第376回 学会の将来に光明が見えた
1、春の学会シーズン到来
2019年度 宮城県考古学会 総会・研究発表会
特集 東北南部の中期古墳を考える
に行ってきました。
会場が2016年竣工の東北学院大学のホーイ記念館ということもあってか、
若い学生の姿も見られていい雰囲気の学会でした。
2、若手研究者の活躍
この学会では毎年一回会誌を発行して、そこに発表された論文の中から報告をもらうものと、テーマを設けて特集を組むものと二本立てで発表会を行うことが多いです。
ということで演目を紹介すると
【研究発表】
舘内魁生(東北大学博士課程)「9世紀後半の須恵器坏における技術変化−「コテ状工具」に関する実験的研究」
【特集】
基調講演 辻秀人(東北学院大学教授) 「福島県喜多方市灰塚山古墳の発掘調査成果」
報告①相川ひとみ(仙台市教委)「灰塚山古墳出土竪櫛の意味」
報告②鈴木舞香(名取市教委)「灰塚山古墳出土分離式神獣鏡について」
報告③横山舞(東北学院大学博士前期)「灰塚山古墳棺外副葬について」
報告④髙橋伶菜(東北学院大学博士前期)灰塚山古墳出土箱式石棺の構造」
研究報告1 菊地芳朗(福島大学教授)「東北の中期古墳の埋葬施設と副葬品について」
研究報告2 藤澤敦(東北大学教授)「東北地方中期古墳の特質」
研究報告3奈良貴史(新潟医療福祉大学教授)「東北地方古墳出土人骨の特徴」
最初の報告は坏(椀と皿の中間の様な形)を実際に作ってみることで製作に使われた道具を推定するような興味深いものでした。
そして特集は大学が行なっている最新の研究成果を紹介するという趣旨で組まれたものだと言う説明。
はじめに辻教授から7年間にも渡って調査を行ってきた灰塚山古墳調査に至る経緯や苦労話などが語られます。
そして調査に参加していた学生たちが大学院や地元の文化財専門職となって4つのテーマに沿って同古墳の特徴を読み解きます。
後半戦は東北地方の古墳時代研究を引っ張る菊地・藤澤両教授によって、東北地方南部の古墳時代の中期、暦年代で言うと4世紀末から5世紀中葉くらいの様相が総括されます。
最後に埋葬されていた人骨の分析報告は時間の都合により拝聴できませんでしたが、昨年ニュースになっていましたね。
そう、報告①〜④の報告者はおそらく20代半ばという若手の研究者です。
それにしては論旨がしっかりしていましたし、プレゼン力もあったように思います。
10年前の自分はどうだったかな?と思い出してみると恥ずかしくなりますね。
優秀な若手が出てきてくれて、この学会にも光明が差し込んできた思いです。
3、棺の外に武器が置かれる理由
さて、その中でも珠玉と感じたものを一つだけご紹介します。
報告③では、埋葬されていた石棺の外に置かれた遺物に注目しました。
上記記事はいずれもまだ棺のふたを外す前の状況ですが写真が掲載されています。
大刀、剣(またはヤリ)、鉄鏃、竪櫛が見つかっています。
報告者は近隣の古墳で同じ様に棺の外側にモノが置かれていた例を集め、その結果武器が大半を占めるということを明らかにしています。
このうち「剣またはヤリ」というモノが気になりませんか?
実はこの剣の側からは板状の鉄製品も出土しており、
戟(ゲキ)という武器の一種ではないかとも推定されています。
よく三国志で武器にでてくるやつ…
同様のものは茨城県の三昧塚古墳からも出土しています。
他にはあまり見られないタイプの武器が出土したことの意味はもう少し掘り下げて欲しかったところでした。
さて、この様に武器が棺の外に置かれることを、報告者は僻邪(へきじゃ)、つまり悪いものから被葬者(棺の中の人物)を守るため、と解釈しています。
鉄鏃もおそらくは矢の状態で置かれていたのでしょうが、なぜか棺の方向と同じ向きに置かれたものと、直行するような向きで置かれたものの二種類がありました。なぜこの様な置き方がされたのかはもう少し掘り下げて欲しかったような気もします。例えば、埋葬する時の儀礼として矢を置く行為があったのではないかとか。
何れにしても大学の研究室の実習として、学生たちの卒業論文やその先の研究テーマを与えてくれるような素晴らしい遺跡に出会えるということはとても幸運なことでしょう。何よりその調査を指揮した辻教授には敬意を表したいと思います。きょうび大学の先生は研究以外のことにも忙殺される時代。学生たちにフィールドワークの場を提供する、ということがいかに大変かはよく存じ上げております。
この様な調査を学生時代にできれば、きっと考古学に魅了される若人がいるだろうし、そのままどっぷり沼に浸かってくれれば業界も安泰ですね。
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