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映画『翔んで埼玉』に集う、3次元をマンガの世界に変える男たち。

 「顔がいい」とは語彙力を失った限界オタクの、推しを崇める表現として私もつい使ってしまう思考停止ワードなのだが、世の中には顔の良さが物語を牽引する説得力と化すフィクションが存在する。その最新系が、まさかの週末の興行収入ランキング1位獲得を果たした映画『翔んで埼玉』だ。

 『パタリロ!』で知られる魔夜峰央の同名漫画を原作に、『テルマエ・ロマエ』の武内英樹監督がメガホンを取った本作。『テルマエ・ロマエ』といえば、古代ローマ人の浴場設計技師が日本にタイムトラベルすることで生じるカルチャーギャップを描いた作品で、主人公のルシウスを演じたのは阿部寛だった。その濃い顔を全面に活かしたキャスティングで、マンガを実写に置き換えた際の違和感を払拭し、むしろ笑いに変えるだけの勝算があったからこそ、映画化に踏み切れたのだろう。それと同じ戦略が、本作にも働いているような気がしてならない。

 東京の名門学校を舞台に、生徒会長にして東京都知事の息子である壇ノ浦百美を演じるのは二階堂ふみ。金髪のウィッグを身につけ男性役を好演し、元のお顔を思い出せなくなるほどのインパクトを残している。そんな百美と耽美的なロマンスを繰り広げる麻実麗を演じるのが、ご存じGACKT様。語学堪能な帰国子女で、その見目麗しい見た目から女子生徒を虜にしていくが、実はその正体は「埼玉解放戦線」のリーダーだった…という現実離れにも程があるキャラクターを演じている。しかし、この「現実離れ」を現実に出力する力を持つGACKT様がいたからこそ、この映画化が成り立ったと言っても過言ではない。

 御年45歳だというのに高校生役、しかも超がつくほどの美少年を演じるというのは本来かなりのプレッシャーを伴いそうなものだが、GACKT様にかかれば朝飯前なのか、むしろ楽しんでいる様子すら本編から伝わってくる。長いローブを完璧に着こなす立ち振る舞いは流麗で、何も入っていないビンをテイスティングする姿さえ美しく、どこかの王子様を観ているような錯覚に陥る。麻実麗というキャラクターは、GACKT様の容姿と声、そして観客のパブリックイメージによって血肉を与えられ、実写映画の世界に顕現した。まさしくGACKT様にしか演じられない、GACKT様だったからこそ可能になった神の所業。このぶっ飛んだ世界観に違和感を覚えなくなったその瞬間から、作り手の手のひらの上で踊らされていたのだ。

 その脇を固めるキャストも豪華絢爛で、大晦日の某番組よろしく「あの大御所があんなことをするなんて」という笑いに満ちている。中尾彬、武田久美子、麿赤兒、竹中直人…。彼らが重厚な演技で、いたって真面目な態度で埼玉をディスる度に、シュールな笑いが生じてくる。そんな中、伝説の埼玉人として写真出演を果たした「あの人」の登場は、全国ネット番組でも大々的に取り上げられていたためか、埼玉以外の地域でも爆笑をかっさらっていると聞く。

 そうしたキャスト陣の中でGACKT様に次ぐナイスアクトを魅せたのは、やはり伊勢谷友介。壇ノ浦家に仕えるめちゃくちゃ顔の良いバトラーは表の顔、しかしてその正体は「千葉解放戦線」のリーダー・阿久津翔。執事の黒衣装を脱ぎ捨て、大漁旗を服として着込むという、これまた一癖あるキャラクターなのだが、何せ本人が真面目に演じてしまうので、これまた説得力が生じてしまう。初登場からムダに色気ムンムンのキャラクターで、あの独特の低音ボイスで「キサマ埼玉だな?」とか言われると、思わず頷きたくなってしまう。ついにはGACKT様との濃厚なキスシーンまであり、劇場ではリアルでため息が漏れる有様。魔夜峰央が描く耽美的な世界をやや強引に飲み込ませてしまう伊勢谷パワーに、ただただ圧倒される。

 『跳んで埼玉』リアリティを支えるもう一人の名優が、京本政樹。十八番の時代劇テンションが、このトンデモ世界と実にベストマッチで、登場するだけで面白い。GACKTと京本政樹が同じカットに存在するだけで、日本の美の最高峰が並び立つ凄まじい映像が見られる。

 まるで宝塚歌劇を観ているような、美しい男たちが奏でる幻想的な世界。作品のリアリティを現実から一歩浮きだたせることで、極端な設定の世界観は違和感なく飲み込むことが出来、郷土ディスや郷土愛は現実に持ち帰って笑いや感動に変えることができる。フィクション度のバランス調整が的確だからこそ、腹を立てることなく笑って鑑賞できる一本に仕上がったのだろう。

 埼玉に住んだことはおろか訪れたことさえないが、十二分に楽しめた。そのことは全国での大ヒットが証明しており、本当に劇中の埼玉ポーズが流行化するのではないかとさえ思ってしまう。恐るべし日本埼玉化計画。

予習

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