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小泉今日子『厚木I.C.』特集(2003年4月)

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極東ラジオ・アーカイヴ。2003年4月放送、小泉今日子さんをゲストに迎えて宮沢和史、高野寛、小泉今日子によるアルバム『厚木I.C.』特集のスタジオレポートです。

宮沢和史と小泉今日子さんの出会いは2001年のドラマ「恋を何年休んでますか」からでした。その後、自然な形で小泉さんのニューアルバム(『厚木I.C.』)のレコーディングに参加することとなった宮沢。2人が出会うきっかけとなったドラマから、レコーディングにいたる現在までをじっくり語っています。後半は、アルバムのプロデュースを務めた高野寛も参加。

1曲目は「恋を何年休んでますか」ドラマ内で朗読されていた宮沢の「PERFECT LOVE」。


■ 「アルバムを作らないんですか?」

宮沢 ドラマってそんなに経験が無いんですけど、ミュージシャンだし、やる前は自分がやるべきかどうか考えますよね。その後のこともあるし、音楽をやっている人間として出るべきなのかなと。でも小泉さんがいて、他のキャストの方もいて、これはすごく面白そうだなっていうのがあってやったんです。勿論うまくいかないし下手くそだけど、でも終わる頃にはすごくその世界に入っちゃってて。現実と虚構の世界が少し分からなくなるっていうのは小泉さんでもあるんですか?

小泉 ありますね。時々、毎回かもしれない。連続ドラマだと3ヶ月間って長い時間がかかったり、映画でも1ヶ月2ヶ月毎日その人のこと、役のことを考えているとよく分からなくなっちゃって(笑)。終わった後に「どう戻せばいいのかな」っていうのは毎回に近いですかね。

宮沢 ドラマって本番以外のところで役者さんたちが楽しそうにやっていて、「どういう話したんですか?」とかよくインタビューで訊かれるんですけど、僕の場合はそんな余裕はまったく無くて。そんなにお話しする時間もね。

小泉 無かったですよね。

宮沢 だけど(ドラマの役柄で)お忍びで会うことが多い、堂々と会えない関係だったから(笑)、車のシーンで待ってる時に話したのが音楽の話。小泉さんがデビュー20周年ということで、「アルバムを作らないんですか?」みたいな話があって。で、なんと本当に実を結んだという感じですね。

小泉 私、あの時期あんまり音楽に対して積極的じゃない感じ、立ち位置が分からなくなっちゃったって感じで。逆に年齢と共に女優業は面白くなっていくので割とそっちに没頭している時期だったんですよね。それで宮沢さんに「レコーディングしないんですか?」って言われて、「20周年なのでベスト盤か何か作ろうかっていう話はあるんですけど」って言ったら、宮沢さんが「今歌える新しい音楽を作ったほうがいいですよ」っていうことをおっしゃって。それがすごく引っかかってたんです。それで、宮沢さんのCDとかTHE BOOMのCDとか聴きたくなって、いっぱい聴いたりしてて。同世代でがんばってる人、がんばってるというか素敵な人に会うとやっぱりやる気になりますね。そういう意味ですごくいい出会いでした。

宮沢 曲をそのあとに頼まれてすごく嬉しかったんですけど、そういう話もしてたから、こういうアイデアもあるなあって(ドラマを)撮影しながらもいろいろ思ってたんです。僕は“キョンキョン”という、みんながイメージしてる感じの小泉さんとはお付き合いはなかったんですが、ドラマでの何カ月間、僕とのシーンは限られた時間ですけど、その時間は誰よりも近くで小泉さんを見てたので、そこで見た小泉今日子さんが歌う歌を基本に作ろうと作り始めたんです。

