<第32回>「番外篇」孫正義の時代  ~ その胡散臭さと突破力

 前回、前々回と、私が尊敬する経営者の一人であり、実際に仕えたことのあるロッテの創業者、重光武雄さんについて書き、リーダーシップに関して論じてみました。

 松下幸之助、盛田昭夫、本田宗一郎、稲盛和夫、小倉昌男・・・こういった、賞賛ばかりの経営者に対して、重光さんは毀誉褒貶も多く、それでも私としては、悪い面も含めての人間、経営者として尊敬に値すると思っているわけです。

  同じような意味で、現在を生きる日本の経営者の中で、毀誉褒貶だらけと言っても良い経営者の筆頭であり、同時に恐らく現在最も注目されているのは、言わずと知れたソフトバンクの孫正義ではないでしょうか。

孫正義

         (出典:ソフトバンクHP) 

 私自身は「精神性」や「倫理感」ということに対して、平均的な日本人よりはずっと重きをおく傾向があると考えており、もちろん稲盛和夫と言った誰が見ても立派な経営者の生き方や言葉は、これまでの私の人生にどれほど勇気を与えてくれたかわからないと思っているのですが、同時に、これまでの人生で親しくしてきた友人には、毀誉褒貶の激しい人間や、強烈な個性の人間が結構多かったり・・・とにかく欠点が多くても、それを上回る「魅力」のある人については、許してしまう傾向があるように思います。

 自己分析的に言えば、「志があって、それを実現するために批判を恐れないで行動するような人間」ならば「許せる」あるいは、他の人にはない、その「突破力」が好きなのかもしれません。そして私自身の生来の「新しもの好き」や権力や体制への嫌悪感からくる「改革好き」が、そうした人物を許してしまう原因かもしれません。

 孫正義を評価するかどうかということを決めるのは、胡散臭さ一杯の孫正義がいつも掲げる志や理念と言うものを評価するのか、それとも胡散臭さとセットになっていること自体で、掲げる志や理念を一刀両断で切り捨てるのか、という選択なんだと思います。

 経営者、リーダーというものについて、人間性まで求めるのか、それともその経営者が行ったことを客観的に評価するのか、という問題でもあると思います。

 もっと踏み込んで結論を先に書いてしまえば、多少の私利私欲があったとしても、トータルで言えば、社会を良くする、あるいは変えていくというパワーを孫正義が持っているからこそ、私自身は彼がいかに胡散臭くても評価したいということなのです。


 前置きはこれくらいにして、孫正義の半生について、私なりの解釈を書いていきましょう。

 私が孫正義について初めて知り、注目しだしたのは、ファンドマネジャーをしていた80年代のことだったと思います。世界的に巨額と言える資金をもつ資産運用会社でファンドマネジメントの仕事をしていたことから、毎日世界中から経済、企業に関する夥しい情報が送られてきて、「ファンドマネジャーは世界中のあらゆるジャンルの情報もしらなければいけない。情報の多寡、解釈が運用成績を左右する」と信じていたものでした。90年代に入り、バブルの崩壊で手ひどい目に遭ったことから、ファンドマネジャーの仕事については引退したものの、今に至るまで、程度の大きさは違えども世界中の情報を集め、解釈することが自分の趣味でもあり、これまでのキャリアを支えてきたわけです。

金塊

 孫正義の名前を私が強く意識しだしたのは、94年12月、米「ジフ・デービス」の展示会部門を約127億円で、翌95年4月に米インターフェースグループのパソコン展示会「コムデックス」事業を約749億円で買収し、96年2月にはジフ・デービスの出版部門も1853億円で買い取ったときのことです。

情報

 当時、世界の投資家の間では、実際の企業価値とは大きく乖離したとんでもない高値で購入した孫正義という男に対して、「状況を知らない馬鹿な日本人」という評価が一般的だったと記憶していますが、上記ディールの頃、95年11月に米ヤフーに出資、96年1月に米ヤフー社とソフトバンクの合弁で日本にヤフー(Yahoo!JAPAN)を設立しています。

 この米ヤフーへの出資こそが今のソフトバンク飛躍の出発点であり、その後の行動の規範になったのではないかと私は思っています。

 規範とは・・・・

①「情報力」が全て!
~価値ある情報を獲るには大金を撒き餌のようにばら撒いて世間の注目を浴び、「インサイダー」(今風に言えば「中の人」)に入れてもらうことが重要

 「頭のおかしい日本人投資家」の下には当時黎明期を迎えていたインターネット関連の価値ある情報が多くもたらされ(つまり「面白い会社があるんだけど、出資してみてはどうか?」というお誘い)、既にインターネットの将来性に着眼していた孫正義は、当時まだ「海のものとも山のものともわからない」米ヤフーの2人の創業者に賭けてみることにしたのです。
 設立間もない米ヤフーに大きく投資を行い、一時は筆頭株主に躍り出ました。

