<第33回>「番外篇」孫正義の時代 (その2)  ~ その胡散臭さと突破力

孫情熱

(出典:ソフトバンクHP)


 密造酒製造、パチンコチェーンなど怪しいところのある在日韓国人実業家の家に生まれ、高校時代にアメリカに渡り、必死に勉強した孫正義は、ITの将来性に魅入られ、その世界で生きていくことに決めました。
そして独自の計算機を開発してシャープに買ってもらい、ソフトウエア・PC販売を始め、ソフトバンクを設立・・・・コムデックス、ジフ・デービス、米ヤフーのディール以前も、「成り上がり」の歴史を一つひとつ紡いでいった孫正義は、2000年代のボーダフォン、ソフトバンク・ホークスの買収で一躍日本の有名経営者に名を連ねることになりました。

ホークス

       (出典:福岡ソフトバンクホークスHP)


 その間、米ヤフーへの投資同様、彼にとってこれまでの半生で最高の成功をもたらしたアリババへの投資、最近では2016年に3兆円以上の巨額な資金を投じて英アーム(半導体設計)の買収、20兆円を超えるような資産規模のビジョンファンドを組成し・・・・・。孫の事業発展は正に凄まじいばかりです。

 そして昨年後半あたりからの、ウイワークに関する乱脈経営に端を発する経営不振から始まったビジョンファンドに纏わる悪いニュースの連鎖・・・・コロナ危機の中で、メディアはソフトバンクと孫の苦境を連日のように報じています。

 しかし、孫正義の歴史は、大化けの歴史でありと同時に、何度も苦境に陥ってはそこから何とか脱出するといった繰返しの中で、規模を拡大してきた歴史でもあるわけです。

 量のことはさておき、上記孫正義の事業展開ということを考えたときに、2つのことを指摘できると思います。

①「事業会社」、「金融会社」という区分で考えたとき、ソフトバンクが事業会社であったのは、せいぜい携帯電話事業が中心だったときまでであり、2010年代にはもう金融会社、つまり「ファンド」の会社になったと考えた方が良い。

 もちろん携帯電話事業は、PPM(プロダクト・ポートフォリオ・マネジメント)で言うところのキャッシュ・カウ(金のなる木~大きな成長は見込めないものの安定的に利益をもたらしてくれる事業)であることに変わりはないものの、もうソフトバンクという会社はトータルで見れば携帯電話の会社ではなく、孫自身の事業への意欲、グループ全体での重点ということでは、ビジョンファンドを中心とする「投資会社」に変貌してしまったと言えましょう。

 書けなくなった作家が、キャリアのドン詰まりに「歴史小説」を書きだすように、事業家も功遂げ名を遂げた後にエンジェルやベンチャー・キャピタルとして若い事業家に投資するという流れは極めて一般的です。しかしながら、孫の場合は、そうした一種枯れた投資家ではなく、ギラギラ野心を維持しながら、米ヤフーでの投資の成功以来、投資というものを事業の中心として、つまりお金を動かすだけでレバレッジをかけて富を増殖させることの勢力を傾けているように見えます。

 しかしながら、金融での成功というものは実態が乏しいバーチヤルな世界であるだけに、人間の欲得が際限なく拡張することによって必ずバブルを生み、そしてどこかで壁にぶち当たることになります。投資と言う、資本主義経済の究極の形の宿命なのです。


 ②金融の会社である限りは、信用に裏打ちされた外部資金(融資や債券による確定利付債務と株式)に依存した事業運営になるが、信用という実態の乏しい一種の幻想が時々不安にさらされる局面では、ソフトバンクというものの危機が必ず喧伝されてきた。

 2000年代当初のヤフーBBでのキャンペーンでの大赤字、2013年の米携帯電話会社スプリントコーポレーションの買収以降最近まで燻っていた他社との買収による事業拡大の不首尾・・・そうしたソフトバンク自体の勇み足拡大での苦境だけではなく、2000年のITバブルの破綻、2008年のリーマンショックといった経済全体での不調期にも、必ずと言っていいほどソフトバンクの危機がメディアによって報じられてきたからです。

ヤフーBB

        (出典:ソフトバンク)

 もちろん会社自体の胡散臭さとか、孫の大言壮語とか、日本人には嫌われかねないキャラクター自体の問題はありますが、メディアが苦境時に報じたがることの本質はシンプルに、「負債が多い」ということに尽きるわけです。
 しかし、考えていて下さい。金融の会社、ファンドの会社なのですから、負債や株式という外部からの資金調達が会社の成長の源泉ですし、日本の企業の中でも一番大きく事業拡大に対する投資を行っている会社なのですから、負債が大きいのは当たり前なのです。


