誰もが嘘をついている

『誰もが嘘をついている ビッグデータ分析が暴く人間のヤバい本性』

担当編集者が語る!注目翻訳書 第6回
誰もが嘘をついている ビッグデータ分析が暴く人間のヤバい本性
著: セス・スティーヴンズ=ダヴィドウィッツ、訳:酒井泰介
光文社 2018年2月出版

ごくたまにだが、企画検討のために読み始めた原稿にひきこまれて、ついつい最後まで読んでしまうことがある。それが必ずしも、有名な著者の話題作であるとは限らないから面白い。
翻訳書の編集者とはいえ、本一冊分の原稿を読むのは難儀だ。わからない単語もたくさんあるし、どうしても意味のわからないところもある。それでも面白い原稿には、辞書と首っ引きで読ませるだけの力があるものだ。そういう原稿に出会うと嬉しくなって、どうしても版権を取得したいと意気込むことになる。

誰もが嘘をついている(原題:Everybody Lies)』もそんな本の一つだ。「これは版権も高くなるかも!」と鼻息荒く(しかし慎ましい金額で)オークションに入札したところ、私の興奮とは裏腹に、他社はどこもカウンターオファーを出さず、すんなり版権を取得することができた。

本書が本国アメリカで発売されて話題になると、日本人でも洋書にアンテナを張っている一般読者が「この本が面白い!」とブログなどで紹介しはじめた。それを見たいくつかの版元が、日本のエージェントに「翻訳権は空いているか」と問い合わせてきたという。それを聞いて、ちょっとだけ得意な気分を味わえた。もちろん、日本版をしっかり作ってたくさん売ることが一番重要なのだが、他社より先に(正しい作品に)手をつける、というのは、翻訳書編集者の一つの醍醐味ではある。
日本語版も、朝日、日経、読売の各紙に大きな面積で書評が載り、ウェブのメディアでも好評を得て、売れ行きも順調だ。

本当の「意見」はどこにあるのか

ところで、みなさんはアンケートというものにどれだけ真剣に、正直に回答するだろうか。「月に何回くらい朝食を取らない日がありますか?」という他愛もない質問には、本当のことを答えるかもしれない。でも「1カ月に読む本の冊数は?」という問いには、実数よりも多めに答えたくなる(出版関係者ならなおさらだ!)。もっとプライベートに踏み込んで、「これまでの性交渉の経験人数は?」という質問に多く答えるか少なく答えるかは男女で違うかもしれないし、「支持政党は?」という質問には無回答で済ませようとするかもしれない。

人が何を考え、実際に何をしているのかは、Facebookを見ればわかるのだろうか。いやいや、Facebookに投稿するのは、人生の明るい側面だけだ。ゴージャスなレストランでの食事、忙しそうな仕事生活、子どもの成長……。言うまでもなく、SNSでは人は見栄を張る傾向にある。「隣の芝生が青く見えて気が滅入る」という人がいるのも、わかる気がする。

これまで社会学者や統計学者やマーケティング担当者は、人の本当の行動や本心を知るにはどうすればよいか、ということに頭を悩ませてきた。人は誰にも悩みや本心を明かさないのだろうか。そんなこともない。現代人が本当に心を開いて語りかけている相手――それはGoogleの検索窓なのだ。著者はこう語る。

言い換えるなら、人々が情報を求める検索は、それ自体が情報なのである。人々が何かの事実、発言、ジョーク、場所、人物、物事、あるいはヘルプについて検索するとき、それは彼らの本当の考え、望み、あるいは恐れについて、どんな推測よりも正確に明かすものとなる。人々が時に何かを調べるというよりむしろ告白するかのようにグーグルを利用するのは――「上司が嫌いだ」、「私はアルコール依存症だ」、「父に虐待された」など――まさにその好例だ。

まさに、「人がGoogleを覗き込むとき、Googleもまた人を覗き込んでいるのだ」という言葉がぴったりかもしれない。
ちなみに、Googleの検索窓に打ち込まれた言葉は、その検索が行われた時間やIPアドレス(=場所と考えていい)とともに蓄積されているようだ。すなわち、それをうまいこと分析すれば、いつ、どこで、どんな悩みが増えているのかわかるというわけだ。

たとえばこれまで「不況時には児童虐待が減る」とされていたが、虐待を受けている子どもたちが助けを求めるような痛々しい検索は、不況時には実際のところは増えていて、単にそれが公式に報告される件数が減っていただけだったりするのである(不況で自治体の職員数が削減されたためと思われる)。

社会問題のありかを発見する新しい技術

アメリカでは、いまだに多くのアフリカ系アメリカ人が「自分たちは不当な扱いを受けている」と思っている(これは頻発する警官の暴行事件などを見れば真実だろう)。その一方で、白人の多くは「自分たちに差別意識はない」と考えている。この認識の矛盾を説明するにあたって、白人にはまだ「潜在的な」差別意識があり、それが言動に表れてしまうのだ、という説がある。

ところが(ここからが面白い)、アフリカ系アメリカ人への蔑称である「ニガー」という言葉が、全米でどれくらいグーグルで検索されているのかを調べてみると、その結果に驚く。「ニガー」という言葉は「偏頭痛」「経済学者」などと同じ回数検索されている。また、その20%は「ジョーク」との複合検索になっていて、アフリカ系アメリカ人を笑いものにしようという意図が見える。「馬鹿なニガー」「ニガーが憎い」という検索も多い。これらの検索は、決して南部の奥深いところに多いわけではなく、高い教育を受けた人や、民主党支持者の多いニューヨークなどの北東部にも多く見られる(実際は、差別意識の有無は、南北ではなく東西で分かれているらしい)。

これは「潜在的」差別意識などという生ぬるいものではない。多くの白人は差別意識を「自覚して」このような検索に及ぶのである。アンケートには「差別意識はない」と書く白人が、家ではアフリカ系アメリカ人を侮辱するような検索に勤しんでいるというわけだ。このような検索の多い地域は、オバマが大統領選で苦戦した地域と合致するし、トランプの支持率とも相関するという。このように、グーグルの検索データというビッグデータを分析することで、白人社会の偽善が暴かれていく。

これだからアメリカは、と思うかもしれないが、日本のデータで似たような分析をすれば、きっと進歩的であると自負する私たちが赤面するような結果が出ることは間違いない。
誰もが嘘をついている』では、Google以外のデータも用いる。ポルノ動画サイトの検索データ(女性が好きな意外なジャンルとは?)、新聞や書籍の単語データ(政治的偏向の程度は?)、ウィキペディアまで(有名人になるのに必要な条件とは?)など。これらをうまく組み合わせ、正しい問いを発していくことで、社会の不寛容さ、貧困の実態などがどんどん明かされていく。

結局のところ、この本の何が痛快かというと、データによって「俗説が打ち砕かれていく」ことだ。そして、その俗説に抑圧されていた隠れた弱者の声が浮き彫りになったり、悩んでいるのは自分ひとりではないのだとわかったりする。著者は読者の興味をひきつけるために多彩な面白い例を披瀝しているが、基本的なスタンスとしては、データ分析を「よりよい世界のために」役立てたいと思っている。そこには可能性があり、夢がある。自分はそういう本こそを世の中に紹介したいと思うのである。

執筆者:小都一郎(光文社 翻訳編集部)

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