第397回 ファースト侍はだれか

1、読書記録 62

今日はこの本をご紹介します。

新書とは言え、なかなか専門的でボリューミーなので読み応え十分の好著でした。

出版本から序章が公開されていましたので、興味のある方はぜひご覧ください。

2、目次

序章 武士の素性がわからない

第一章 武士成立論の手詰まり

第二章 武士と古代日本の弓馬の使い手

第三章 墾田永年私財法と地方の収奪競争

第四章 王臣家の爆圧的増加と収奪競争の加速

第五章 群盗問題と天皇権威の転落

第六章 国司と郡司の下克上

第七章 極大点を迎える地方社会の無政府状態

第八章 王臣子孫を武士化する古代地方豪族

第九章 王臣子孫を武士化する武人排出氏族

第十章 武士は統合する権力、仲裁する権力

第十一章 武士の誕生と滝口武士

終章 武士はどこから生まれてきたか

3、武士についてここまで理論的に整理された

序章に描かれる著者の嘆きは深い。

それほど日本人は武士が好き(なはず)なのに、武士の正体を誰も知らず、専門家さえ答えないとは。
武士が何者か不明ということは、この国の歴史の半分が理解できないのと同じことだ。

本来、武士の研究が専門ではないと言いつつ、自分がやるしかない、

と決断するその姿勢に好感が持てます。

まず教科書的な武士の理解

①生産力向上に伴って富の余剰が生まれ、その奪い合いが起こる

②地方の有力農民が自衛のために武装した

③腐敗した中央の貴族政治を克服して中世を切り開いた

ということが、ほぼ全て間違っていると断ずるのが痛快。

そして本筋とは少しずれるのですが

律令国家の確立

を重要視しがちな古代史家に対して、

律令はあくまでも道具であって、

目的、どのような社会を実現しようとするかの統治思想の方が重要

という視点がしっくりきます。

また天皇の権威によって説明しようとする事象は眉唾だというところも。

以前のnoteで近代の話をしていたときにも

大元帥たる天皇に奏上することを

壁に向かって話しているようなものだといってはばからないような

臣下がいましたが、

それよりはるか昔、しかも遠く京の都から離れた板東の地では

権威でカタが付くことなんて何もなかったでしょう。

説明された気になるというのが一番まずい、ということでしょうか。

さて本題にもどりますと

武士といったときに重要視されるのは弓馬の術、

つまり弓騎兵として熟練が求められるので、有閑階級が相当の鍛錬の結果得られるもので、農民が片手間でできるのものではないことになります。

ではこれらの武力を持った人々はどこから供給されたのか。

丁寧な論証は割愛しますが

結論は

古代氏族の流れを汲む在地領主層、郡司富豪層を母、

王臣子孫(天皇の子や孫として地方に下向した者)を父として

生まれたハイブリッドだという。

その軍事力の源泉は母系を通じて受け継がれたもので、

坂上氏や小野氏などのような軍事氏族から、さらには

鎮守府将軍などの役職を経験する上で蝦夷と接触したことから得たモノだということ。

武力は常に辺境から供給される、というのは古代中国の王朝交代を見ていても共通するものがありますね。

4、読者の水準が未来の鍵

いかがだったでしょうか。

専門の研究が進めば進むほど、大きなテーマ

○○とは何か

という命題に挑戦する研究は見られなくなります。

かといって一般受けを狙いすぎて大枠だけで話をするようになると

正確性が失われ、最新の研究成果が盛り込まれなくなる事例も

以前紹介してきました。

それに比べると、本書のように複雑に絡み合った事象を一つ一つ解きほぐしていく様は知的興奮を喚起するに十分なものです。

著者が文中で

読者の目が厳しくなれば歴史学も学問らしくなる

と述べているように、読者のチカラが業界全体を活性化することになるのだと思います。

また、資料の誤写(写本を作るときに写し誤った)ではないかという指摘を行う際に

電子くずし字字典から引用で実際の文字を比べられるようになっているのが嬉しいですね。

あとがきにある

「古代氏族がどれだけ中世にしぶとく残っているのか」

についての著作も期待したいところですね。

さらに言うと、中世とは、国家とは、日本とは

という大きなテーマにどんどん切り込んでいって

一般読書階層にもぐいぐい刺さっていくような研究がこの水準でなされるようになると、未来は明るいですね。


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