、先に起きてきて雷刃たちに朝食をもらうのが日課だ。家に連れてきたばかりのころは律儀に俺が起きるのを待ってたが、俺の寝起きが悪いのを察したようで、自発的にリビングに来るようになったらしい。それが正解だと俺も思う。それほどに俺は朝、役に立たない。

一人暮らし中は、必然的にこなしていたが雷刃が来てからは彼に頼らせてもらっている。なぜ彼がここで仕事してるかは、別の機会にでもゆっくり話そう。

ともかく俺としてはまだ眠い。椅子に座ってぼんやりしていると気が付いたら栗丸が膝に乗っていた。暇ではあるので頭のモシャモシャを撫でておく。

見るたびに思うが、こう、一輪挿しとか生け花が出来そうな頭だ。今度適当な花でも突っ込んでみよう。

「お待たせしました。」「…!ああ、ありがとう。」

「…栗丸、刹さんのご飯中はこっちに来ておきましょう。」

「!!」「…箱に詰められたいか?」「…!?」

雷刃のこっちへおいで、という言葉にはじめはここに居る、と言った栗丸だが俺が箱に詰める、と言ったとたんに雷刃のほうにすっ飛んでいく。

雷刃が苦笑いしながら、俺の前に軽い朝食を置いてくれる。東方風の食事だ。彼はクガネの出身だから、米やら味噌を使う料理が得意らしい。

米を炊いた後に、軽く握って三角とか丸くしたものをオニギリだとかオムスビだとか言うが今朝はそれと、野菜を湯に入れて軽く煮たものに出汁と味噌を溶き入れた味噌汁。あとは鶏卵を溶いて出汁を混ぜて焼いたもの。量がどれも少な目なのは、俺が起きたてに少ししか食べないからだ。

「…あ、そうだ刹さん。」「…ん?」

「奥様が用事があるから家にいてくれると助かるとおっしゃってましたよ。」「…?珍しいな。とりあえず分かった。」

奥様、と丁寧に呼ばれるのは未だに慣れない。一応俺にはパートナーがいる。夫婦のほうのパートナーだ。エターナルバンドをした相手とは別だ、というと結構に驚かれるのだが、俺と双方のパートナーにとってあれは《冒険仲間の悪友の誓い》なので全員が気にしていない。

もっというと結婚しているという事そのものに驚かれる。俺はそんなに独身っぽく見えるんだろうか?最も好き勝手に生きてるのは間違いないから、そう思われても不思議ではない…のか。自分では良く判らん。

夫婦といえどお互い冒険者で好きに過ごしているから、実は顔を合わせている時間は少ない。時々顔を合わせると食事したり出かけたりはするが。何分、二人ともマイペースすぎて人に合わせるのが不得意なのだ。不得意どうしで気が合った、というか。まぁ会ったきっかけは《裏の仕事》なんだけどな。

あれこれちょっと考えながら、食事をする。オニギリには海苔という海藻を固めたといったらいいか、そういうのが張り付いてて、手づかみで食べられる。リムサ・ロミンサあたりでよく出るパンで肉やら卵を挟んだ奴の米版みたいな感じだ。片手でも食えるのが楽で良い。ちなみに雷刃の作ったオニギリには焼いた塩漬けのサーモンが入っていた。

食べ終えた所で、食器を炊事場のほうまでもっていって洗おうと思ったが、当たり前のように俺がやるんでと雷刃が食器を持って行った。ありがたいような申し訳ないような。

栗丸がもう近寄っても大丈夫か、と言いたげに見上げてきたのでもういいぞ、と口にしてやると、ひょこひょこと足元にやってきた。俺の何がそんなに気に入ったか、暇さえあれば寄ってくる。別に困ってはいないからいいが。

食器を洗い終えて雷刃が戻ってくる。ごく当たり前にお茶も用意してくれた。 

「…常々思うが、すまんな。」
「俺は使用人なんですから、それくらいはしますよ。」

苦笑を浮かべながら雷刃がそう言う。俺としては1人でいた時間が長かったから世話をしてもらう、と言うのがなんとなくまだ慣れないが、雷刃の方は遠慮なくどうぞという態度だ。多分だが、彼は元々人の手伝いが好きなのだろう。お茶をもらいつつ、時々ちょっかいを出してくる栗丸を構っていたら玄関が開いた。吊るしてある金属の鈴が鈍った音を立てる。重たい音だが良い音だ。 ドアの向こうから入ってきたのは女性のハイランダー。 俺のパートナーに当たる人だ。

「ただいまー。」「おや奥様。おかえりなさいませ。」

当然のように品良くお辞儀しながら雷刃が出迎えの言葉口にする。途端、入ってきた俺のパートナーが顔を赤くした。木を枝落とししたり、下草を刈るための道具をしょっているあたり、なにか採集にでも行っていたらしい。背負ったリュックから木の枝がはみ出ているし。

