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懲りない多重下請け構造の日本のIT

1998年に設立した最初の会社はソフトウェアの開発会社だった。学生のバイトでやってた仕事が面白くなってそのまま法人化したような会社で「頼まれればなんでもやりまっせ!」というノリの会社だった。

創業してすぐにその当時の知り合いのつてで、国家プロジェクト的な仕事をもらった。やりがいのある仕事ではあったが取引関係がカオスだった。発注者は国の研究機関。そこから、誰でも知っているような有名な会社が元請けして、プロジェクトを実質取り仕切る子会社(SIer)から弊社まで知らない会社が2社噛んでいた。

国(発注者)

誰でも知ってる大手メーカー(元請)

大手メーカーの子会社(SIer)

中堅SIerだけど実質派遣会社

その派遣会社の元社員が独立した会社

弊社

SIerとはSystem Integratorの略で要はITゼネコンの事である。何故かSIorではなくSIerと綴る。この時点で既に教養レベルの低さを感じざるを得ない。

この取引構造で弊社は5次請ということになる。この中で実質ソフトウェア作成に人出しているのは 大手SIerの子会社 と 弊社のみ。あとは契約書類のみのやりとりで間を取っていく中間搾取会社である。

会社の信用がなさすぎてアカウントが作れない」これが当時大手SIerの子会社の課長から言われた言葉だった。当時はそんなものかと渋々ながら納得していた。

SIerが建設業界のゼネコンと違うのは、実態がわかりづらいという事である。建設業であれば、現場があってそこで作業員の作業内容を一望することができる。ITで全エンジニアの作業を把握するのは至難の技だ。2002年ある時事件が起こる。某宗教団体への国家機密漏洩の事件である。

この事件は、管理部門の怠慢が原因でサプライヤーの管理が出来なくなって起こった事件だと思っている。人の信用にケチつけているうちに、自分の信用失ってるんだから救いようない

この事件、直接我々は関係なかったが業界全体が無意味な多重下請取引の構造を見直そうという機運になった。あんだけ「信用がない」などと渋っていたSIerがあっというまに契約を組み直し、結局弊社の上にいた2社が外されこのような感じに組み変わった。「やればできんじゃん」。

国(発注者)

誰でも知ってる大手メーカー(元請)

大手メーカーの子会社(SIer)

弊社

随分改善されて仕事もしやすくなった。たまたまこの時期、自社で開発してた広告関連の製品がヒットして、その関連の仕事にシフトしたせいで我々はSIer関連の世界からは離れて行った。

それから約10数年後。紆余曲折あって自身はデータセンター関連の仕事にシフトしていた。そんな時、別の大手SIerからインフラ関連の開発にトラブルがあって手伝って欲しいというオファーをいただいた。発注はこれも誰でも知っている有名某メーカー。「お役に立てるならば」と話を聞いているうちに、いざ契約という段で、また先方担当者から久々にあの言葉を聞いた。

取引口座は新しく作れないから???社を通して取引してほしい

実際はもうちょっと婉曲的な表現だったと思う。しばらく離れて改善すると思われたSI業界の体質は10年前と全く変わってなかった事に驚いた。案件は紹介者のとりなしも無視してその場でお断りした。

日本の懲りないSIerの末端は遠くベトナムにまで触手をのばし「ラボ」として今も徒花を咲かせている。ますます制御不能になっている業界に次はどのような激震が走るのか?他人事ではなく恐ろしい。

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