■ ポルトガルで録音したファド「ピアノ」

曲ごとにその想い、エピソードを披露していくふたり。「モクレンの花」は宮沢が釣りにでかけた木曽地方の宿場町で見たモクレンの花のイメージから作られたそうです。

宮沢 野生の中にあるモクレンというのはすごく誇らしいんです。かといって『私、きれいでしょ』みたいな感じじゃなくて、無口な感じ。植物は無口なんですが(笑)、それがすごくかっこよくてね。そのモクレンの姿が、撮影での小泉今日子さん像と重なってこの曲を作ったんです。この曲ができたときに、こういう方向かなと、同世代として歌える歌ができたかなと思いました。

『厚木I.C.』(あつぎ・インターチェンジ)というアルバムタイトルは、浜崎貴司さんが詞を書いた「厚木」(宮沢和史作曲)という曲の影響もあるそうですが、何より(神奈川県)厚木は小泉さんの出身地。このアルバムを作りながら何か新しいことの始まりを感じていた小泉さんは、そういった「リセット感」を表すのに「厚木」と思ったそうです。そして厚木I.C.は日本で最初にできたぐるっと回れるインターチェンジだったそうで、車が集まり、そしていろんなところへ行ける、自由で大人なイメージと自分の気分がぴったりきたと話していました。

宮沢 ポルトガルのファドっていう音楽にここ数年惹かれてまして。女性に生まれてたらファド・シンガーになりたいって思うくらい感情豊かに歌うなって。で、小泉さんのアルバム制作期間が予定よりも長くなって、まだ曲が間に合うみたいな話しを聞いて、僕は女に生まれ変われないから誰かに託して歌って頂けたらいいなーという思いがあって。「ピアノ」という歌はファドっぽく作ったんですけど、小泉さんが歌ってくださるって聞いて、じゃあすぐポルトガルに行こうと。本物のファドの演奏家の音を録音したいなと思って2月にリスボンに行ってきました。本当は小泉さんも一緒に行って録音したほうがよかったかなって、行ってから思ったりして。

小泉 すごい行動力でしたよね! (東京での歌の)レコーディングの何日か前にテレビでファドの特集番組があって。それでポルトガルの歴史とか、町の空気とかに、ちょっと触れられました。歌っているときに遠くを見ながら無表情で窓辺に座っている女性のイメージが浮かびました。

宮沢 歌入れのときは僕も立ち会ったけど、やっぱりファドって難しいと思うんですよ。ドラマと一緒だと思うけど、僕の書いた歌詞は小泉さんの普段の生活と違うし。他の曲は小泉さんのイメージで作ったんだけど、この「ピアノ」はある女性像があって、それを演じなきゃいけないこともあったと思うんです。でも最初の歌いだしの時に小泉今日子の歌になっててびっくりしました。

小泉 いろんな感情で燃えたぎっていながらも何かちょっと無表情な人、そういう人がかっこいいかなって思ったんです。

宮沢 何かの感情がある時にそれをそのまま表現したら自分では気持ちいいんだけど、それがそのまま人に伝わるかっていうとまた別問題で。小泉さんは絶妙な感情で歌われるなって思いました。いい曲に仕上がったと思います。

■ 「じっくり作れたというのは何よりの収穫」 

宮沢 今、僕らの年齢で聴く音楽っていうのが探さないと無いですよね。洋楽にしても比較的ちょっと元気なかったり。あったとしても若いヒップホップだったり、下の世代が聴く音楽だったりして。僕らの年齢で聴く音楽っていうものを作りたいなと思ったし、きっと小泉さんもそういうものを歌いたいのかなーと、完成したものを聴いて思ったんです。

小泉 本当にその通りで、私が子供の頃は「大人の歌」がちゃんとあって、それにすごく憧れたような気がするんです。そういうのが今なかなか見当たらないから、このアルバムがそうなったらいいなって。昔はムード歌謡とかが流行ってたから大人の色っぽさとかに、分からないのにすごく感じたり惹かれたりしていたから。そういうものができたらいいなって思いましたけど。