「ホントに奥様呼びは慣れないわ。刹だって刹さんじゃん。」

「刹さんは旦那様と呼ぶべきでしたか?」

「いやあのね、そうじゃないんだけどね?」

「出来れば、奥様呼びに慣れてくださると俺は嬉しいですね。」

「あーもう。慣れるかは分かんないけど其れで良いわもう。」

それは良かった、と雷刃が笑う。何のこだわりなのか、俺のパートナーは奥様、と呼びたがるのだ。呼ばれる側は恥ずかしいらしい。俺も聞きなれなくて何とも言えない気持ちになる。

「おかえりレン。」「あー、うん。ただいまー。」

椅子に座ったままだが、ひとまず出迎えの挨拶はする。彼女のほうーレンーもそれに気にした様子はなく挨拶を返してくれる。さて、顔を合わせたのはいつぶりだ?

「んー…一週間ぶり位?」 「そのくらいか。元気そうで何よりだ。」

「アンタの方もねー。あ、栗丸もただいまー。」

レンの足元まで栗丸がぴょこぴょこして行って顔を見上げている。あいつなりのお出迎えらしい。レンの方も承知していて、寄ってきた栗丸をしゃがんで撫でてやっていた。ワシャワシャの頭のてっぺんを撫でられて栗丸が満足そうな顔をする。どこで区別するのか判らんが、俺の家族や友人であれば基本的に懐くらしい。そうでない相手には余所余所しいから栗丸なりの判断基準があるのだろうが。

「それで、用があると雷刃から聞いたが…。」

「あぁ、うん。大した用ではないんだけどねー。」

はて?と首を傾げていると雷刃がお茶を淹れなおしてきて、では俺は奥にいるので何かあったら呼んでください、と彼の部屋まで引っ込んで行く。引っ込んで行くときに、ちょっと栗丸もこっちにおいで、と抱き上げて連れて行ってしまった。栗丸の方も驚いたようだが、まぁいいか、と言いたげな顔をしてそのまま運ばれて行った。雷刃は優しいし構ってくれるのを分かっているからだろう。

「なぜ栗丸も…?それに…雷刃が昼間に引っ込んで行くのは珍しいな。」 

「あー、うん。なんて言うか察しがいいわ雷刃。」「?」

「着替えてきちゃうからちょっと待っててくんない?」「解った。」

現状がよく分からんが、レンの方はどうやら何事か分かっているらしい。ともあれ、彼女が着替えを済ますまで大人しく待っておく事にする。

少しして、下からレンが戻ってきた。帰ってきたときは採集作業をするための服装だったが、今は普段着る、もっとラフな格好だ。待たせてごめん、と言いながら座ればいいのに立ったままだ。

「…座らないのか?」「んー。座ってもいいんだけどやりづらいからさー。」「…??」

話が見えてこない、と思っているとレンが腰に下げているポーチから何か出してきた。あまり大きくはないが、こぎれいな缶…だろうか。

「これを、さ。渡しときたいなと…ヴァレンティオンデーだし。」

「…なるほど雷刃は察しがいい。」「でしょー。逆に恥ずかしいわ…。」

要するに雷刃は夫婦の邪魔になる、と辞してくれたわけだ。栗丸もついでに。というかそうか、ヴァレティオンデーだったか。ここ数日は野宿しててすっかり頭になかった。

ヴァレンティオンデーが何かというと、大部分をすっ飛ばして言うとカップルだとか夫婦だとか、いわゆる恋人だのパートナーだのという間柄の同士で仲を確かめるとか、感謝し合うみたいな感じの日のことだ。どういう理屈かは分からないが、チョコレートや甘い物を贈りあう事が多い。そういえば、いつもなら何かしら作っていたのに忘れて居たな。

「…俺のほうが何も用意してなかったな…。すまん。」

青い下地に、銀色で装飾のされて薄いブルーのリボンを飾った缶を受け取りながらそういうと、気にしないでよ、とレンが苦笑いを浮かべる。俺としては少々バツが悪いが、レンのほうはさして気にしていないようだ。

「ここ三日くらい忙しそうだったじゃん。私は暇だったしね。」

「野宿してたのもあってな…町中の様子でも見れば思い出したと思うが…どうせ飾り付けがされてるろうし。…開けてもいいかこれ。」「イイよー。」

ようやく椅子に座って頬杖を突きながら返事をする。青い缶についたリボンを解いて、蓋を開ける。見えたのは手作りらしきチョコレートがいくつかだ。

「…作ったのか?」

「うん。頑張ったわ。マスターに手伝ってもらって教わりながら。」

マスター、というのは俺が時々手伝いに行く酒場のマスターの事だ。俺がまだ十代でエオルゼアに渡ったばかりの頃、世話になった人であり、料理の師匠でもある。その彼に手習いしながら、とは。

