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映画『ダンガル』はほぼバーフバリだから安心して観に行ってくれ

 4月6日(金)公開の映画『ダンガル きっと、つよくなる』は、超絶面白いエンタメ傑作だ。元レスリング選手の男が、自身が果たせなかった金メダルへの夢を娘に託し、星一徹方式で娘を鍛え上げる。とてもシンプルなあらすじと迫力満点のレスリングシーンで観る者を飽きさせない、これぞ娯楽映画な一本だ。

 そんな『ダンガル』を一足先に鑑賞するチャンスを得たおれは、ずっと考えていた。どうしたらダンガルをたくさんの人にみてもらえるのか、二日間ずっと考えていた。だいすきな揚げ菓子やスパイスを我慢し質素な食事を心掛け、デロリアンやガンダムがでてくるおもちゃ箱みたいな映画をみて記憶が吹っ飛んだりもしたが、それでもおれはインドに帰ってきては、この映画のことを考えた。

 そして、ひらめいた。『バーフバリ』だ…。みんな、バーフバリのことが大好きだ。自分でグッズを作ったり、突然サリーを着だしたりするくらいみんなバーフバリが大好きだ。ならば、バーフバリが大好きな人に、ダンガルをみてもらえればいい。そう、考えた。

 だからおれは、いまから、この『ダンガル』が、いかにバーフバリであるかを、これから書いていく。だいじょうぶ、おれは正常だ。何もおかしなことは言っていない。このテキストを読み終わったとき、おれの正しさを身をもって知ることになるだろう。そして、ダンガルの席を予約して今か今かと開場を待ちわびることになるだろう。すまない。すべてはこの映画がバーフバリみに満ち満ちているから悪い。責めるならアーミル氏に言ってくれ。おれはムビチケを買った。後は劇場で会おう。

①父がつよい

 『バーフバリ』は親子2世代に渡る壮大な愛と闘いのドラマだ。その主人公の一人であるアマレンドラ・バーフバリは偉大なる王のUTSUWAだが、それ以前に一人の父でもあった。母と妻に無尽蔵の愛を注ぎ、民と共に生きた真の王。最期は母の葛藤と兄の野心により現世を去ることになったが、彼の屈強たる魂は、息子のマヘンドラに託された。

 『ダンガル』の主人公も、お父さんだ。元レスリング選手のマハヴィルは、生活のため選手の道を捨て、今や若手の指導に励んでいる。そんな彼の野望は、息子を金メダリストにすること。かつての自分が果たせなかった夢を子どもに託すべくいろいろがんばったが、産まれたのは女の子4人。ついに夢断たれ落ち込むマハヴィルだが、娘のギータとバビータが男児と喧嘩して打ち負かしたことを知り、夢が再燃。二人を金メダリストにすべく、鬼の父と化す。

 元、とはいえマハヴィルは筋肉隆々で、町の誇りとして尊敬されている。演じるのは名優アーミル・カーンで、52歳とは思えぬ身のこなしでレスリングも自分で演じた。それのみならず、体重を増やしたり戻したりと過酷な肉体改造に挑戦し、マハヴィルの半生を肉体でも演じ抜いた。その性格も過激で、娘を特訓すると決めたら即実行。オシャレや食事を制限し、朝5時起床の猛特訓を始める。夢のためなら猪突猛進、走り出したら止まらない暴れ馬っぷりは、日本人ならば『巨人の星』イズムをビンビンに感じるだろう。

 このレスリングにとりつかれた狂人おとうさん、もう虐待スレスレなのだが、娘への愛は本物である。どんなに厳しい訓練を課しても決してそこに邪気はなく、成長したギータがアカデミーに通うことになった時は、思わず授業参観(無許可)しちゃうほど目が離せない。電話口で泣き出した娘を前に、オロオロするシーンなどは、アーミルのファンは萌え死ぬだろう。睨みを効かせた目とドスの利いた声が印象的だが、案外小熊のような愛らしさもある。強くてカッコイイお父さん像といえば、自ずとバーフバリとの共通点が見えてくるだろう。

②女もつよい

 『バーフバリ』に登場する主要女性キャラクターは、自分で闘っても超強い女子ばっかりだ。アヴァンティカやデーヴァセーナはもちろんだが、シヴァガミ様あたりは目力だけで小鹿くらいなら殺せそうではないか。我らがシヴァガミ様万歳。

 『ダンガル』の女戦士は、娘のギータとバビータ。この二人がどんどん強くなっていくのを見守るのが『ダンガル』なので、昨今のヒーロー映画でいうところのオリジン、というやつだ。

