第191回 学問は楽しむもの、授業は強いられるもの

1、歴史の授業はなぜつまらないか

歴史文化がもっと尊重される社会の実現をめざす私としては避けて通れない命題を目にしたので

私なりに整理してみたいと思います。

Twitterでこの問題を発信してくれたのは、

ヒスペディア/歴史アウトプッター(@kidotakayosi74)さん。

引用すると
①「事実」だけ教わるから

②テストで良い点を取らせたいから

③先生の「豆知識」と称する漫談

特に③については一部の歴史好きだけを喜ばせて、他の大多数の人にひかれてしまう

と断罪しています。

2、私自身の立ち位置

私自身の経験からすると、歴史の授業が始まった時からすでに歴史好きが極まっていたので、期待値はすごく高かったのを覚えています。

その分、内容が薄い事への落胆が大きかったです。

いま考えると教師にとっては1番めんどくさいタイプの生徒ですね。

先生の間違いを指摘したりとか。

ある先生なんか説明を放棄して私に話をさせたことも何度かありました。

だから中学生、高校生の頃に専門性が高い先生がまだ知らない豆知識を語ってくれることには異常に喜びを感じていました。

独りよがりで、周りが見えていませんでした。

就職して、人に歴史を伝える側になってようやく、先生たちの苦労を理解することができました。

と言っても公民館講座などで話をしたり、史跡案内のガイドをする場合は、ある程度好きな人が来てくれているのでハードルは下がっていますよね。

3、歴史好きを増やすために

歴史の授業で伝えるべきこと、それを究極に突き詰めれば、考える力をつけることなんだと思います。他の教科も同じかと思いますが。

歴史の場合はケーススタディーが分厚く蓄積されていることが利点ではあります。

出来事や人物の生き様という事実(らしきもの)を観察して、なぜそうなったのかを考えるのが本来学問的意義なんだと思います。

その理想と、現実の学校の授業にギャップがあるのは、入試制度の問題もあり、教員の問題もあり(事務や部活指導などで忙しいなど)、

もはや学校教育の組織的な改革が必要なレベルだと思います。

とはいえ、歴史好きはほっておいても歴史を学んでいくのでしょうから、本来は歴史がそれほど好きではないそうにどうリーチしていくかが、現時点での学校教育の課題になっています。

結局は指導者の導き方に依存するしかないのでしょうか。

日々の生活のなかで、ふと歴史的な経緯を紹介する。言葉の成り立ちとか、道具の変遷とか、制度の仕組みとか、ちょっとした疑問を解決するのに歴史の力を借りてみると、そんなに抵抗なく興味をもってもらえると思います。

家庭や地域の大人としても歴史を大事にしている姿を見せる、これだけでも歴史に対する関心は高まるのではないでしょうか。

そして、1番大事なのは

歴史を知っていることは楽しい!

と指導者が心から思っていること。
もしかしたら序盤で触れたヒスペディアさんの言葉と矛盾するかもしれませんが、
豆知識をありがたがっている姿も、突き抜けて楽しんでいることが伝わればまた結果は違ってくるのではないでしょうか。

周りには歴史が好きな人か、
そんなに好きではなくても、立場上知っておくべき人(他部署の同僚とか)が多いので

興味がなくても、潜在的に歴史好きになってくれるような人の意見を聞く機会が少ないのですが、

今後は少し気をつけて、探っていければと思います。

裾野を広げる、ということがその分野の影響力を大きくすることになると信じて。

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