「たまにはやってみようかなって…。でもお菓子作るのは大変だわ。アンタよく自作出来るよね~。」

心底疲れたと言いたげな顔に思わず笑ってしまう。彼女は料理が苦手なのだ。野宿の時は多少なり、自作するようだが、家に居る時は滅多に料理しない。一方で俺は料理をするのは好きなので、それなりに食事は作る。それ以外にも、レンが言ったように菓子類も好んで自作する。自分の食べたい料理を自分好みの味で作れるから、というのが大きな理由だ。

「自分で食いたいから作るんだけどな。」

「食べたくても作ろう~とは思わないわ私。マスターにはお菓子より普通の飯のほうが楽だぞって言われたけどさ。」

「事実だと思うぞ。菓子類は正確に分量やっとかないと変になりやすい気がするな。普通の食事よりも。」

「アンタが作ると見た目が良い上に美味しいからさ~。こんなに手間かかるとは思ってなかったわ。」

レンが頑張って作った、というチョコレートは確かに不格好かもしれない。手先は器用なほうのはずだが、たぶん料理のほうは苦手意識が強いんだろう。ちなみに、どうにかして形作ったらしいチョコはどうやらドングリと栗丸の形を模したもののようだ。

「栗丸とドングリだよな?」「あ、良かった。わかる?」

伝わっているらしい、と分かった瞬間にちょっとうんざりしていたレンの顔が明るくなる。基本的に暗い顔はしない人だが、明るい顔のほうがやはり良い。

「あんまりかわいく成んなかったんだけどさ~。伝わって良かったわ。」

「十分可愛いと思うぞ。これは食べる前に栗丸にも見せてやろう。」

「見せてやろうって食べたがると困るんじゃないの?」   

栗丸は人間ではないから、俺たちが口にする食事や飲み物はなるだけ与えないことにしている。彼奴には毒になるかもしれないからだ。せっかく馴染になってきたのをうっかり、で死なせたら最悪だ。が、俺たちが食べていればやっぱりあいつも興味を持つ。食えるなら栗丸にもよこせ、と。

「本物のどんぐり掴ませとけば大丈夫だ。」

「栗丸も単純というか素直というか…まぁ、いっか納得してくれるなら。」

あまりにしつこくよこせ、と主張するときは好物のドングリ…アイアンエーコンの上等な奴を一粒、渡すことにしている。大概はそれで満足するらしい。

「…ドングリ型はいくつかあるから食べてもいいな。」

「アンタはほんとにナリに似合わず甘いもん好きよね~。面白いわ。食べてるときも真顔なのが余計に。」

甘いもの食べると、甘い~って顔が緩む人ばっかりなのにアンタときたら真顔のまんまなんだもん、とレンが笑う。意識した事はないがどうやら真顔で食ってるらしい。

「いつ頃から甘いのが好きなのか覚えてないが、あるなら食いたい。」

「冒険者やってなかったらめちゃくちゃに太ってそう。デブのアウラとか絶対ダサいわ。」

4つほどあるドングリ型をしたチョコレートがあって、多分、使った材料が違うんだろう。ドングリの色が少しずつ違うように感じる。それの一つを、つまんで口に入れる。当たり前だが甘い。溶けてしまうのが早いのはもったいない気もするが、チョコレートというのはそういうモノだ。ほんのりアルコールの香りがする。

「ど、どう?マスターに手伝ってもらってるから大丈夫だと思うんだけど。」「…もっと自信を持っていいぞレン。しっかり美味しい。」「あ、ほんと?」「嘘ついてどうする。」「ヨカッタ~。だってアンタ料理うまいんだもん。」

そこまで持ち上げられるものではないし、卑下するものでもないのに困ったもんだ。よほど苦手意識があるらしい。

「…食べるのがもったいないな。」

「いやいや…食べてもらうためのもんだからね?それ。日持ちもそんなしないんだから傷む前にちゃんと食べてよ?」

「善処しよう。」「そんな大げさな。」

しょうもない会話にお互いで笑ってしまう。もちろん冗談めかしてはいる。とはいえ食べるのがもったいなく思うのも事実だ。作って貰った物というのはやはり嬉しい。普段料理をしない人が頑張って作った物というのだから余計。食い物だから保管しておくことは出来ないのが残念な反面、食べられる事は嬉しい。難儀だ。

「せっかくだから出かけても良いが…どこも人が多いだろうな。」

「でしょうね~マスターんとこも上席まで満席みたいよ。」

「なら家に居たほうがいいな。」「賛成。アンタの夕飯が食べたいわ。」

「何がご所望だ?」「せっかくだからイシュガルドの料理。」

イシュガルド地方に行く機会が多かった時期に、現地の料理を覚えたがそういえば家ではあまり作っていなかったな、と言われて気が付く。ここ最近はクガネのほうの料理を覚えようとしてるからなおの事だ。それでいて朝は雷刃任せだし。ちなみに彼は東方料理のほかにエオルゼア三国の料理なら普通に作れる。こっちに渡ってきたときに覚えたらしい。

