見出し画像

求めたのは、誇りを抱いて生きられる強さ『甲鉄城のカバネリ』

 劇場版の公開が目前に迫る今、『甲鉄城のカバネリ』を見返した。美樹本晴彦のデザインそのままに映像で躍動するキャラクターたち、澤野弘之が手掛ける劇伴や主題歌、『進撃の巨人』の荒木哲郎によるスペクタクル満点の画作りなど、TVアニメとしては異例の豪華さ。全編に漂う豊かさの風格に、観る度にうっとりさせられてしまう。

 ジャンルとしては、「ゾンビもの」にスチームパンクの要素を融合させたものにあたる。鋼鉄の被膜に覆われた心臓を持ち、噛んだ人間を同族に変える生きる屍ことカバネに覆い尽くされた世界。生き残った人類は「駅」と呼ばれる砦を築き、駅同士を行き来する蒸気機関車での物々交換によって、なんとか生き永らえていた。

 そんな世界で、カバネから逃げて生き延びることを良しとせず、対カバネ研究に勤しむ少年・生駒が住む駅が、突如カバネの侵入を許し人々の安寧は崩れ去る。ついに自分の発明でカバネを倒すことに成功するも、生駒自身もカバネに噛まれ、ウイルスが脳に到達することを自己流でせき止めた結果、人とカバネの狭間にある者「カバネリ」となってしまう。自己の変化に戸惑いつつも、生駒は同じカバネリの少女・無名と出会い、甲鉄城と呼ばれる機関車で幕府の要所である金剛郭を目指す。

Amazon Prime Video、Netflixにて配信中

 ゾンビものといえば面白さがある程度保証されている反面、結末に苦慮しやすいジャンルでもある。全世界に無数に繁殖したゾンビを主人公や特定の組織が一匹残らず駆除するには到底難易度が高く、ご都合主義的に治療薬を発明したところで視聴者を拍子抜けさせてしまう恐れがある。だからこそ一応の完結を迎えるためにはゾンビとは別個に悪役を用意する必要があり、それはたいていゾンビ発生に関わった企業であったり、秩序の混乱を招こうとする破壊者である。本作でも、討幕を目論む将軍家の子・美馬が中盤から登場し、その支配から甲鉄城や領民の命を取り戻すことを目的に終盤の物語が描かれていく。

 当初この結末について、やや尻すぼみに感じたことがあった。第7話で描かれた通り、生駒の目標はカバネを全て駆逐して畑を取戻し、無名=穂積をカバネリから解放し、お腹いっぱいお米を食べさせることにある。亡くなった無名の母親がその名にこめた願いを汲み取り、無名を闘いの場に駆り出した”兄様”への恨みを募らせる。自らの臆病ゆえに見殺しにしてしまった妹を無名に重ね、次こそは見捨てないと決意を固める生駒の姿はヒロイックだ。

 しかし、最終回では美馬の打倒と無名の奪還までしか語られず、中盤で設定された目標であるところの「カバネを駆逐して無名を人間に戻す」については何一つ前進していない(白血漿と呼ばれる治療薬的アイテムの存在が明らかになってはいる)。甲鉄城に帰り着くエンディングは劇伴の効果もあって感動的だが、続編の製作が知らされるまでは夢の成就が果たせないままタイトルごと忘れられるのではないかと不安になったほどだ。このアニメを観た人なら誰だって、穂積ちゃんがお米を食べるシーンを観るまでは満足して終われないだろう。

 それでも本作が熱く血が滾る作品に仕上がっているのは、主人公である生駒の成長に描写が割かれ、彼が弱さを克服する過程をじっくり描いたことにある。実は、1話開始時点の生駒の目標、無名と出会う前に自身で打ち立てたそれは間違いなくTVシリーズ本編で完遂されている。それは、「俺の誇れる俺になる」というもの。

 生駒の敵とは本質的にはカバネではなく、カバネと闘うことから逃げ駅に閉じこもる人々の在り方であり、そして妹を見捨てて逃げ出した自分の弱さである。それを克服するために生駒はカバネを研究し、カバネと闘う武器と方法を編み出している。カバネから逃げ出さず闘うことが出来た時点で、彼は己の弱さを克服していたのだ。そして、「噴流弾」と呼ばれる特殊な銃弾やカバネの金属皮膜を用いた刀を造りだす技術を持ち、それによってカバネリにならずとも人々がカバネに抗う力を提供している。生駒は持てる武器と技術で自身を鼓舞し、周りに伝播する力を持った人物だ。この絶望的な状況下において、生駒は革命をもたらす救世主である。

 対する美馬は、最後まで臆病を拭い去れきれなかった人物。父・興匡の臆病によって切り捨てられ、弱き者は死ぬと無名に説いてきたものの、最後の闘いで自身の怯えを自覚する。

 親友の逞生の死を目の当たりにし一度は戦意喪失する生駒だったが、無名がヌエの心臓部として捧げられ命の危機に瀕していると知り、自ら黒血漿(ウイルス)を打ち込み、己の命を燃やして無名を取り戻すべく再起する。無名を見捨てたら、もう二度と立ち上がれなくなる。かつての弱い自分を振り払い、身命を賭して闘いに挑む生駒。己の弱さと向き合えなかった美馬と対立する終盤の構図は、綺麗なほど上手くまとまっている。美馬を倒し無名を取り戻すことで、生駒の精神的成長が真に果たされるのだ。

 そしてついに、待ちに待った最新作『海門決戦』が5/10から劇場公開、あるいはNetflix、Amazon Prime Videoにて独占配信される。これまでに公開されている特報や予告編を観る限りでは、無名が何らかの事情で単独行動を行う局面が予想される。精神的に成長した生駒では新たな葛藤のドラマを創り出せず、次の試練を迎えるのは無名や甲鉄城の人々。とくに、幼さゆえに無垢な過ちも犯してきた無名の成長がメインに描かれるものと思われ、今から期待が高まっている。この劇場版からその先へ、農地を取戻し笑顔でご飯が食べられる日まで、甲鉄城の旅は終わらない。


この記事が参加している募集

コンテンツ会議

いただいたサポートは全てエンタメ投資に使わせていただいております。