 年頃の女の子にとって、望まぬレスリングをやらされ、長い髪を切られ男の子の服を着せられる。朝は5時起きでオシャレも許されず、周りには白い目で見られる。思春期の子どもにとってはあまりにむごい仕打ち。当然、彼女らも特訓を避けるためあらゆる手段に打って出るのだが、あるきっかけで父の真意に気づき、本腰を入れて特訓に励むように。

 そして突如迎えた大会デビュー。姉のギータは最も身体の大きな男児を相手に選び、観衆の予想を裏切る接戦を見せる。惜しくも負けてしまった彼女だが、その悔しさからこう呟く。「パパ、次はいつ—?」と。

 それからは水を得た魚のようにあらゆる技を吸収し、ついに男児相手に勝利をもぎ取るギータにバビータ。最初は二人を嘲笑った町の人も手のひらを返し、二人はスターのように大人気。二人のハングリー精神が、男を見返したアッパレな瞬間である。

 『ダンガル』は『バーフバリ』である、というのがこのテキストの趣旨だが、同時に『ロッキー』でもある。虎の目<eye of the tiger>を持つ者こそが最も強い。本作はそんな生きる基本を思い出させてくれる、魂に響く映画である。

③社会問題を扱っている

 最近なにかと、ポリティカリーのコレクトや、ダイバーシティが叫ばれ、映画もそれと無縁ではいられない。作品を評価する軸として、こういった要素が取りざたされることは珍しいことでも何でもなくなった。

 『バーフバリ』では、権力を利用して女性の体をいかがわしく触れた者に対して、誰もが度肝を抜くエクストリームな有罪判決を下すシーンがある。その映像のインパクトと圧倒的正しさの前に、我々民草は滂沱の涙を流し王の名を絶叫することしかできない。屈指の盛り上がり所である。

 一方『ダンガル』では、インドにおける“女性”の在り方を浮き彫りにするシーンがある。インドにおいては女性が髪を切りレスリングを行うなどもっての外だが、そもそも女性は14歳になれば顔も名も知らぬ男のところに嫁ぎ、妻となり母となり、人生を終える。作中で何気なく発せられたある少女の呟きは、インドを生きる女性にとってのリアルらしい。

 おれはこのことについて、良い悪いを論じるほどの学もないし、それが習慣だと言われれば、口出しする権利などないだろう。ただし、生き方を決める選択肢は多いに越したことはないし、女性だから、というレッテルばかりでは息苦しいだろうと思う。だからこそ、自分で決めた目標に向かって努力することが幸せであり、それが許されなかった現実があることを、知らなくてはならない。そしてマハヴィルがギータに説いたように、ギータの闘いは彼女のみのものではなく、インドに生きる全ての女の子にとっての闘いである。その重みを知ればこそ、ラストファイトは見入ってしまうのであろう。

④曲がいい

 曲がいい。とにかく曲がいい。

 そんなもんインド映画だから当たり前なのだが、一度聴いたら耳から離れない強烈さは『ダンガル』でも健在だ。幼き娘二人の青春への渇望をコミカルに歌い上げた曲はYoutubeで1億回再生の大ヒットを記録。そして何より、後半の特訓シーンとエンドロールを最高潮に盛り上げる主題歌「Dangal」についてだが、これを読めばおれが伝えたいことが一瞬で理解(わか)るだろう。

 どうだ。この男はこれを広めるためだけに、自分のツイートを毎朝リツイートしている。そこまで一人の人間を狂わせる強烈な中毒性が、この曲にはある。気になったら今すぐYoutubeを開き、「Dangal song」で検索して、鼓膜の中のインド人を総動員させ、白鳥の舟で航海に出かけよ。さすればお前の脳内にインド版『ロッキー』が上映されるだろう。その映画のタイトルが『ダンガル』である。

 どうだろうか。ここまで読んだ画面の前のお前は、『ダンガル』のあまりのバーフバリみに驚き、心はインドを称え、「バーフバリが観たい…!!」と円盤を再生機に押し込もうとしているだろう。だがその前に、するべきことがある。もし間に合うならムビチケを買い、今すぐに明日の上映回を調べ、席を確保しろ。たとえ1,800円だろうが、必ず損はしない。観たいと思った気持ちに嘘はつくな。このストレス社会で荒らんだ心に、インドカレーとナンを流しこめ。そして、闘志を燃やしながら仕事や学業を片付け、映画館に走れ。後は流れてくる映像と音楽に身を任せ、至福の時を過ごすがよい。そしてお手持ちのデバイスを起動し、こう呟くのだ。「ダンガル♪ダンガル♪」と。



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