「イシュガルド風のとなると…ディナーセットがあるからそれにするか。」「なにそれめっちゃ豪勢そう。」

「肉料理のオーケアニスシュニッツェルと紅いカブみたいのを煮たクリムゾンスープにセサミを使ったパンのカイザーゼンメルをセットにした奴だな。」

「めっちゃ豪勢じゃん。貴族風ってやつ?てかそんなのも作れるのアンタ。」「趣味でな。」「趣味の域超えてない?」

趣味でディナーセットとか意味わかんないわよ、とレンが苦笑いをする。実際俺にとっては趣味だから仕方ない。普段使っている武具の手入れのために、ほかのクラフトも一通り覚えてあるがこれもある意味趣味みたいなもんだ。出来ることが多いと楽しい。多趣味すぎじゃないの、とレンが呆れた顔をするが楽しいからしょうがない。

「ならとりあえずそれにしよう。雷刃がどうするかだな。」

「…遠慮しなくていいのにねえ。二人になりたきゃ相応にするんだけど。」「本当にな。」

二人きりになりたい事ももちろんあるが、そういう時はきちんと二人になれる場所を探すなり、雷刃たちには話をつけるなりするから…。そういう話を俺たちが切り出さなかった時点で遠慮は無用だ。俺もそうだが、レンも人と話をしているのが好きだから居てくれて問題ない。

「まあ直接聞けばいいな。」「だあね。栗丸も連れてっちゃってるし。」

というわけで、彼に渡してあるンクパールに連絡を入れてみる。夕飯の話と遠慮するなという話を伝えて、栗丸も一緒に戻ってくるといい、と言っておく。リンクパール越しのやり取りでは、いや、しかし、と遠慮を続けようとしたが一応納得したようでほどなく、部屋から戻ってきた。

「もー雷刃、そういう遠慮しなくていいから。逆に恥ずかしい。」

「そうは言われましても奥様…。その、久々の対面でゔぁれんてぃおんともなると二人きりにしたくなるものです。」

「めっちゃ訛ったよ大丈夫?」「すみません少々動揺を。」

「なんでそこで動揺すんのよ…。」

二人のやりとりに笑うしかない。雷刃としては良かれと思った行動だろうし実際、良かった面もある。久々に二人だけで会話するのは楽しかったし。

「ロットゲイムは冒険してくると出かけましたから数日は戻らないでしょう。アドゥガンの方は夕刻に戻ると思います。町に仕入れに出かけましたんで。」「ロットゲイムは分かってたが、アドゥガンが居なかったのはそれでか。ならとりあえず俺達と雷刃、アドゥガンの分があればいいな。…お前のは別でちゃんと用意するから安心しろ?」

雷刃と一緒に戻ってきてすぐ、レンの膝の上に座り込んだ栗丸が自分のは?と訴えてきたのでそう答えてやる。全く同じものは多すぎるし、食べさせるわけにもいかないから特別仕様をこさえてやることになるが。

ちなみにロットゲイムとアドゥガンは、雷刃と同じくこの家で働いてくれている仲間や友人みたいな人たちの事だ。ロットゲイムは冒険者をたまにしながら雑貨類を、アドゥガンは製作に必要な素材類をそれぞれ担当して仕入れてくれている。マーケットまで出向かなくても彼らが仕入れてくれるおかげで簡単なものはすぐに作れて俺は大いに助かっている。

「さて、なら用意をしておくか。」「お手伝いしますか?」

「そうだな…材料だすのだけ手伝ってくれりゃいい。あとは俺がやるよ。そのあとは栗丸と遊んでてくれ。」

「それは…ええと。手伝いですね、ええ。」

雷刃が想像してたのと違う、と苦笑いを浮かべながら、かしこまりましたと返事をしてくれる。傍で聞いていたレンが吹きだしていた。話題に出された栗丸がなんか用か?と言いたげにこっち見たがなんでもないぞ、と答えておいた。

それから、食事の仕込みやらをしてくるからレンと一緒に居るようにと言っておく。言っておかないと気が付けば足元をうろついているので食事の支度中なんかは踏みそうになるし。栗丸が理解して返事をしたと思ったら、レンの膝の上でひっくり返った。

「…相変わらず意味わかんないけど面白いわねー栗丸。」

「なんでひっくり返ったんだ…まぁとりあえず仕込みしてくる。」

「いってらしゃーい。楽しみにしてるわ。」

ハート柄が並んでいるように見える腹を撫でられて、満足げにしている栗丸を見てレンが心底面白そうな顔をする。もともとレンは明るいが栗丸が来てから笑う事が増えた気もする。というかレンだけではなくてここの連中全員がそうだな。

「…ほんとに俺、邪魔になってないんですか。」「なって無いぞ。」

「…さすがにご夫婦がこういう日に一緒なところにいるのは野暮かと…。」「雷刃、俺が遠慮なく物を言うのは知ってるな?今日、何か言ったか?」

「いえ、特には。」「だから気にするな。あんまりいうと怒るぞ。」

「刹さんを怒らすのはやめておきたいですね…。」

食材を一通り、カウンターに出してくれながら雷刃が困った顔をする。俺は短気なほうだが、怒ったとしても怒ったと分からない事が多いらしい。その代わり、というのか、怒ったと判るような怒り方をしたときはだいぶ怯えられる。俺はどっちにしても怒っているし、怒ってる本人には怖いかどうかなんか解らんし、知ったこっちゃないけどな。

