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副業・兼業が推進されている理由


 2023年10月16日に、政府の規制改革推進会議が開催され、規制改革の重要課題についての議論が行われました。雇用労働分野では、「副業・兼業の円滑化」が取り上げられ、注目されています。最近は、副業・兼業を積極的に認めている企業も多いようですし、そのような会社への就職を希望する大学生も増えているという声もあります。
 今回は、副業・兼業が政府により推進されている背景、また、企業や働く人の視点からの注意点などを解説します。

 まず、副業・兼業がこのように推進されるようになったのは最近のことですが、何が変わったのでしょうか。この点から見ていきましょう。

副業元年

 2018年以前は、多くの企業が参考にしてきた厚生労働省が作成しているモデル就業規則の中に「許可なく他の会社等の業務に従事しないこと」という文言がありました(第11条(遵守事項))。それが2018年の改訂により、「労働者は勤務時間外において他の会社等の業務に従事することができる」と変更されました。このような変化を受けて、2018年は「副業元年」と言われています。
 しかし、そもそも法律上は、勤務時間以外には何をやっても自由なはずです。これに対して、本業に支障があったり、本業の情報が漏洩してしまったりする場合には禁止や制限されても仕方がないと思われます。このような原則は変わっていないのに、なぜ政府はモデル就業規則を改訂する必要があったのでしょうか。

 そもそも日本では、企業も労働者も副業にあまり積極的ではありませんでした。企業は従業員に対して「本業に集中してほしい」と考えていたし、労働者は「本業の収入だけで生活できることが望ましい」と考えていたからです。
 これに対して政府は、2017年の働き方改革実行計画においても、柔軟な働き方がしやすい環境整備の一環として、副業・兼業の推進などを取り上げました。そこでは過去の裁判例なども参考に、従業員による副業・兼業を会社は合理的な理由がなく制限できないことの明確化などが求められています。
 このような副業・兼業の推進の背後には、人口減少と技術進歩の二つの要因があります。

 日本の総人口は2008年にピークを迎え、現在は急速な人口減少に直面しています。そしてすでに深刻な人手不足が問題となっています。ここで労働者が副業・兼業をすれば人手不足を補うことが可能になります。加えて、新しいスキルを習得することができれば、生産性の向上だけでなく、転職や起業、イノベーションに繋がることも期待できます。
 次に、最近の急速な技術進歩により、特定の分野で仕事が増えたり、また仕事が急速に失われたりする可能性があります。例えば、自動運転自動車の急速な発展や生成AIを利用したサービスの増加などは、私たちの働き方を変えてしまう可能性が高く、このとき生産性の高い分野に打って出るという前向きな労働移動だけでなく、仕事が失われてしまったことにより仕方なく次を探すという労働移動も発生します。その備えとして、副業・兼業により仕事の幅を広げることは有効なのです。

欧米と日本の意識の違い

 欧米では、スキルアップのために、副業・兼業を行うことを労働者は比較的前向きに捉えています。また政府も、企業やイノベーション支援の観点から副業・兼業を推進していて、それが当然のことだと認識されていました。
 これに対して、先述のように、日本では最近まであまり積極的に扱われてこなかったのはなぜでしょうか。それは欧米と日本の雇用形態の違いから生まれる意識の違いにヒントがあります。

 まず欧米では、就職型の雇用(いわゆるジョブ型)が基本となります。仕事内容や勤務地、労働時間などを明確にした雇用契約を締結することから、企業側が一方的に配置転換や転勤を命じることはありません。多くの労働者は、契約で決まっている仕事をこなすことだけが求められていて、スキルアップ・キャリアアップの観点から別の仕事を学ぶためには副業・兼業などを行うことが不可欠なのです。
 これに対して、日本的雇用慣行の下では、就社型の雇用(メンバーシップ型)が多く、会社側が強い人事権を持つことが日本では一般的でした。新卒で入った会社がその労働者のキャリアを考えつつ、社内の配置転換などを通じて様々なスキルを身につけさせてくれたので、個人で、副業・兼業によりスキルを身に付けていく必要性が薄かったのです。

しかし、日本的雇用も限界に近づいている今では、必ずしも同じ会社で働き続けることができるとは限りません。また企業に従業員を育てる余裕がなくなってきているケースもあるでしょう。そこで、政府は副業・兼業を推進し、また労働者も個人としてスキルアップやキャリアアップをしていくことが必要になってきました。

副業・兼業の課題

 もちろん、副業・兼業にも課題はあります。まず、健康被害につながる長時間労働を招かないかには注意が必要です。本業で会社に雇われていて、副業でも別の会社に雇われているという雇用×雇用の場合には、労働時間の通算と管理が必要です。これには厚生労働省の「副業・兼業の促進に関するガイドライン」が参考になります。
 一方で、副業として、企業に雇われるわけではなく個人事業主として活動する場合には、労働時間の把握がより難しくなります。
 様々な働き方の形態がある中で、働く人の労働時間の把握や健康管理はどのように行うのか。誰が責任を持つのかは重要な課題です。副業・兼業が当たり前になる社会では、私たちは自分自身の働き方についてだけでなく、家族の働き方などについてもよく注意しておく必要があります。