風都探偵

『風都探偵』を読めば、いつでもあの街の風を感じられる

 気づけばもうコミックスも第6集。突然発表されたコミックとしての正統続編、三条陸による脚本と寺田克也によるドーパントデザイン、コミック的なアレンジが施されたキャラクターたちが紙面で活き活きと活躍する様を見て、第1話を読んだ時は思わず落涙してしまった。媒体は違えど、まごうことなき『W』の世界が再び動きだし、今では新刊が発売される度に心が沸き立つのを抑えられなくなってしまった。

小さな幸せも、大きな不幸も、常に風が運んでくる風の街・風都。翔太郎とフィリップはその風都で鳴海探偵事務所に所属する私立探偵である。「街を泣かせる悪党は許さない」というふたりの元に、今日も数々の超常的な事件が持ち込まれる…!!(引用元

 事情を知らない方がコミック1集を読めば、上記のあらすじと実際の本編のギャップに驚くかもしれない。いや、このあらすじは何も間違ってはいないのだが、本作の肝心の部分が伏せられている。本作『風都探偵』は、実は仮面ライダーの漫画なのだ。しかも、すでに完結した作品の続編、という立ち位置のため、一見さんにはやや解説が必要な作品でもある。

 簡単に説明すると、本作は2009年に放送された特撮番組『仮面ライダーW』の正統続編。番組のコミカライズではなく、TVシリーズやそれに付随する劇場作品のさらにその後を描く、原作スタッフ監修の公式続編なのだ。

 平成ライダー11作目にあたる『仮面ライダーW』は、「二人で一人の探偵で、仮面ライダー」がテーマであり、主演を務めたのは桐山漣と菅田将暉。人間を「ドーパント」と呼ばれる超人に変化させる「ガイアメモリ」なるアイテムが密かに流通するとある街を舞台に、私立探偵を営む左翔太郎フィリップの二人が様々な依頼をこなしつつ、人知れず街の悪を倒す正義のヒーローとして闘う姿を描いた。日曜朝放送のヒーローものながら探偵とハードボイルドという一見不似合なテーマを内包しつつ、バディものとしての醍醐味や少年漫画的なアツい展開で幅広い層を熱狂させた、今でも人気のシリーズである。

 そんな本作の舞台は、至る所に風車がある風の街「風都」であり、そこに事務所を構える探偵の物語だから『風都探偵』なのだが、背景を知らねばこのリンクに気づくことなく、突然ヒーロー漫画にシフトしていく展開が不可解に思うかもしれない。だが、「わかっている」人にはもうたまらない、ファン垂涎という言葉では収まらないほどの多幸感を味わわせてくれる。

 この『W』という作品、平成ライダーという枠組みから俯瞰して見たときに、よく「完成度の高い」という印象を受けることがある(作品として最も優れている、という意味ではない)。撮影現場の状況やスポンサー商品である玩具の宣伝といった事情もあり、良くも悪くも「ライブ感」が持ち味の平成ライダーにおいて、ストーリーの展開やアイテムの設定、キャラクターの動向に至るまでが細かく組まれ、探偵ものの肝であるミステリー要素もわかりやすいヒントを散りばめつつ時に意外性があったりと、作品の面白さや整合性を担保する地盤がとても強固なのだ。また、TVシリーズと並行して製作された劇場版や、完結後に発表されたVシネマや小説においても作品間のリンクを徹底しており、特定の街を舞台にするがゆえの箱庭感が増す上に、作品間の違和感や矛盾がないというのはオタクとしてストレスが少ない。『仮面ライダーW』という作品はまるで緻密なパズルのように、いろんなエピソードや設定同士が無駄なくきっちりハマることに、一種の快感のような視聴感さえ抱かせてくれる。

 その拡張性の高さがあったからこそ、本作『風都探偵』も違和感なく『W』の一部として組み込まれ、映像作品と地続きの感覚で読めることが、何よりも嬉しい。原典のプロデューサー・脚本・クリーチャーデザインが揃ったからこそ成り立つ完成度に、毎回惚れ惚れしてしまうほどだ。

 例えば台詞一つとっても、「翔太郎はそういう言い回しをする!」「ここでフィリップが皮肉屋な台詞を言う!」といった風に、そこに慣れ親しんだキャラクターがいると錯覚するほどに、『W』の演技のアンサンブルを完璧なまでに紙面にトレースしているのだ。再現度が異次元すぎるので、ついつい桐山漣と菅田将暉の声で脳内再生してしまうのだが、それを読み手に促す完成度は並のものではない。恐るべし三条陸、彼の脳内では『W』は未だ現行タイトルである。

