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『ゾンビランドサガ』を観て佐賀県に嫉妬した福岡県民の感想。

 前回の『ぼくらの』に引き続き、薦められたものを臆せず摂取する案件です。『ゾンビランド』と言えばウディ・ハレルソン主演作を思い出すところ、まさかの「佐賀」なるトッピングを付け加えた本作、おれも一応九州人やけん、観とかないかんち思ったっちゃんね。そしたらえらいよかったとよ。ちょっと泣けたけんね。

2008年、佐賀県に住む高校2年生の源さくらは、東京のアイドルオーディションを受けようと決意し、応募書類を片手に登校しようと自宅を出た途端、軽トラックにはねられ死んでしまう。
それから10年後の2018年、とある洋館で目覚めたさくらは、突然ゾンビの少女たちに襲われて外に逃げ出すが、自身もゾンビと化していることに気付く。困惑するさくらの前に現れたアイドルプロデューサーを名乗る謎の青年・巽幸太郎は、とある目的のためにさくらたちを蘇生させたと語る。その目的とは、存在自体が風前の灯火となっている佐賀県の認知度を上げるべく、ご当地アイドル企画「ゾンビランドサガプロジェクト」を立ち上げること。そのメンバーに選ばれたさくらは、同じくゾンビとして蘇った二階堂サキ、水野愛、紺野純子、ゆうぎり、星川リリィ、山田たえの7人でアイドルグループ「フランシュシュ」を結成、様々な活動に励んでいく。

 実際の内容と乖離はないはずだが、書いてて何とも不安な気持ちになってくるアニメ『ゾンビランドサガ』は、もう何から何までぶっ飛んでいる。開始1分半で主人公が車に撥ねられ死亡する衝撃の幕開けから始まり、常軌を逸したテンションの巽幸太郎の登場、ゾンビがアイドルという企画の突拍子の無さ、屍の少女たちとたった一人自我を取り戻したさくら7人の即席ライブ…と、これでもかと情報量の多い1話で幕開けとなる。「死者蘇生」という現実離れした技術が2018年の日本に存在するだけでも凄まじい設定だが、よもやそれがアイドルプロジェクトに用いられるとは、なんという無駄遣い。しかし、「佐賀県は存在自体が風前の灯火」という巽の言については、思わずこちらもヘトバンで頷くほどのリアリティがある。さすがは全国魅力度ランキング44位。

 緑は多いし住みやすいんだぞ!!

 佐賀県を救う新生アイドルグループ「フランシュシュ」のゾンビたちもまた一癖ある人選(死体選?)で、レディースの特攻隊長サキ、天才子役リリィ、幕末から明治を生きた花魁ゆうぎり、あと何かよくわからん山田たえが揃う。時代も年齢も職業も統一感のない、なんで彼女たちが選ばれたのかも当然説明はない。このイカれたパーティの中で一見埋没しそうなさくらも、突然ラップ魂に目覚めたり、あと記憶を失っていたりする。どれもキャラが濃すぎる。

 そうした尖ったメンツの中でも優等生枠が、「伝説のアイドル(昭和)」と「伝説のアイドル(平成)」こと、純子と愛。さすが本業なだけあってプロ意識も強いのだが、互いのアイドル観の相違ゆえに対立することも。二人のメイン回である6~7話は大傑作。

 プロフィールに没年が載るという殺伐さ溢れる本作は、その実肩の力を抜いて楽しめるコメディだ。巽がどこからか持ってきた仕事に7人が挑み、数々のトラブルに直面しながらも何とかそれらをこなし、佐賀県のPRに貢献していく。彼女たちはアイドルとして未熟であり、そして何よりゾンビである。しょっちゅう首とか腕が取れるし、山田たえはいつも何かに噛みついているので、常に放送事故な絵面が続く。そうした描写にグロテスクな印象はなく、登場人物がゾンビであるがゆえのナンセンスさに重きを置いた前半は、何度観ても笑える。ゾンビであることが世間にバレないよう必死に動き回るさくらは可愛らしいし、姉御肌で面倒見もよいサキといった、キャラクターの個性付けも上手い。

 そして徐々に本作は、なぜ彼女たちがゾンビでなければならなかったのか、というところまで突き詰めてくる。ゾンビであるということは、彼女たちは死者である、という事実からは逃れられない。彼女たちは生前の葛藤やトラウマと向き合うことで、本来得ることの出来なかった気づきや、後悔の解消へと至る。

以下、本作のネタバレが含まれます。





 物語のトーンが大きく変わる転換点となったのは、第6話「だってセンチメンタル SAGA」より。このエピソードでは、同じアイドルでありながら、生きた時代によって異なる価値観を持つ純子と愛の物語が語られる。

 フランシュシュの次のお仕事は、ファンとチェキ会。だが、昭和を生きた純子にとってアイドルとは「ファンを魅了する偶像」であって、舞台を降りてファンと触れ合う行為を認められない。そうした考え方に対し、AKB48以降の世代である愛は、アイドルの概念そのものが時代と共に変わったのだと説くが、それでも純子は受け入れられない。