一通り出してもらうと、下がってて良いぞ、と居間に行ってもらった。あのやりとりの後だからというのもあって、では、とお辞儀をしてから階段を上がっていく。そのあとすぐに引き返してきて、お茶を変えるんで、と茶器を洗って支度しなおすあたり、じっとして居られないらしい。ともあれ、リビングでレンや栗丸の相手は彼に任せておこう。

下準備だけ済ませて、夕飯を作り出すのは少し後でいいがついでだ。確か栗丸用に集めておいたダークマロンが沢山残っていたはず。それも引っ張り出してきて、一つ余分に料理を作ることにした。

オマケの一品を作って、傷まないように水のクリスタルと一緒の箱に突っ込んでおいてから主食やらのほうも作る。

オーケアニスの肉が美味しく食えるというのは不思議だと正直思う。ヒレをくっつけたバカでかいヘビみたいな魔物の肉なんだが、これを薄切りにして叩いて、小麦をまぶして溶いた卵にくぐらせて塩と胡椒なんかで下味をつけたら油で揚げ焼きにすると美味しく食える。誰が最初にあれを食おうと思ったのか。たぶんイシュガルドの連中なんだろうが。

クリムゾンスープはマグマビートっていうビートを使ったスープでマグマビートが赤いからたぶんこの名前なんだろう。サイコロ切りにしたビートとロフタンの肉、それから適当に切ったプチキャベツを炒めた後に煮込んで香草で香りづけして、サワークリームをのっけとく。ロフタンはエオルゼアにいるアルトゴート(別名・大山羊)に似てたな。あれが食えそうな気がするのは分かる。オーケアニスは分からん。

ハイランド小麦とセサミを使ったカイザーゼンメルは生地だけ作って寝かせておいたからとりあえず、成形して焼く。これにコカトリスの肉を挟んだ食い物もあるが、あれも結構おいしい。

関係ない話しになるがゼンメル、がゼーメル、に見えてイラっと来る事があるのは俺だけだろうか。ゼーメルってのはイシュガルドの四大貴族と呼ばれる連中だがどういうわけかどいつも此奴もひん曲がった性格をしてて相手にするのが面倒な連中で…まぁこれは私情だな。

あとはチャーチココアパウダーとヤクの乳を使って、ココアを作って、この1セットでイシュガルディアンディナーセット。レンじゃないが結構に豪勢だ。これ毎晩食ったら太るんじゃないか?太ってるのが金持ちの証拠なんて話もあるらしいが不健康なのはどうなんだ。俺には関係ない話ではあるが。

ともあれ人数分出来上がったから運ぶとしよう。雷刃に声をかけるとすぐに飛んできて運ぶのを手伝ってくれる。待ってましたと言わんばかりで申し訳ないが笑ってしまった。

俺が作っている間にアドゥガンも帰ってきていたらしい。挨拶するといつものように無言のまま静かにお辞儀をしてくる。彼は雷刃や俺と同じアウラのゼラ族なんだが、驚くほど無口なのだ。少なくとも俺が知る中では格別にしゃべらない。どうもそういう育ちらしい。はっきりしたことは分からないが、まぁそのうち何かわかるだろう。特に困ってはいないし。

テーブルが足りなかったので、しまってあったちゃぶ台を出してきた。脚を折りたためてしまいこんでおいて、こういう時に引っ張り出して脚を立てれば即テーブルになる。便利だ。

ちゃぶ台でイシュガルドのディナーセットってのはシュールだが仕方がない。俺とアドゥガンでちゃぶ台つかうんでデカいテーブルはお二人でどうぞ、と雷刃が今度ばかりは譲らなかった。彼らの方は食べづらいと思うが一応言葉に甘えておこう。

お前の分はこっちな、と合間に作っておいた栗丸用の食事をおいてやる。此奴専用のテーブルクロスを床に敷いてからそこに並べた。出来上がるまで、レンをはじめ雷刃やアドゥガンにもたっぷり構ってもらったらしく、楽しかったけどハラヘッタとすぐに駆け寄ってきた。普段はエーコンをメインにした食事だが、今日は豆なんかも使って見た目だけはステーキみたいのも作っておいた。俺達が揃ったものを食べていると似たものが食いたくなるらしいからだ。見た目だけでも近ければ多少なり、此奴も喜ぶみたいなんでな。

「思ってた感じに豪華でヤバイ。」

「イシュガルドの方はこれ毎日食べるんですか?」

「貴族連中ならこういうレベルのを食ってるんだろうな。」

アドゥガンだけは黙って料理を眺めているが、その表情を見るにこれは毎日食うもんではないと思う、と考えているのは分かる。俺もそう思うぞ。実際毎日は食わんだろう、たぶん。

