TMAムーミン

原作でしかわからない! ムーミンの秘密

翻訳書ときどき洋書「エージェントが語る!翻訳出版」第4回
ムーミン谷の仲間たち』『ムーミン谷の冬
著:トーベ・ヤンソン 訳:山室静
講談社

ムーミンといったら、まずどんなことを思い浮かべますか?

くりっとした瞳に、ずんぐりむっくりした体型、愛くるしい表情、ふさふさした尻尾など、ムーミンというキャラクターそのものを真っ先に思い浮かべる方がきっと多いでしょう。
今や国民的人気キャラクターとなったムーミンですが、その知名度に比べると、原作を読んだことがあるという方はさほど多くはないようです。しかしその一方で、原作ムーミンシリーズには、世間ではあまりよく知られていないムーミンの驚くべき事実が数多く隠されているのです。
今回は、当初からムーミンシリーズのエージェントを務めるタトル・モリエイジェンシーより、原作でのみ知ることのできるムーミンの秘密について、お伝えしていきたいと思います。

ムーミン一家にクリスマスはない

日本でもすっかりお馴染みのクリスマス。ムーミンの祖国フィンランドと言えば、サンタクロース村があることでも有名です。ところが当のムーミン一家に関して言うと、サンタクロースがいる/いないどころか、クリスマスそのものがありません。どうしてムーミン一家にはクリスマスがないのでしょうか。それはムーミンたちが、冬眠する生き物であることと関係しています。つまりクリスマス期間、ムーミン一家はまさに冬眠真っ最中というわけです。

ムーミン谷の仲間たち』の「もみの木」は、ムーミン一家が冬眠から目覚めてしまい、四苦八苦しながら初めてのクリスマスを準備するお話です。

「ママ、おきてよ。なにか、はじまったんだよ。クリスマスとかいうものが。」
と、ムーミントロールは心配そうにいいました。
「なんのこと?」
こういってママは、ふとんの下から鼻をつきだしました。

クリスマスを一度も経験したことのないムーミンたちは、クリスマスを何か怖くて恐ろしいものと、勘違いしてしまいます。更にクリスマスに飾るモミの木を「おまもり」であると独自に解釈した一家は、自分の持ち物の中で一番きれいなもの(スノークのおじょうさんの貝殻の首飾り、応接間のシャンデリアのプリズム、ムーミンパパがママに贈った赤い絹のバラ)で、モミの木を飾りつけするのです。

だれもかれもが、じぶんのもっているいちばんきれいなものをもってきて、真冬のえたいの知れない力を、なだめようとしたのです。

こうして最初から最後まで、大きな勘違いをしたまま、クリスマスを終えてしまうムーミンたち。しかし頭ではよく理解していなくとも、手作りクリスマスツリーを仲間と囲み、プレゼントを分かち合いながら、ある意味で誰よりもクリスマスの本当の意味を理解した、心温まるクリスマスを過ごすのです。

ムーミンは先祖代々、冬眠する

先述の通り、ムーミンは冬眠します。しかしムーミン谷の仲間たちが必ずしもそうでない中、なぜムーミンたちは冬眠するのでしょう? その一つの答えとも言うべき文章が『ムーミン谷の冬』第一章「雪にうずまった家」にあります。

いつでもみんなは、十一月から四月まで、冬眠するのです。なにしろ、そうするのが先祖からのならわしで、ムーミンたちは、とてもしきたりをおもんじたからです。

物語では、ムーミンのご先祖さまが度々登場しています。しかしムーミンたちはご先祖さまを、決して幽霊のように怖がったり、忌み嫌ったりすることはありません。一方のご先祖さまも、ムーミンたち子孫に害を為すことはなく、どこかマイペースで憎めない愛らしい存在として描かれるのです。

ムーミン谷の冬』第4章「おかしな人たち」には、冬眠から一人目覚めてしまったムーミンが、冬の不思議な生き物たちの世界を冒険する中で、まさにそんなご先祖さまと出会う場面があります。

ゆかの上に、なにか小さなものがいて、こっちをにらんでいるではありませんか。それは、長い毛におおわれた、大きな鼻をした、灰色のものでした。

「おいぼれねずみ」のような風貌のご先祖さまを、自分の先祖とは受け入れ難いムーミン。しかしご先祖さまと交流していく中で、次第に自身との多くの共通点を見い出し、親しみを抱き始めるのです。

(ぼくらは、たしかに血がつながっているんだ。ママがいつも、ご先祖は大ストーブのうしろでくらしていたと、いってたっけ……。)
(千年まえは、ぼくはたぶん、こんなふうにくらしていたんだろうな。)

結局、ムーミン一家の大ストーブが気に入ったご先祖さまは、ムーミン屋敷に棲みついてしまいます。こうしていよいよ春が近づき、ムーミンママも冬眠から目覚めると、ムーミンはママにこう言って聞かせるのです。

ムーミントロールは、ねむそうな声でいいました。
「大ストーブで、火をもやさないと、やくそくしてよ。あそこには、ご先祖が住んでいるんだもの。」
「わかってますよ。」
と、ママはいいました。

このように先祖を大事にし、ご先祖と共にあるムーミンたち。そこには物語全体を通して、どんな者でもごく自然と受け入れてしまうムーミン一家ならではの寛容さと、他の誰よりも家族を大事にするムーミン一家の原点が見て取れるように思います。

さて、今回は「原作でこそ知ることのできるムーミンの秘密」をご紹介しました。本日(2018年11月9日)オープンの「メッツァビレッジ」に加え、来年3月16日には、ムーミンの物語を主題とした「ムーミンバレーパーク」の開園が予定されています。

原作を読んだことがない方、子供の頃に読んだけれど忘れてしまった方、春になってムーミンたちが目覚めるその前に、今一度ムーミンシリーズをお読みになってみてはいかがでしょうか。きっとそこには、私たちのまだ知らない、より生き生きとしたムーミンと仲間たちの姿があることでしょう。

執筆者:山崎絢加 (営業部)

タトル・モリエイジェンシー発!エージェントの視点で、翻訳出版についてご紹介します。1年目のフレッシュ新人から、20年以上のキャリアを持つトップエージェントまで。さまざまなバックグラウンドのメンバーが交代で執筆します。

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