 アイドルの在り方を巡って相対する二人。しかしその後、実は二人とも共通の後悔を残して、その命を失ったことが明かされる。純子は飛行機事故で、愛は落雷で。不慮の事故によって、人気絶頂だった二人のアイドルの夢は理不尽に閉ざされてしまう。

 そんな折に決まった、野外でのライブ。悪天候に見舞われた当日、愛はトラウマによって、思うようなパフォーマンスが出来なくなっていた。もう一度アイドルとしてステージに立つという目標を掲げるも、死の記憶には抗えない。そんな彼女を奮い立たせたのは、対立していた純子だった。純子は巽から「無理に時代に迎合する必要はない。メンバーやファンに昭和のアイドルの矜持を見せてやれ」と励まされ、アイドルとしてもう一度輝く覚悟を決めていた。時代や価値観は変われど、アイドルの本質は変わらない。舞台の上で輝かしい姿を魅せるため、一度葬られた夢と共に立ち上がる。

 不運なことにまたしても落雷がステージを襲うが、彼女たちはゾンビであるため、感電死しないのだ(!!)。そうしてトラウマを克服した愛らフランシュシュは無事ライブを成功させ、大勢の観客からの歓声を浴びる。ゾンビとして甦ったがゆえに得られた「もう一回」のチャンスを、二人は掴み取ったのだ。

 異なる時代を生きた者の価値観の衝突と、生前のトラウマの克服と新たな夢の成就。それらは全て、彼女たちがゾンビになったからこそ得られたものである。ロメロ御大によって「大衆」の比喩として描かれ、現代ではゲームや映画における倒すべき敵としての役割を果たすゾンビだが、本作においてゾンビとは「もう一度生きて、果たせなかった事を成す」ための手段であり、地縛霊にも近いニュアンスで用いられる。だがそうした霊的なものと違い、彼女たちの行く先は晴れやかだ。ゾンビになるのも、あながち悪くない。

 愛と同様にサキも不死ゆえに、リリィは歳をとらないという特性ゆえに自分のトラウマを克服し、仲間や家族との絆を修復し前に進んでいく。終わってたはずの人生が、蘇生したことで再び動き出す。「心はまだまだ腐りゃしねぇ!」というゾンビラップのセンテンスが、全てを象徴しているようだ。

 ラスト3話では、ついにさくらの物語が始まる。とあるきっかけで失っていた生前の記憶を取り戻したさくらは、自分がアイドルとして活動していた事実そのものに恐怖し、閉じこもってしまう。

 あの衝撃的な1話の冒頭、それ以前の「源さくら」の全貌が、ついに語られる。努力家で、目標に向かって何かを我慢することの出来る、意思の強い女の子。数々の不運に襲われ、己の努力が実らない現実に疲弊しつつも、アイドルへの憧れを抱いて笑顔を取り戻すことが出来た。そんな新しいスタートを切ろうとしたその瞬間に、彼女の命は奪われた。夢を抱くことさえ否定されたかのような運命に気づいた時、ゾンビとして活動してきた彼女の強さは崩壊する。誰よりも強い女の子はその実、誰よりもすり減っていた。

 そんなさくらを見捨てることが出来なかったのが、巽幸太郎という男。この壮大なプロジェクトの動機はさくらに対する同情か、あるいはもう一度彼女に笑ってほしかったからなのか。その本心は語られなかったが、少なくとも「乾くん」は彼女にもう一つの生を与えるために10年間を生きてきた。

 ここからは王道中の王道。かつてフランシュシュを精神的な主柱だったさくらが、今度はフランシュシュに救われる。ステージが崩壊するほどの大惨事に見舞われても、さくらはもう絶望しない。死なない身体を得て、折れない心を甦らせる。あまりに綺麗な着地に、視聴者も心のペンライトを大きく振るっただろう。

 ゾンビとして生き返り、生前に果たせなかった事を成す。ゆうぎり&山田たえに関してはまだまだ語られない部分が残ったが、見た目の腐敗とは裏腹に感動的なソンビストーリー。様々なジャンルの楽曲や可愛らしい衣装といったアイドル要素も、彼女たちの魅力を引き立てる。「泣けるゾンビもの」とは映画『新感染』に寄せられた感想だが、その隣に並ぶべきはこの『ゾンビランドサガ』だ。佐賀には空港もあるから、韓国とも距離が近いし、親戚みたいなものだろう。

 というわけで『ゾンビランドサガ』は最終回を迎えたが、本来の目的である「佐賀県の復興」は果たしていない。それはつまり、2期が期待できる、ということだ。

 そうなるともう単純に羨ましい。ご当地アニメが作られて、それがめちゃくちゃ面白くて泣ける上に、可愛いキャラクターたちが現地の方言を喋ってくれる。筆者もガタリンピック参加経験があるのだが、当時の私が泥を落としたのと全く同じ場所で、フランシュシュのメンバーもまた水を浴びていたのだ。スゴくない!?アニメと現実の境目が曖昧になるような、不思議な感覚を得られる。これぞご当地民ならではの楽しみ方であり、愉悦である。しかも、佐賀での凱旋ライブも決定したとか。今最も『ゾンビランドサガ』を浴びれる佐賀、いいなぁ。佐賀、羨ましいなぁ。


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