既に食べ始めている栗丸を確かめてから、食べてくれとレン達を促して一応 水を出して来ておく。飲み物としてはセットの中にココアがあるが、口がさっぱりするとは思えないし。

それぞれが頂きます、と言って気になる品から食べ始めるのが解る。面白いのは男二人はそろって肉からだったが、レンはスープからだった。元々俺達ゼラは狩猟民族らしいし、肉となると飛びつきたいのかもしれない。

思った程油っぽくない、と雷刃が驚いた顔をしつつシェニッツェルを器用に切り分けている。アドゥガンはナイフの扱いにやや苦戦しているようだがそれでもどうにか切り分けていつものように黙々と口に運んでいる。顔を見る限り、口にはあったようだ。

レンのほうも、クリムゾンスープはお気に召したらしい。俺自身としては、俺好みの味に作ったし、上出来なほうだと思う。

「軽い気持ちで頼んだんだけどコレ凄いわ。アンタ冒険者引退したら自分の店持てるんじゃないの。」

「料理する動機が自分で食べたい、だから店には向いてないぞ俺は。…ついでにしょうもない客なんか外に放り出しちまう質だし。」

「勿体ない気がする程度には美味しいわよ。」「そいつは良かった。」

「今、東方の料理練習なすってますよね…?俺の立場無くなりそうです。」「少なくとも朝の支度は確実に雷刃のほうが手際がいいから心配するな。」

ああだこうだ話しながら食べるのも悪くない。

結構長いこと一人で暮らしていたから賑やかなのに慣れ始めたのも最近だし、単独で静かに食べるのも好きだが、こういうのも楽しい。アドゥガンは無言を通しているが、人が話しているのを聞くのが嫌いなわけではないし、表情が無いわけでもないので彼としても楽しんでいるのは分かる。定位置のカウンター奥で立っている時は常々真顔だが、今は笑っているし。

全員が食べ終えそうなのを見てから、おまけで作っておいた奴を出してくる。水のクリスタルで冷やしておいたからぬるくなりすぎたり、溶けたりはしていない。

「うわ、なに、デザートも作っといたの?」「俺の好物は知ってるだろ?」「これ何?マロンが乗ってんだよね?」「ソーム・アル・オ・マロン。」「は?そーむ…あ…なんとかマロン?」「なんとかマロンだな。」

イシュガルド地方の高地ドラヴァニアにあるソーム・アルという山を模したというダークマロンやクリームを使ったケーキだ。どこらへんがソーム・アルを模してるのかが正直俺には分からない。実際に登ったこともあるし、外から見上げたこともあるが結局どこら辺があの山を模してるのか理解できなかった。

もしかするとドラゴン族の聖地でもある場所を食べちまう、というゲン担ぎのほうが重要なのかもしれない。イシュガルドは最近まで長いこと(だいたい千年らしい。よく飽きないな。)ドラゴン族と争い続けていたから。

全員分をテーブルに並べてやっていると、自分の食事を終えた栗丸が栗丸のは?と足元でぴょんぴょんし始める。人の動くをよく見てる奴だ。

「お前のはこれ。」

俺達が食べる奴に比べたら小さめだが、見た目はほとんど同じもの。ただし、此奴が食べても大丈夫そうな素材でどうにか作ったプチ・ソーム・アル・オ・マロン。さっき食事を置いてやったテーブルクロスの上に置いてやると、機嫌よく座り込んで食べ始める。しっかり小ぶりなディナーセットを食ったはずだが、小さい体でよく食うもんだ。

「甘いー。」「そら甘いだろうな。」

「でも美味しいわ。甘いもの嫌いじゃなくてよかったわー。」

「俺のはちょっと控えめにしてくれてます?」

「雷刃のとアドゥガンのは多少抑えておいた。俺とレンのは同じだが。」

俺は甘いものが大好物だから、レシピ通りの甘ったるいので全く問題ないが、雷刃やアドゥガンは甘さ控えめのほうが好きらしいので、控えめにしてある。彼らやレンが言うに、男とはそこまで甘いものを好まない人が多いらしい。当然のように甘いものが好物だからいまいち分からん。たまたま遭遇してきた男たちが甘いものを好まない連中だっただけじゃないのか?

