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キルモンガーくんのことを想うとつらい。『ブラックパンサー』

 王を称えよ!!みたいな映画、流行ってますよね。なんかすっごい栄えた王国と、カリスマたっぷりの王様がいて、王位継承にまつわる事件が起こるんだけど、王のカリスマ故になんとかなっちゃうやつ。とっても大好きなんですが、ついに天下のMCUもその要素入れてきまして、大変喜ばしいことですね。もうMCUの最新作なんて黙っててもみんな観に行きますから、ここで私が「オススメでぇす!!」なんて書いてもしょうがないので、私の心に刺さって抜けない針のこと、キルモンガーの話をさせてください。ヴィランの素性を晒すなんてネタバレ以外の何物でもありませんが、この文章に辿り着いた方は鑑賞済みと信じて、つらつら書いていきます。

 はい。こちらがキルモンガーくん。本名エリック・スティーヴンス。「キルモンガー」とは「死の商人」を意味する二つ名であり、米国の特殊部隊員としての経歴を持つ凄腕の兵士でもありながら、ユリシーズ・クロウと組んでヴィヴラニウム奪取を行うなど、ワカンダの秘密を知る謎の男として登場します。優れた銃の腕前や爆弾の扱いにも長けており、時には恋人やクロウを切り捨てる冷酷さを併せ持っています。オークランドで育ち、米兵として生きてきた彼はワカンダの存在を知っており、クロウの死体を“手土産”としてついにワカンダへの凱旋を果たします。

 その正体は、前代王であるティ・チャカの弟であるウンジョブが、米国での極秘任務中に現地の女性との間に設けた子どもであり、彼は「おとぎ話」として父から伝え聞いたワカンダの秘密を知る数少ない“外側”の人間でした。ウンジョブはヴィヴラニウムによってもたらされた超技術を隠ぺいし続ける祖国の方針に疑問を持ち、黒人が抑圧される外界の現実をその力で変えようとし、秘密裏に画策していました。そのことをチャカに知られたウンジョブはスパイであった同僚(僧侶ズリの若き日の姿)を殺そうとした結果、実の兄であるチャカに亡き者にされてしまいます。

 そのことが露見することを恐れたチャカ王は幼いエリックをアメリカに残したまま去り、王の弟の裏切りの事実は闇に葬られ、エリックは父の死を知り慟哭します。王族の失態を隠ぺいするために犠牲となったエリック少年にとって、故郷ワカンダの仕打ちがどのように映ったかは、想像に難くありません。エリック=キルモンガーは、父ウンジョブを殺された復讐と、彼の理想であった虐げられる者への“力”の共有を成し遂げるため、現王のティ・チャラ=ブラックパンサーに挑みます。

 そんな悲劇の男を演じるのは、マイケル・B・ジョーダン氏。ジョシュ・トランク監督の出世作『クロニクル』に続き出演した『フルートベール駅で』にて、今作の監督ライアン・クーグラーと出会い、無実の罪で白人警官に射殺された黒人青年を熱演。

 その後、再びライアン監督とタッグを組み、あの『ロッキー』シリーズの新章『クリード チャンプを継ぐ男』にてアポロの息子クリードを演じ、観客の涙を誘う名演を披露。日本の漫画やアニメを好む若き31歳が、孤独で人間味を帯びたキルモンガーの魅力を存分に引き出します。

 父ウンジョブを殺され、その想いと共に闇に葬られた事実。差別や迫害が絶えない現代社会に生きる中で、自国に閉じこもり繁栄を享受し続けるワカンダへの怒り。弱き者に手を差し伸べようとした父の無念を心に秘め、キルモンガーはワカンダにやってきます。彼は己の努力で強さを手に入れ、王族の血を継ぐ者であり王位継承の権利を持ち合わせています。事実、ブラックパンサーの力を失ったティ・チャラ王子に勝利し、彼はついに王位奪還を成し遂げました。そして彼はワカンダの技術を世界に共有することを決め、迫害される者たちの復讐心に武器を与えることでワカンダ、そして全世界を変えようと動き出します。キルモンガーは世界征服を企む破壊者ではなく、「革命家」としての一面を帯びたヴィラン(悪役)なのです。

 ここまで複雑な事情を持ち合わせ、観る者の共感を呼ぶヴィランは、MCUでも初めてではないでしょうか。詳しく言及はされていないものの、彼は父亡き子としてアメリカで育ち、謂れのない差別に苦しんだことがあるのかもしれません。あるいは、貧しさゆえに諦めなくてはならなかった想いを抱え、ワカンダへの憎しみを募らせた日々もあったのではないでしょうか。そして彼は父の「おとぎ話」を信じつづけ、ついにワカンダの地へ足を踏み入れました。それは父の無念を晴らすための第一歩であり、そのおとぎ話を信じつづけた自分を肯定するための行為でもあります。その胸中を察するに、切ないものを感じずにはいられないでしょう。

 同じ王位を継承する権利を持ちながら、主義と思想の相違により争わなければならないティ・チャラとキルモンガー。自国の技術を世界に共有することで改変をもたらそうとする後者と、秘密を隠匿することで国民の平和を維持しようとする前者。そのどちらにも一定の共感があり、観る者は大いに揺さぶられます。結果、軍配はチャラに上がりましたが、本作は勧善懲悪によるラストを選択しませんでした。

 ティ・チャラは彼の想いを汲み、父ウンジョブから何度も聞かされたであろう「世界一美しいワカンダ」の風景をエリックに見せます。ずっと信じつづけた、おとぎ話の風景。それはエリック自身を復讐から解き放ち、自由を得るほどの「救い」の時間でした。それは同時に、ウンジョブの謀反を無かったことにしてしまった父ティ・チャカの過ちを繰り返すまいと行動したティ・チャカの想いもこめられています。数えきれないほどの人を殺め、悪に手を染めてでも父と、自身の無念を晴らすために生き抜いてきた戦士の死を、圧巻のヴィジュアルとセンチメンタルで描いた、本作屈指の名シーンです。

 以上が、キルモンガーという男が辿った人生の軌跡になります。こんなに狂おしく切ない悪役がいたでしょうか。まるで『バットマン リターンズ』のペンギンの悲しみに触れた時のような、喪失感さえもたらすラストシーン。ヴィランの死に涙し、共感させる映画『ブラックパンサー』は、ティ・チャラがヴィヴラニウムを世界に共有することを宣言するシーンがエンドロール中に流されます。それは、エリックの意思を継いだティ・チャラなりの決断によるものであり、エリックの革命は形を変えつつも成し遂げられました。エリックの死はワカンダ、そして世界を変えるでしょう。孤独な革命家の闘いが永遠に刻まれたとき、本編は幕を閉じます。

 差別や貧困、あるいはテロリズムの不安に苛まれる現代社会で、ここまで政治色を帯びたヒーローまでも内包させてしまうMCUの懐の深さに感心すると共に、観る者全ての心に残る名キャラクターを創造したライアン・クーグラー監督らスタッフ一同、そしてクリードに次ぎまたしても私の涙腺のダムを決壊させたマイケル・B・ジョーダンという名役者の偉業に、心の中で拍手を送り続けた一作でした。

 キルモンガー・フォーエヴァー!!!!

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