 ただ、孫正義という男、そうした度重なる危機をこれまでも「何とかして」きました。
 何とかする方法については、これまでの歴史を見ていくと共通したいくつかのポイントがあるのです。

 「事業が上手くいかなくなったときには、とりあえず資産の売却などの止血策を必ず行い、とりあえず金融機関や株主に恭順の意を示す」と言うことです。

   実際、最近のビジョンファンドの不調×コロナショック、の局面でもお宝のアリババ株を一部売却してキャッシュを確保しましたし、ビジョンファンド自体も従業員の一部解雇などによるダウンサイジングも行っています。
 
 投資会社なのですから、株主や資金の貸し手は神様、そうした人々の信用を繋ぎとめていくための柔軟性を見せなければならない、小さい頃から苦労していきた孫は、その辺はきちんとわきまえています。

 とりわけ、みずほ銀行という頼りになるメインバンクの存在は、ソフトバンクにとっては非常に重要です。

 企業というもの、破綻するのは資金繰りに窮することによって起こるわけですが、現代では要するに金融機関に見放されるかどうかが破綻するかどうかの境目になります。そういう意味では、ソフトバンクの命運は常にメインバンクであるみずほ銀行の手中にあると言っても過言ではありません。

 では、逆に銀行にとってソフトバンクという会社はどういう会社なのかと言うと、要するに、もうズブズブの関係であり、ソフトバンクが破綻することは即みずほ銀行の危機にも繋がりかねないということなのです。

 専門的な話ですが、ソフトバンクのように負債を梃子に大きな投資を行うことによって成長を図ってきた会社の業績は不安定であり、銀行が、企業体力以上の資金を貸す場合には、「コベナンツ条項」(財務制限条項)という条件を予め付け、格付け、純資産、株式時価、利益水準などの財務数字について、返済が危ぶまれるような数字になってしまった場合に、貸付の条件を変更できることを謳うことによって資金調達を可能にする・・・そんなテクニックを使ってソフトバンクはずっと大きな資金調達を行ってきたのです。そして、上記の止血策についても、もちろん株主に対してももちろんですが、金融機関に対しても、この条件を意識しているのは間違いありません。
 いずれにせよ既に大きくなりすぎているソフトバンクはみずほ銀行にとっては「大きすぎて潰せない」、一蓮托生の存在になっているのです。

みずほ銀行

       (出典:ソフトバンクHP 「法人のお客さま」

 メディアでは、過去、そして現在もこの「コベナンツ条項」に言及し、財務数字の悪化、貸付条件の悪化、あるいは資金の引上げ、といった負の連鎖を書き立てますが、実際は、その場しのぎに長けた孫の柔軟性、そしてみずほ銀行の意向(もしこの条項を実際にヒットしたとして、その引き金を引くのかという問題)から考えて、実際にはそう簡単に潰れない状況になっているという風に考えられるのです。


 さて、一般論はこれくらいにして、現在のソフトバンクの状況について詳細に見ていきましょう。
 具体的には、シバタナオキ氏のこの解説https://www.youtube.com/watch?v=iysTX07XXEI が極めて説得的です。
 ソフトバンクやビジョンファンドの決算数字を示しながら、明確に以下を示しています。

 「ソフトバンクは、この2020年3月決算で1兆4千億円という大赤字を計上したが、ソフトバンクは投資会社なのだからPL(損益計算書)ではなくBS(貸借対照表)で考えるべき」
 ~ BS的には以下のことが重要」

 ・2020年5月18日の保有株式価値から純有利子負債を引いた投資会社としてのソフトバンクの価値は、21.6兆円もあり、潰れるどころか全く問題ない(半分はアリババの価値。因みにアリババはコロナショックでも順調に利益を挙げている)。3月末の23兆円からは減少しているが、コロナショックでのマイナスも限定的であることがわかる。
 ・ビジョンファンドは設立以来、実現益+3月末の評価益と3月末の評価損と見合っている(正確には1千億円のマイナス)、つまり、過去に儲けてきた利益を吐き出して3月末でチャラの状態。そんなに心配すべき状態ではない。
 ・ソフトバンク全体で、負債総額に占める借入のシェアはかなり低下していて約14%、他は株式であり、潰れにくい(資金ショートしにくい)負債構造になっている。


 上記、ソフトバンクと孫正義について、分析的な内容を書いてきましたが、いよいよ孫正義という事業家についての評価を書きたいと思います。
 ズバリ、僕自身は結構評価しています。