宮沢和史が『厚木I.C.』に書いた4曲の中で、最初の方にできたというのが今日の2曲目「あの頃と同じ空」。「今の世代で、自分の毎日を振り返ったときにできた曲かなという感じがしています」。
3曲目は同じく『厚木I.C.』から「きのみ」。極東ラジオやFAE EAST SATELLITEでも大プッシュの永積タカシさんの書き下ろし曲です。

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後半から高野寛さんも加わりました。ますます深まる『厚木I.C.』の世界。

宮沢 レコーディング期間が長かった分、すごく冷静にできたよね。 時間をおいて聴きなおしたりして。

高野 うん。じっくり作れたというのは何よりの収穫。「あー、こうすれば良かった」っていうのが無かったからね。

宮沢 一気に作るとピリピリしてくる。火事場の馬鹿力じゃないけど「がーっ」と出すことによるいいことも沢山あるんだけど、でも今言ったようにあとで「あれちょっと平衡感覚無かったな」みたいなことも出てくるからね。

高野 若い頃はそれで突っ走る感じもありだったけど、僕らも大人といえる年代に差し掛かり(笑)、初めてこういう作り方をして。(『厚木I.C.』は)あとから聴いてもすごい落ち着いて聴ける。自分で作ったんだけど、いちリスナーになってて。

■ 「ある意味、新人気分っていうか、初めてレコーディングする気分に戻れた感じ」

本日5曲目は高野さんが作曲、BIKKEさんが作詞で参加した「Summer Calling」。演奏はナタリー・ワイズ。桜が散って、どんどん暖かくなってきた今日この頃。夏まではまだ少しあるけれど晴れた日にお散歩しながら聴いたらとーっても気持ちいだろうなーって曲です。さてこの『厚木I.C.』、実は去年の冬に発売する予定だったとのこと……。

宮沢 小泉さんのデビュー20周年ということも一応あったじゃないですか、最初は。実は去年の冬に発売予定だったんですよね。でも4月になって聴くと、どの曲もすごく今の季節なんだよね。

小泉 そうなのそうなの。「モクレンの花」もそうだし、どの曲もこれからの季節にぴったりですよね。

高野 冬に出るより今まで待って良かったなって。

宮沢 作曲を頼まれたときに、「何曲でもいいから出してくれ」って言われて。レコーディングが短期間で終わるんだったらそんなにいっぱい出せないじゃない、一度には。でも他の人が作った曲も聴かせてもらって、「こういう曲がもうひとつアルバムにあるといいな」とか、そういう判断ができたよね。

高野 アルバムの外堀を固めながらじっくり作れるっていうのが僕的にも良かったですね。

宮沢 高野君ってすごいプロデューサーだと思うんです。音楽的なことだけじゃなくて、ムードとか、全体の船の方向を決めるとか。

高野 この1年間で分かったことっていうのがいっぱいあって、だから最初の頃に録った曲と後のほうに録った曲とでは随分自分の中で確信めいたものが違うのね。このアルバムを作る中でプロデューサーとしてだいぶ一人前になったかなって、実は。

小泉 本当?

宮沢 僕は曲だけ渡してスタジオにはほとんど行ってないんです。スタジオに居て気を遣われてもなーって。きっと歌う人は神経がピリピリしているだろうし、邪魔かなって思ってすっと消えてたんですけど。

高野 いや、でもそのタイミングが結構絶妙だった(笑)。1番いるべきときに来て、聴き届けて帰ってくれたみたいな印象がある。

宮沢 レコーディングは本当に楽しかったんじゃないのかな。音を聴くと分かるんですけども。

小泉 楽しんでました。楽しかったですね。

高野 新曲が届くたびにみんなで「いい曲だ!」って言い合ってる感じ。アレンジってお化粧とか、服のコーディネートみたいなものだけど、素材がオッケーだからあんまり悩まなかったし。