 インターネットの大発展の象徴とも言える米ヤフーの事業拡大は、ソフトバンクに多大な株式評価益をもたらし、その後の飛躍の礎となりました。米ヤフーにいち早く目を付けることが出来たのは、コムデックスとジフ・デービスへの撒き餌によって米国ネット産業インサイダーとして迎えられたことが勝因であり、またネット産業の発展の象徴の一つであった米ヤフーへの投資は、その慧眼にも注目されることになったはずです。

②「資金調達力」で大言壮語を実現!
~次代の新ビジネスに進出に関して株式市場で夢を振りまき、外部資金を大量に調達する

株式市場

           (出典:日本取引所グループHP)

 ソフトバンクと言えば、常に財務での指南役を重用し、ファイナンス・テクノロジーの粋を集めて、効率的に巨額の資金を調達してきました。上記米ヤフーを始めとするディールを実行した90年代中ごろには元野村証券の北尾吉孝氏を片腕に、そして北尾氏と実質的に袂を分かった後は、富士銀行出身の笠井和彦氏のサポートで、「錬金術」と言ってもよい多様な、そして時には「やりすぎ」「アコギ」とも言えるような手口で資金調達を行い、業容を急拡大させていきます。

画像5

(出典:スポニチ2011年10月3日笠井氏とホークス優勝セレモニーにて) 

ソフトバンクのDNAには既にこの財務テクニックがはっきりと組み込まれており、人と上手くやって行けずにいずれは袂を分かつ、あるいは使い捨てしてしまう孫には珍しく、その逝去に男泣きしたという笠井氏の後にも、有能な金融のプロフェッショナルをCFOに迎え、株式市場を騒がせています。
 露骨な親子上場や、合法的だがかなり倫理的に問題のあるようなファイナンシャル・テクノロジーが孫正義の胡散臭さを倍増させているのは間違いないところですし、その資金調達を可能にする大言壮語に充ちた夢や夢想そのものも、同様に毀誉褒貶の負の側面を醸し出しているように思います。
 しかし、それらは一つのパッケージであり、大言壮語がなければ資金調達も不可能ですし、逆に言えば資金調達のためには大言壮語も必要だということでしょう。
 
 ただ、孫正義の場合は、東日本大震災直後の「再生エネルギー」への投資構想のように、喉元過ぎればいつの間にかフェイドアウトしてしまうように、常に胡散臭さも伴っているところが真骨頂なのかしれません。
 良く言えば柔軟、悪く言えば、全てがトライ&エラーということですね。

③「時間」を買う!
~M&Aではとにかく人が驚くような高値で買収

 「①」のコムデックス、ジフ・デービス、ヤフー、その後のボーダフォン(日本)、英アームの買収も皆、共通点があります。

 それは
 ・市場価格からかなり乖離した高値であること
 ・皆、知名度もあり成長している優良企業であること
 です。

 私もファンドマネジャーをやっているときに、年間1兆円を超えるような発注業務をやっていたことがありますが、株式の売買では、まず「値段を買うのか(値段に拘るのか)、時間を買うのか(すぐ買えることに拘るのか)」という選択をすることが重要でした。買いたいものがない、あるいは売りたい場合に売り手がいない、といったときの対応です。どちらに優先順位を置くかで、発注の形態が違ってくるわけです。
 とにかく、採算重視、買値(売値)と、将来の値動きを緻密に計算して、値段に拘る場合には、とにかく焦ってはいけません。買えなかったら(売れなかったら)とりあえず今は諦めて、時が来るのを待つということになります。
 一方、時間を買う(売る)場合は、早く買ってしまわないと(売ってしまわないと)、値段が上がって(値段が下がって)、思惑がはずれてしまう、ということになりかねません。

 知名度もあり、成長していて、「あの会社を買収するのは無理だよね」と思われるような会社を買うこと・・・それは、正に今後さらに発展するであろうその会社を、そしてその会社が手掛ける市場自体についての時間を買いにいくことになるのです。

 私が専門の一つにしているスポーツビジネスの世界でも、ソフトバンク・ホークスの買収という、皆がアッと驚いたディールがありましたが、あれも良く考えれば、ソフトバンクというブランドについて、そして当時ソフトバンクが力を入れていた、携帯電話事業、ブロードバンド回線関連事業についての発展にかかる「時間」を大金かけて取りに行ったという解釈も可能です。

 

 さて、上記①(情報力)、②(資金調達)、③(スピード感)という3つに分けて孫正義のビジネスの手法(規範)を記述してきましたが、読者の方は既にお気づきのことと思います。
 この3つは実は同じことを言っているに過ぎないのです。

 つまり、高値で成長市場(インターネット関連)の優良企業を買収し、情報を得、その情報を基にまた新たな買収を仕掛けて、大きくなっていくという手法、そしてそれを支える資金調達力、そしてまたそれを支える大言壮語(ポジティブに言えば理想、夢)・・・これらは全て一体的なものであり、どれが欠けても上手く回っていかないのです。
 極めて、合理的な胡散臭さであり、成長モデルなのです。

 紙幅が尽きてしまったので、後半は次回ということにします。
 次回は、孫正義のビジネスの変遷、そして現在及び今後について考えていきます。


<ターンアラウンド研究所https://www.turnaround.tokyo/  小寺昇二>


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