「ごちそうさまー。美味しかったわ。出来心だったけど頼んで正解だわ。」「そいつはどうも。」

「俺もイシュガルド風の料理は食べたことなかったんで新鮮でした。ごちそうさまです。」「……ごちそうさまでした。」

ボソっとアドゥガンが声にしながら頭を下げてくる。彼なりに口に出しておきたい場合もあるらしい。お礼や挨拶なんかは声に出すことが多い気がするな。

「口にあってりゃなによりだが、大丈夫だったか?」「…。」

早速無言に戻るあたりアドゥガンらしいが、しっかりと頷いている。ディナーセットもソーム・アル・オ・マロンも綺麗に食べてくれたから嘘ではないだろう。そもそも彼は嘘をつくのを極端に嫌うからお世辞も言わないが。

「あ、刹さん。片づけは俺がしますんで。」

「その顔は意地でもやりそうだな。分かった任せるよ。」

既に食器を類を片付ける態勢になりながら、雷刃がこれは譲りません、と言いたげに宣言する。全く持って仕事熱心なやつだ。助かるが。アドゥガンが黙ったままながら、それを手伝い始める。それに関しては雷刃も文句は言わないらしい。アドゥガンは素材屋で使用人じゃないんだが…まぁいいか。

「あ、栗丸ごちそうさまっぽいけど。」「…クリームまみれだなお前。」

生クリームの代用に使ったのは豆腐をつぶしたやつだから、クリームまみれというよりは豆腐まみれか。どっちにしてもこれで歩き回られては困るから捕まえて綺麗に拭いておく。床に降ろしてやってから栗丸の食器も下げておこうと、下に持っていくとアドゥガンが貸してくれ、と主張するので彼に渡して任せておいた。

「そういえばまだ見せてなかったな。ほら。」

リビングに戻ってきてから、レンが作ってくれたチョコレートを見せてやる。ちょっと歪ながらドングリと栗丸である、と言うのは栗丸にも伝わったようで栗丸がいる!とぴょんぴょん跳ねだした。よこせ、とも。

「これはダメだぞ。お前の食える素材じゃないしそもそも俺があとで食う。」「前半は確かだけど、後半が大人げなく聞こえて笑えるわ。ほらほら、栗丸はこっちね。」

レンが俺の発言に笑いながら、ポケットから上等なアイアンエーコンを一粒出して栗丸に手渡してやっている。しっかり受け取って喜んでいるあたり、やっぱり彼奴はエーコンが一番好きらしい。

「栗丸にも伝わったし味もOK貰えたし、頑張った甲斐はあったわー。」

「懲りてないならまた作ると良いぞ。俺は嬉しいし。」「考えとく。」

お菓子はやめときたいかも、とレンが苦笑する。どんな状況で作ったか分からんが、本人としては大変だったんだろうな。

「しかし、雷刃があれだけ気にするとは思わなかったな。来年はどっか出かけるようにするか。」「そのほうが良いかもね。」

炊事場で片付けの真っ最中の使用人を思い浮かべつつ、そう話す。俺達としてもそんなに気を使わせたくはない。遠慮するな、と伝えたところで本人が遠慮する、と決めてしまえばどうにもならないからな。

「…っていっても来年、落ち着いていられるかって話よね。」

「…?どうした急に。」

「アンタが最近手伝ってるのドマとアラミゴ関係でしょ。絶対楽じゃないし、長引くやつでしょう。なんせ戦争なんだもん。」「…まぁ、そうだな。」

「私としてはあんまり首突っ込んでほしくない案件だからさー…。」

彼女の言う通り、最近の俺の冒険者のほうの仕事が戦争がらみだ。いや、イシュガルドの方でもそうだったが違うのは人間対人間、という点か。イシュガルドの戦争は人ももちろん多かったが、図式は人間対ドラゴンだったから少し意味合いが違ってくる。

だが今回は完全に、人間対人間の争いだ。エオルゼアの三国にもしつこく侵略戦争をしかけてきたガレマール帝国だが、彼奴らはすでにあちこちを属州にしてる。グリダニアの隣国、アラミゴなんかもそうだし、東方のオサード大陸にあるドマもまたそうだ。

俺が今、手伝っているのが、アラミゴとドマを属州から解放するための活動。俺だけではなくて、兄貴やほかの冒険者たちも大勢かかわっているし、エオルゼア同盟軍(ウルダハ、リムサ・ロミンサ、グリダニア、イシュガルドの四国の同盟だ)も乗り出しているから結構本格的に戦争だろう。

家族が戦争に携わることを、表立って本気で喜んでるやつはそんなに居ないと思うが、レンも俺が今回のに参加することを良く思っていない。

「…いやね、ドマのほうは分かるんだけどさ。アンタにも縁あるだろうし。」「まぁな。俺の一族に忍びの真似事教えてくれたのドマの連中らしいから。」「アラミゴは正直どうでもよくない?」「アラミゴ出身者がそれを言うか。」「いい思い出ないんだもんー。」

俺は東方オサード大陸の辺境出身だが、レンはアラミゴの出身だ。なのだが、彼女はアラミゴが嫌いらしい。彼女の両親はアラミゴを帝国から取り返すためのレジスタンスであるアラミゴ解放軍に居たらしいが、どちらも戦死しているそうで…どうもそのあたりの経験から、アラミゴと、アラミゴ解放軍は信用していないらしい。これは私情だが正直な所俺も、兄貴がアラミゴ関係で罪人呼ばわりされたりしたから良い印象は持っていない。