 『W』そのものを漫画に置き換えたのは、作画担当の佐藤まさき。ダブルはフォームを変えるごとに色が変化するのだが、カラーページでもない限り漫画という媒体とは相性が悪い。だが、フォームごとの武器や属性に合せたアクションなどで、読者が脳内補完をする余地を与えてくれているし、同じ必殺技でも映像作品とは異なる表現で描かれることで、新鮮味が感じられるのも見どころだ。

 人間のキャラクターについては実際の演者をそのままトレースする方向とはやや異なるも、漫画ならではの表現も乙なものだ。菅田将暉が歳をとるほどに再現が難しくなるフィリップの中性的な魅力は、演者の都合を度外視できる漫画なら思う存分発揮できるし、どう見ても松田優作ライクな漫画版の翔太郎は、むしろ番組の企画段階のイメージに立ち返ったという意味で100点満点だ。その他のTVシリーズおなじみのキャラクターも続々登場し、風都の街が時を刻み今でも生き続けていることを実感させてくれる。

 一方、漫画媒体ならではの表現がたくさん織り込まれている点も見逃せない。日曜朝のTV番組では不可能な女性の裸体の描写であったり、技術的・予算的にもハードルの高い巨大ドーパントが街を破壊する表現があったりと、実写作品を撮る上での様々な制約から解き放たれた媒体ゆえに可能な表現で、『W』に新たなスパイスを加えているのだ。また、TVシリーズではあえて有耶無耶にされてはいたが、ドーパント犯罪では時に死人が出ることもあり、そういった一面から逃げずに描けるからこそミステリーとして今一歩深い表現が可能となっている。その証左としてコミック3集では「豪雪に閉ざされた洋館での殺人事件」というミステリー王道の題材が選ばれ、仮面ライダーというジャンルとそれが自然に融合した本エピソードはコミックならではの発明と言っていいだろう。

 『W』の映像作品を構成するテンポや世界観を紙面に落とし込みながら、漫画ならではの表現を貪欲に取り込み、安心感とフレッシュさを読者に届ける。このバランス感覚こそ『W』なのだ。前作が平成ライダー10周年のお祭り企画『ディケイド』であったがゆえに今一度王道に立ち返りつつ、新たな10年を踏み出すスタートダッシュとしての気概に満ちた『仮面ライダーW』という番組。その続編に漫画媒体を選んだのは、この上なく筋が通っている。連載開始前に不安を抱いた態度が、もはや恥ずかしくなるほどだ。

 前述の通り、コミックスも6集まで発売され、新たな敵の正体も少しずつ明らかになってきた。物語は鳴海探偵事務所を訪れた人々の依頼を探偵として調査しつつ、全編を貫く縦軸として翔太郎の助手を務めることになった謎の美女「ときめ」の失われた記憶と、新たな組織「街」が配され、謎が謎を呼ぶ展開でページをめくる手が止まらない。

 ミュージアム亡き後に台頭する、新たなガイアメモリ犯罪集団。彼らが拠点とするは「裏風都」なる異空間であり、都市そのものが敵であるというスケールもまた新しい。その謎とも深く関わるときめは翔太郎との間でほのかな男女関係の芽生えを予感させつつ、その両者がジョーカーメモリに呼応するという展開には驚かされた。適合者を一種の超能力者へと変化させる、ガイアメモリの新たな魔力も見逃せない。

 また、コミック6集ではあの「ビギンズナイト」が新たな視点で描かれ、より深みが増していくのがたまらない。吉川晃司が演じたハードボイルドの体現者・鳴海荘吉が、コミックでも渋み120%の睨みを利かせるシーンは、思わず鳥肌が立つほど。前述の「緻密なパズルが綺麗に組みあがっていく」という意味でも、本編で描かれなかった空白を丁寧に描き新たな意味合いを添えてくれたことに、感謝の想いでいっぱいだ。

 大好きな作品の続編が作られ、しかもそれが過去作品を蔑ろにしたり矛盾を生むことも無く、違和感なく調和した上で「正統続編」であり続けてくれること。まったく、こんな幸せなことがあっていいのか。作り手にとっても、ファンにとっても想い入れ深い『仮面ライダーW』の世界が、媒体を変えながらも生き続け、そこにあるということを信じさせてくれる。今でもコミックスの表紙をめくれば脳内で「W-B-X 〜W-Boiled Extreme〜」のTVサイズが流れ、作中の台詞がキャストの声で脳内再生される。この読書感を楽しめることそのものが本作の完成度の高さを物語っているし、私のような一介のファンはそんな奇跡をリアルタイムで楽しめることに、ただただ感謝するしかない。風都はいい風が吹く。その風といつでも再会できる『風都探偵』は、きっと人生の中で何度も読み返すことになるだろうと、確信しているのだ。


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