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南仏のヴィラで起きた殺人事件を巡る、予測不能な7日間(園部哲)

「園部哲のイギリス通信」第9回
"The Holiday"(ザ・ホリデイ)
by T.M.Logan 2019年7月出版

ミステリー系のエンターテインメント。この夏休みを狙って出版したに違いなく、かくいう私も空港の書店で手にした口。まずタイトルが単純でいい。大学時代の親友4人が40歳の誕生年を祝って南フランスに集まる、という設定もいい。彼女たちは夫や子どもを連れてやってくる、いわば家族ぐるみの夏休みで滞在期間は1週間だけ。だがそこで殺人事件が起きてしまう、という筋立ても休暇向きではなかろうか。広告風にいいかえると、「南仏のヴィラに集った12人が過ごす7日間、そこで1人が殺される」ということになる。何かとっても古典的でしょう?

大学時代の親友4人が集った、楽しいはずの夏休み

ケイト(語り手)、ローアン、ジェニファー、イズィの4人は20年前にブリストル大学で学んだ仲間で、同じ学寮で過ごした親友たち。ケイトにはショーンという夫と2人の子ども(ルーシーとダニエル)、ローアンにはラスという夫と娘が1人(オデット)、ジェニファーにはアリスターという夫と息子が2人(ジェイクとイーサン)、イズィは離婚後独身のままバンコクに住んでいる。そんな12人が集合したのは、南仏モンペリエから遠くないオーティニャックという村の超豪華ヴィラ。ビジネスで大成功したローアンのつてで借りた寝室10室を備えた大邸宅で、広大な土地とぶどう畑までついている。

さて、皆が三々五々到着しつつある土曜日、語り手ケイトは夫がベッドサイドに置き忘れた携帯電話をのぞき見してしまう。そこには夫ショーンと「コーラルガール(珊瑚娘)」という偽名の人物が、前日に交わしたやりとりが記録されていた。

「あなたがいったこと、どうしても忘れられない。もう一度話さないと。Kは何か疑ってる?」
「彼女は気づいていない。しかしこのまま続けるわけにはいかないよ」
「フランスでいっしょになったとき、どうするか決めましょう」
「Kに嘘をつきつづけるのはつらい」

Kとは自分のことに間違いないし、「フランスでいっしょになったとき」というのは今日から始まる一週間のことだ、とケイトは思う。彼女が「コーラルガール」とは残りの親友3人の誰かだと疑うのは当然だ。夫がローアンかジェニファーかイズィの誰かと不倫を? もちろん「フランスでいっしょ」という意味は、夫ショーンがヴィラの外で別途誰かと待ち合わせをしている可能性も含む。しかしショーンには他の夫たちと違って、彼もまたブリストル大学で学んだ仲であり、3人の妻たちとは友人・知人の関係だったという特別な事情がある。この瞬間からケイトは夫と3人の親友に目を光らせる。どうやら親友3人は、各自打ち明けることのできない秘密を持っているようなのだった。

ところで合計5人の、下は5歳(オデット)上は16歳(ルーシー)の子どもたち。それぞれに一癖二癖ある子たちだ。我が子を偏愛し心配する母親、他人の子の振る舞いに眉を吊り上げる母親、という情景も読みどころのひとつであると同時に、さてこのカラフルな子どもたちが、ヴィラ殺人事件にまったく関与しないと考える読者はいないだろう。プールサイドでお腹を出している“夫族”はいかにも罪がなさそうに見えるが(不倫容疑を負わされたショーンは別として)、それは見かけだけだろうか?

登場人物の視点が交錯し、複雑に絡みあう

500ページ近い分厚めの本書は全83章で、最初の16章はずっとケイトのモノローグ。だが、それ以降は数章ごとにショーンや他の親友、時には子どもたちのモノローグであったりと、ケイト以外の視点が交錯し、「夫の不倫を疑い、疑惑に燃えて探究に走る妻・ケイト」というわかりやすい驀進(ばくしん)路線がつめたいメスで切り裂かれる。ティーンエイジャーのむせるような欲望で曲折し、過去の記憶が壁になり、次第に「これは単純な不倫がらみの殺人事件ではなさそうだ」ということがわかってくる。最近読んだミステリーのなかでも、複雑さにおいては最右翼といっていいだろう。

そしてまた、携帯電話やSNSがなかったらこの小説は成立しないという特徴もある。そういう意味では設定は古典的だけれども、中身は大変に現代的ともいえる。弱点は記述がやや冗長なところ。仕掛けと工夫でウルトラCという作品なので、「嘘つきは饒舌」といってしまっては身も蓋もないけれど、複雑さを納得させるための説明が長くなりがちな面はある。けれども目下、英国ではベストセラー。英語もやさしいし、長椅子に横たわって意外な展開にわくわくしたいタイプには、うってつけの読書になるでしょう。

執筆者プロフィール:園部 哲 Sonobe Satoshi
翻訳者。通算26年ロンドン在住。翻訳書にフィリップ・サンズ『ニュルンベルク合流:「ジェノサイド」と「人道に対する罪」の起源』、リチャード・リーヴス『アメリカの汚名:第二次世界大戦下の日系人強制収容所』(いずれも白水社)。朝日新聞日曜版別紙GLOBE連載『世界の書店から』のロンドンを担当。

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