「ほっとくのは簡単だが、争いとして動きだしちまった以上、俺達にはどうにもできんのが現実だな。」

「は~全く、気が滅入るわ。…お願いだらちゃんと生き延びてよね。」

「当然だ。生きてなきゃしたいことが出来ん。」

「アンタのそういう所に正直救われるわ私。」

「これは個人的な話だが今回の行動で帝国にダメージが少しでも行くなら、俺にとっては復讐だ。」

俺の故郷、オサード大陸の辺境にあった地図にも乗らない隠れ里は帝国の連中に焼かれて滅んでる。どの部隊のどこのどいつがやったのか。それすら分からないし、生き残ったのは…たぶん俺と兄の劉ーリュウーだけ。

あと誰か生きているとしたら…故郷の情報を帝国に売った裏切り者だ。地図にも乗らない、要石で守られた場所が夜襲されたとなればおそらく内通者がいたんだろうから。ともかくそういった経緯がある。ガレマール帝国は俺にとって憎い存在だ。そいつらにダメージが行くなら、僅かであってもそれは俺にとって復讐だ。

「アンタは執念深いもんね。受けた恩は忘れないがされた恨みも忘れない。敵に回したらヤバイってマスターが言ってたけどさ。心配なんだよねえ…。」「とりあえず死ぬ気はないぞ。さっきも言ったが生きてなきゃ詰まらん。」

「死ぬ気はなくても死ぬときは死ぬでしょうが。まったくもう。」

「そう言われると反論できんな。」

お互いが苦笑いを浮かべてしまう。彼女は本気で不安だし心配なんだろう。両親だって死ぬ気なんか無かっただろうが、事実として死んでいるわけだし。どことなく泣きそうな顔のレンに、さて、何をしてやるのが良いのか。なにせ俺はあまり優しい気の利いた言葉というやつが解らない。

「…参ったな。レンに辛い思いをさせたいわけではないんだが。」

「それは承知してる。アンタ気が付いてないだろうけど十分優しいわよ。」

今日だって、いきなり話題を振ったのにきっちりイシュガルドのディナーセット作ってくれたし、今もこうして私が不安になってる話聞いてくれてるでしょ、とレンが少しばかり力なく笑う。それで優しい判定なのか?

「アンタがやると決めたことをそう簡単に止めないことくらい知ってるわよ。だから止めはしないけどさ。って、ごめんなんか湿っぽい話にしちゃって。」「いや構わんぞ。言ってくれないと分からん。不安にさせてて悪かった。」「ううん。不安になっちゃうのは私の問題だもん。」

なんとなく、確かに湿っぽい話にはなったが、しておいた方がいい話だろう。黙って我慢してるうちにレンがどうにかなっちまうほうが、俺は辛い。

なんとなく重い空気になった時、レンから受け取ったエーコンを食べ終わったらしい栗丸が器用にテーブルの上に飛び乗ってきた。

夫婦そろって、栗丸を見てしまう。どうやって登ってきた。結構テーブルの背は高いぞ。などと思っていたら突然

テーブルの真ん中でひっくり返る。真顔で。

「…。」「…。」「この子さあ。」「…うむ。」

「今の空気解っててやってない?」「俺もそう思う。」

「もー…!アンタのおかげで笑うしかないじゃん!!」

「…雷刃並みに察しがいいなお前。」

たまらずにレンも、俺も笑ってしまう。確実に今の重たい空気を察して、その上ひっくり返れば俺たちが笑う、と分かっていての行動だろう。全く敵わない。

「あーあ。うん、この話は今はいいや。今度ゆっくりね。」「そうだな。」

レンが栗丸をテーブルからつまみ上げて、このお茶目さんめ、とお腹をワシワシ撫でている。さっきの話はまた後日にして、栗丸も雷刃やらに押し付けておいてした方がいいな。

俺の大事な人の不安をそのままにしておくのは、よろしくない。が、せっかく久々に顔を合わせた日に、重くなる話をするのも無粋だろう。

「雷刃たちもそろそろ戻ってくるだろ。」

「だねえ、お茶でも淹れてくれてるんじゃない?」

「まさにお茶淹れてきました。」

「タイミングばっちりすぎじゃないの、もしかして聞いてた?」

「そんな人聞きの悪い。」

見事なタイミングで、雷刃とアドゥガンが茶器を持って戻ってきた。さっきまでの話をこっそり聞いてそうなタイミングではあったが、追及するような事でもない。聞こえちまったなら仕方がないし、聞いてなかったならそれはそれ。アドゥガンが苦笑しているのを見ると、聞いていたとも聞いてなかったともとれるが…まぁどっちでも良いだろ。

「あ、こら栗丸。お茶は熱いし毒になると困るからダメ。」

「お前いつからお茶飲みたがるようになった。箱詰めにするぞ。」「!?」 「ほんとに箱嫌いなんだねえ栗丸ってば。」

お茶を貰いながら、そこからは雑談だ。せっかく久々に顔を合わせた日、それもヴァレンティオンデーなのだ。笑って過ごしているに限る。

もう夜だが、それでも。やっぱり惚れた相手は笑顔でいてくれる方がいい。



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