『シェイプ・オブ・ウォーター』に宿る慈しみの心。

 第90回アカデミー賞授賞式が近づき、ノミネート作品の公開ラッシュが続く今、我々日本人が率先して観るべき作品といえば、デル・トロ先生の最新作であることに異論はないでしょう(?)。古くはユニバーサルのクラシック・モンスター、あるいはニッポンの”KAIJU”に魅入られ、常に異形の者たちへの愛をフィルムにしたため続けた、愛すべきオタク監督。そんな彼が『パシフィック・リム』の続編を断り、私財を投げ打ってでも世に送り出したかった、という触れ込みの本作、観ないわけにはいきませんよね。

政府の研究施設で清掃員として働くイライザは、研究所に運び込まれた不思議な生物を目撃する。アマゾンで神として崇められていた“彼”に心奪われたイライザは、秘密裏に交流を重ね意思の疎通を果たす。そんな矢先、“彼”に生物解剖の命が下ったことを知ったイライザは、“彼”を研究所から救い出すことを画策する。




愛の形は見えなくとも。


 本作にまつわる監督のインタビューで特に印象的だったのが、『美女と野獣』が好きではない、という発言でした。「人は外見ではない」と訴えつつも、最後に野獣がハンサムな王子の姿を取り戻すハッピーエンド。ならばデル・トロはどんな『美女と野獣』を作るのか、これこそが本作を読み解くテーマになると考えます。

 主人公のイライザは声を発することが出来ず、それこそディズニープリンセスのような、誰もが見惚れる美人とは言えない中年女性。毎日決められたルーティンで朝の“日課”をこなし、バスで職場に行き、隣人とパイを食べる。そうやって日々を生きてきました。

 そんなイライザの前に現れた王子様=半漁人の“彼”は、イライザの人生に大きな変化をもたらします。互いに声を発することが出来ないからこそ、手話や音楽で繋がりあう二人。異なる種族の二者の間で、確かに絆が生まれる瞬間、そのときめきに似た何かを予感させる交流シーンを境に、イライザのルーティンは崩れ、彼女の衣服も鮮やかな赤色に変わっていきます。冷たく硬質な、色のない研究所とのコントラストも印象的で、イライザの生の喜びを台詞ではなく映像で描く、映画的演出に溢れた名シーンです。



 しかし、“彼”はおとぎ話の住人ではなく、人外であることは覆りません。どんなに想いを寄せても、どんなに奇跡を望んでも、人間の形で現れることはありません。その上、言葉も通じ合えず、世間に知られれば好奇の目にさらされ、殺されてしまう危険性を孕んでいます。二人はこの世界で生きていくには、乗り越えていくハードルはあまりに高い。

 それでも、二人の中で芽生えたものが「愛」だとするのなら、それは容姿や種別に左右されない、互いの「ありのまま」を受け入れる気持ちのことを指すのではないでしょうか。人間社会の規範や世間の目を超え、目の前の他者の存在を肯定し、想うこと。同じ種族でありながらも性別や肌の色で時に断絶してしまう、そんな社会を生きている私たちにとって、これほどに純粋で尊く、同時に極めて難しい「愛」の形を、デル・トロ監督は世界に訴えかけようとしています。水の形(shape of water)が一定でないように、形(形式、と言い換えても良い)に囚われない人と人の結び付きを賛歌する作り手の目線を感じるエンディングが印象的です。




のけ者たちへのメッセージ


 本作がイライザと“彼”の間で生まれた愛を物語の主軸としつつも、本作は他にもさまざまな愛に満ちていました。

 例えば、モンスター映画というジャンルへの愛。いわゆる怪獣映画とは少し異なる、異形の存在が登場する怪奇映画を彷彿とさせる演出が随所に盛り込まれていたり、マイケル・シャノン演じるストリックランドも、どことなく古き良き怪奇演者のテイストを交えたキャラクター造形に思えます。54年公開の『大アマゾンの半漁人』の二次創作(半漁人と女性が結ばれる別エンディング)を6歳の頃から想像し続けたデル・トロ監督の、ジャンル愛に満ちた渾身の一作が『シェイプ・オブ・ウォーター』なのです。

 また、イライザの周辺人物も、様々な事情を抱えています。黒人であること、ゲイであること、女性であること…。冷戦下のアメリカで実際に起きたであろう、そして今現在でも残る、社会的に弱者、マイノリティーとされる人々への差別。これらは、この現実社会を生きる我々が「ありのままを受け入れる」ことを未だ実現できていない弱さから生じるもの。イライザが種別を超えた愛を育んだように、私たちもその人の見た目や立場を超えた、本質を見抜いて他者と分かり合っていく必要があるのではないか。決して容易いことではありませんが、本作を観た人の意識が変わるのなら、“のけ者”として苦しんでいる人の誰かが救われるかもしれない。果たして、作り手の意図するところがこの点にあるのか定かではないのですが、本作に宿る世界の片隅に生きる“誰か”への優しいメッセージが、たくさんの人へ届くことを、願っています。




 どこまでも美しく、時に残酷で、愛おしい一作。現実とファンタジー両方の側面で切り取ることのできる奥深さと、モンスター映画そのものへの深い愛情を感じさせる、まさしく集大成に相応しい一作。特に“水”の音響効果が素晴らしく、随所までこだわりを感じさせるフェティシズム要素もありますので、ずっと心から抜けない針のように余韻が残り続ける、そんな大切な作品になるのではないでしょうか。

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