宮沢 ミュージシャンも充実して、高野君の大好きな才能ある人たちが集まって。レコーディングは途中で期間が空いたじゃないですか、再開の時はまた気分も新たにっていう感じだったんですかね。

小泉 本当にそういう感じでしたね。ある意味、新人気分っていうか、初めてレコーディングする気分に戻れた感じ。詞も今回は書いてないんで、人が書いてくれた詞を歌うからより分かろうとするし、伝えたいと思うし、そういう気分にすごく久しぶりになった感じでしたね。

宮沢 そういう気分になる時って僕もたまにあって、ソロになった時とかね。「できるんだろうか」っていう不安と、ワクワクする感じ。ワクワクする感じがちょっとだけ多いとオッケーなんだよね。半分は不安なんだけどちょっとだけ、毛1本ぐらいワクワクが優ってるとうまくいく気がしますね。

■「僕もこういうところで曲を書いたりすることによって新しい自分が発見できたりとか、新しい目標ができたりするんですよ」



6曲目はナタリー・ワイズのファースト・フルアルバム『film, silence』から「風越し」。BIKKEさんと小泉さんとは長い飲み友達で、この曲にも自然な繋がりから小泉さんが参加することになったそうです。小泉さんは語り&ラップ!で参加しています。BIKKEさんと小泉さんの重なる声がとっても気持ち良い曲です。『film, silence』の発売は5月30日、『厚木I.C.』と共に珠玉の作品です。まさにその発売日と同じ5月30日には今回出演の3人(THE BOOM、ナタリー・ワイズ、小泉今日子さん)が同じステージに立つイベント“Space Shower TV Live EX vol.1”がZepp Tokyoで行なわれます。なんたる贅沢な組み合わせ! 

7曲目、『厚木I.C』に収録されている「モクレンの花」(詞・曲 宮沢和史)を聴きながらあっというまにゲストの2人とお別れ。宮沢は番組の最後にこんな風に話していました。

宮沢 今日は同世代3人だったんですけど、同世代で頑張っている人を見たり、話なんかをするとすごく嬉しくなるし自分も燃えてくるね。そういう人が周りにいるって大事だなって思いますね。年齢的にも若いフリしてやる年齢じゃないし、自分が今の時代の若い人の気分を分かってるのかなぁって疑問だしね、想像でしかないし。かといって人生経験が豊富な、酸いも甘いも吸い尽くしたって年齢でもない。これからたくさん色んな出来事が自分に降りかかってきて、それを乗り越えて初めて人間ができるんでしょうから、非常に微妙な位置だなって思うんですよね。でも、だからこそ今、何かを夢中になってやっておかないといけないなっていうか、ここで今、無駄な時間を過ごすと魅力的な人になれないのかなというふうに思っていて、頼まれた曲も全力投球で書いていますし、今やれることをやっていこうと思っています。高野君もさっき小泉さんのレコーディングをきっかけにプロデューサーとして一皮むけたみたいな話をしてくれたけど、僕もこういうところで曲を書いたりすることによって新しい自分が発見できたりとか、新しい目標ができたりするんですよ。だから人との出会い、一期一会を無駄にしないで、それをきっかけに自分が交流をしていきたいなって今日は特に思いました。

2週に渡って小泉今日子さんをお招きしましたがいかがだったでしょうか。MIYAは小泉さんに「是非また音楽を一緒にやりましょう。レコーディングは勿論ですけど、ステージでも」と言い、小泉さんはその言葉に対して「ぜひ!」と力強く返しました。5月30日のライブも楽しみですが、これからも魅力的な大人たちの交流が深まって、またいつか新しい音が生まれるのかと思うとドキドキします。

※今回のテキストは「極東ラジオ」のアシスタント、フーコによるものです。

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宮沢和史が提供した「モクレンの花」と「ピアノ」は、自身のセルフカヴァーアルバム『SPIRITEK』(2004年)に収録されていて、アルバム特設サイトには小泉今日子さんによるコメントも掲載されています。

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