 それは一言で言えば、孫の「先見性と、時代を切り拓く突破力」のためです。

 過去に、ソフトバンクがインターネットにおいて、そして社会の進歩に対して成し遂げてきたことや先見性は具体的には何だったのでしょうか?以下箇条書きにしましょう。

 ①日本でヤフーを米ヤフーと始めたことが日本のインターネット活用の嚆矢だったとも言える。
 ②2000年代の前半のヤフーBBのキャンペーンはブロードバンド時代の到来を告げる号砲だった。
 ③2008年に、アップルの強欲ロイヤリティに恐れをなすドコモやauを尻目にiPhoneを採用して日本に携帯電話の時代を広めた。
 ④東日本大震災以降の再生ファンドへの投資宣言は、会社自体の事業的にはコケたものの、現在再生エネルギーの発電コストが圧倒的に化石エネルギーを下回ることになった時代の流れを先取りしていた。
 ⑤巨額の資金による英アームへの投資は、「IoT」時代への投資と孫が語ったように、IoT、最近のバズワードで言えばDX、つまり全ての既存事業がインターネットの活用によって変貌していくことを明確に示していた。
 ⑥ビジョンファンドの投資先も、シェアリングエコノミーを始めとするインターネットの新領域を巨額の資金によって加速させる力となった。


 私自身が孫正義のことを評価するのは、先見性だけでなく、力ずく(資金によって)でも時代の進歩を切り拓いていく「行動力」だと思うのです。
 好き嫌いで言えば、時には早すぎてズッコケるところも憎めない人物と感じてしまうのは、私自身、先見性があり過ぎて、時に周囲と軋轢を起こしてしまうようなリーダータイプの人物の参謀役を何人かやってきたという経験のなせることかもしれません。


 ところで、バークシャー・ハサウエイのバフェットは別に世の中を動かす「事業」をやっているわけではないのに社会的に大きな尊敬を集めています。それは投資家だと皆が思っているからです。その投資だって、どちらかと言うと、キャッシュフローが安定した旧い産業であり、投資そのものが社会の進化に貢献するということはありません。

 一方、同じく投資家である孫正義は社会から正当に評価されているのでしょうか?
 別に評価されなくても彼はどうでも良いでしょうが、彼だって、東日本大震災やコロナ禍で、彼なりに懸命に寄付活動だったり、活動を行っているのですよ・・・・。もちろん、ちょっとピエロのような軽々しい言動だったりするわけですが。

 そして彼を評価する上でもっと重要なことは、孫正義の存在自体が、何より日本の情けないサラリーマン経営者・・・リスクを取った投資や事業展開を行うほどの器でない数多の経営者、へのアンチテーゼとなっていることです。

 高学歴のエリートで、人間的にも魅力があって・・・・そうした日本社会で評価される日本のサラリーマン経営者とは全く異質な孫正義は、先見性や構想力が大きく、それを実現するためには胡散臭い金融の力をえげつなく活用し、時には失敗したり勇み足だったりしながら、ジグザグで上がったり下がったりする人生のチャートを描きながら結果として何とか右上がりで進んでいます。

 たとえ彼の事業運営が実際には失敗の連続であって、厳しく言え、成功しているのは投資事業だけであったとしても、 同じように事業が下手でそれを大きな次元に駆け上がることによって帳消しにしてきた、似たような経歴のドナルド・トランプとはかなり違うのではないかと私は思っています。

Wiki トランプ

          (出典:Wikipedia)

 胡散臭いとしても、理想を語り、夢やロマンも追及してきた孫正義の方が人間として信じられるようにも思います。


 大学の「インターネットビジネス」の授業で、孫正義について言及するときがあります。今の大学生とはジェネレーション・ギャップも大きく、ウケを狙ってもスベって終わりなので授業で冗談は言わないことにしているのですが、唯一ウケる冗談は、孫正義の写真を見せて、

 「これは誰?」と聞くときです。私自身を指さすと、広いオデコと薄くなった頭髪を見て
 「小寺先生・・・・?」と爆笑を取ることが出来ます。
 そして、被せるように、今や有名になった孫の名言
 「私の髪が後退しているのではない。私が前進しているのだ」
と言い放つのです。

 
 さて、本コラムも、4回に渡って書いてきた番外篇(毎回長い記事で恐縮でした)は今回で終わり、次回からまた人財育成や経営の話を「字数は少なめにして」書いていきます。


<ターンアラウンド研究所https://www.turnaround.tokyo/  小寺昇二>

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?