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前代未聞偏屈珍事

人と全く同じことをして褒め称えられるのが
一番難しいんじゃ!このバカたれども!

血反吐も吐かんうちに結核だの何だのと
大騒ぎするからワシは病院など行かん!
医者共をこれ以上儲けさせてどうする!

これは昭和初期生まれ
私の主人の決まり文句にございます。

主人は自他共に認める変わり者。
いかに人様と同じでない自分であるかを
追求するような生き方を好んでおります。

消耗品である靴下を履くのは葬式時のみ
真冬でも素足にサンダル履きで散歩致します。
時計は自宅にいる時でも両腕に着用しております。
爪を切りました後には爪の切り口が気になるのか
丁寧にボンドで固めてゆくのも日常の事にございます。
唯一の趣味は海釣りにございますが
魚は一切口に致しません。

変わり者には幾つか共通点でもあるのでしょうか
主人の偏食はひどく、体は痩せ気味、色盲で潔癖症。
酒を好み、毎晩飲まれては潰れておりましたが
何を思ったかある日突然やめると言いだし
それきり一切口に致しません。
それもまた主人の変わり者自慢の一つとなりました。

混雑を嫌うため、外出時の道順も必ず同じ。
三十九度の発熱で止む無く病院へかかる際にも
敢えて評判の良い病院は避け
誰も寄り付かないヤブ医者を訪れるのでございます。

変わり者とは寂しい者。
主人はまさに寂しい者にございました。

素より変わり者だった事もあり主人が認知症を
発症している事には長い間気付けずにおりました。

「嫌われ者世にはばかる」と自らを笑っていた主人が認知症に。
まさかと思ううちは滑稽にさえ思えたものでした。

認知症になった所で病院嫌いが変わる事もなく
早々に帰りたがる為MRIも撮影出来ない有様でございました。
忍耐強いと言われ育った私ですが
主人の認知症と対峙し、悲しみなどという感情は直ぐに去り
ただ呆れ苛立ちの募る日々が過ぎてゆくだけでございました。
主人はもう変わり者でも何でもない
ただの認知症患者となったのです。
もう無理だと限界を感じた頃、主人が脳溢血で亡くなりました。

一人仏壇の前に座る時間が日に日に長くなり
ある日、はたと気付いたのでございます。

私の偏食も酷いもので、医者には痩せ過ぎだと指摘されており
似た者夫婦だとよく言われていた事なども思い出し
あの困り者の主人と共に暮らしてきた私もまた
十分な変わり者ではなかろうか……
そこまで考えが及ぶと自分が恐ろしくなるのです。

変わり者とは寂しい者。
私もまたその一人なのでございましょうか。

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